第4章 哭天の魔神
第29話 野心の皇帝ボルキエスタ
ベネティクス帝国の若き宮廷魔導師――カシュナータは攻め落としたソルメキア王国の王城だったエスカトロン城の謁見の間にいた。
中央に赤い絨毯が敷かれ、その先に華々しい装飾を施した玉座があった。今そこには皇帝であるボルキエスタが座っていた。
ボルキエスタは今年でちょうど四十歳を迎えた。
荘厳な刺繍をあしらった威厳のある衣服を着ているものの、たいした才能もない凡人に過ぎない。ただ、野心は人一倍あり、皇帝に即位したときからずっとバルドラーニア大陸の統一を目論んでいた。
突然カシュナータの右手の人差し指に嵌めた指輪から
「あの分身を見破るとは――。なかなかやりますね、元王子」
「どうかしたのか?」
微かな異変に気付いたのか、ボルキエスタが訊いてきた。
「陛下、謹んでご報告申し上げます。《破滅の聖女》を捕えに向かわせた冥邪王がまたもや敵に斃されました」
カシュナータは頭を下げて伝えた。
「何だと!? 冥邪王と名前だけは勇ましいが、全く使いものにならないではないか!」
凡愚の皇帝は大声を張り上げて激昂した。
「はっ、誠に申し訳ございません」
頭を下げたままの姿勢で、カシュナータは謝罪の言葉を口にした。
「それよりも、そんな小娘など放っておいて、いっそのことまた他の国を攻めてはどうだ?」
ボルキエスタは野心を剝き出しにして問いかけた。
ソルメキア王国を滅亡させてから十二年が経過した。早く他国を滅ぼしたくて仕方がないのだろう。
「それはなりません、陛下! 冥邪天帝ヴェラルドゥンガ様さえ
この問答はボルキエスタの抑えられない野心を制御するため、これまでにも幾度となく繰り返されてきた。
異次元にある
歳月は流れ、カシュナータがちょうど十歳になった頃、隣国のソルメキア王国から耳を疑うような一報が舞い込んできた。無疆の獣気を持つ赤子が生まれたと言うのだ。
ただでさえ獣霊使いは冥邪にとって脅威でしかない。仮に無疆の獣気の持ち主が
グランネッヘは念願の野望を成就させるために、目の上のたん瘤であるその赤子を始末する決断を下す。当時まだ若かった皇帝ボルキエスタを言葉巧みに
冥邪どもの軍勢を率いる帝国軍はソルメキア王国を滅亡にまで追い込んだ。だが、後ほんの僅かのところで、赤子を抹殺できずに逃げ去られてしまった。
真の目的を達成できなかったグランネッヘは日に日に危機感を募らせていった。
それからさらに十年が過ぎ去った頃、周囲の人々から稀代の魔導師たちをも凌駕する魔力の持ち主と称されるまでに頭角を現したカシュナータに今の地位を託して、この世を去った。
その数年後、修練を積み重ねた若き宮廷魔導師はついに獄淵界の扉を開き、現在に至る。
ナファネスクとカサレラの出会いは想定外だった。見方を変えれば、好都合でもあった。
「陛下、再度冥邪王を送り込むことをお許しください。今回は念には念を入れて、選び抜いた冥邪王の中から二体を同時に向かわせます。そうすれば、必ずや《破滅の聖女》を連れ去ってくることでしょう!」
「その話、本当に信じてもよいのだろうな?」
二回の失敗で、ボルキエスタは不信感を抱いていた。露骨に疑念の眼差しを向ける。
「そうだ! 良いことを思いついたぞ! お前も行ってこい!」
「は? 私も、でございますか?」
唐突な命令に、カシュナータは不意を突かれた。
「お前は名立たる魔導師たちをも凌ぐほどの魔力の持ち主ではないか。二体の冥邪王にお前も加われば、もはや無敵であろう。それとも、何か問題でもあるのか?」
野心以外に能のないボルキエスタだが、皇帝である以上従わざるを得ない。
「いえ、
「うむ。必ずや《破滅の聖女》とやらを連れてくるのだぞ!」
カシュナータは深々と一礼してから謁見の間を立ち去った。
冥邪天帝ヴェラルドゥンガ様を顕現した暁には、あの
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