第26話 新たな冥邪王の元へ
オルデンヴァルトが姿を消してからもう間もなく二十分が経過しようとしていた。そろそろ時間切れだ。
「残念だけど、これ以上はもう待てないよ! 早く行かないと、この街が壊されちゃう!」
カサレラは切迫感から口を開いた。
「仕方ねぇな。俺らだけで行くとするか」ナファネスクも同じ気持ちだ。
「あいつも本当にその気があれば、俺らの後を追ってくるだろう」
(今度の冥邪王も、俺とゼラムで
二人はお互いの目を見ながら強く頷き、足早に歩き始めた。ハクニャもその後ろから着いていく。突然背後から複数の蹄鉄の音が響いてきたのは、そのときだった
「王子! お待たせしました!」
ナファネスクたちを大声で呼び止める声が聞こえてきた。
後ろを振り返ると、二頭ずつ並んだ計四頭の立派な馬に荷台を引かせた馬車が猛烈な速度でこちらに近づいて来た。手綱を操っているのは騎士風の姿をした誰かだ。
「おい、あいつ、オルデンヴァルトか!?」
先ほどとは見違える姿にナファネスクは思わず目を疑った。その間に荷馬車は二人の真横で急停止する。
「さぁ、二人とも俺の横に乗ってください!」
声だけは間違いなくオルデンヴァルトのものだった。
むさ苦しかった無精髭を綺麗さっぱりと剃り落とし、ボサボサの長い髪をバッサリと切って清潔感のある風貌に様変わりしていた。
「お前、その馬車はどうしたんだよ?」
近くで見ると、それなりに高そうな荷馬車に見えた。
「その話は後でゆっくりしますよ! さぁ、二人とも早く乗ってください! 冥邪のいる場所まで飛ばしますよ!」
気にはなるが、話している暇がないのも事実だ。
ナファネスクは
「さぁ、ハクニャもおいで!」
カサレラは大きく両腕を開いて、自分の膝に飛び乗るように促した。言われるままに聖獣の焔豹は軽やかに跳躍し、優しく抱きかかえられる。
「もういいですね? では、出発!」
オルデンヴァルトは手綱を巧みに操り、荷馬車を勢いよく走らせた。
今か今かと手ぐすねを引いて待ち構えている冥邪王のいる場所へ向かって。
ほぼ真っ平らな平原が広がる中、街を出て少し離れたところに巨体な姿の冥邪王はいた。
赤い三つの目を持つ顔は怪物のそれだ。漆黒ではあるものの、司教より高い地位の者が身に着けるような衣服を着ている。右手には三個の何かの頭骸骨に気味の悪い装飾を施したおどろおどろしい杖を持っていた。
すぐにナファネスクたちは荷馬車から降りると、新手の冥邪王と真っ向から対峙した。
「よくぞここまでやって来たな、《破滅の聖女》よ。首を長くして待っていたぞ。我は百体いる冥邪王の一人であり、邪教の法王モルザーバだ」
「何が《破滅の聖女》だ! ふざけんな! カサレラはお前なんかには絶対に渡さねぇからな!」
出会った瞬間からナファネスクは怒り心頭に発した。モルザーバが口にした《破滅の聖女》という呼び方が気に入らなかった。
「フン、我の邪魔をする煩わしい
いきなりモルザーバはおどろおどろしい杖を高々と
「おい、少し待ってくれ!」
声を上げたのはオルデンヴァルトだ。
「ここはまだ街に近い。彼女は連れて来たんだ。戦うなら、場所を変えてくれないか?」
街は壊さないと言った手前、邪教の法王は少し思案しているようだ。
「よかろう。我について来い」
意見は通った。モルザーバは
容赦のない者なら、この絶好の好機を見逃さなかったかもしれない。ただ、ここにいる誰もそうしようとは思わなかった。
「王子、さぁ、馬車に乗ってください」
足早に荷馬車に戻ったオルデンヴァルトが声をかけてきた。
「いや、俺にはちゃんと愛馬がいるんだ」
人間の耳には音の聞こえない風変わりな笛を軽く吹いた。すると、風のような物凄い速さでホーテンショーが姿を現した。
「あれは乗る者を選ぶという
「こいつを手なずけたのは俺じゃない。父さんだ。ホーテンショーは父さんの形見なんだ」
愛馬に飛び乗ったナファネスクは感傷に浸りながら言った。
「それと、その王子って呼び方は止めてくれねぇか? なんかさ、体がむず痒いんだよな」
「では、なんてお呼びすればいいのでしょう?」
「普通にナファネスクで構わねぇよ」
もう自分は王子ではない。呼び捨てで構わなかった。
「それはちょっと……分かりました! では、これからはナファネスク様とお呼びします!」
それでは先ほどと大して変わらない。でも、これ以上は何も言わなかった。
「ああ、そうしてくれ。あと、カサレラを任せた」
「分かりました。さぁ、カサレラ、こちらへ」
カサレラの御者台に乗せてから、冥邪王の後を追っていくこと十分ほど。
モルザーバは再び振り返った。
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