第27話 邪教の法王モルザーバ

「ここまで来れば、問題なかろう」

 別に異論はなかった。ナファネスクたちも地面に降り立つ。


「なぁ、戦う前に一つ聞きてぇことがある!」

 不意に向こう見ずな少年が問いかけた。

冥邪めいじゃ王たる我に質問とは……まぁ、よかろう。言ってみろ」

 モルザーバは平然とした口調で返す。


「どうしてカサレラがあの街にいることが分かったんだ? 俺らはあの街に偶然立ち寄ったに過ぎない。だから、帝国の手先であるお前が知るはずがねぇんだ。そうだろ?」

「ほう、人間にしてはなかなか鋭い洞察力だな。褒めてやろう」

 ナファネスクのことをとても感心しているようだ。さらに話を続けた。


「汝ら人間とは違い、我らは視覚と嗅覚によってものを見極める。居所が遠くて視覚が使えぬときは嗅覚で突き止める。冥邪きにはならぬ《破滅の聖女》はただの人間とは異質な臭気を出していてな。故に、あそこにいることが分かったのだ。どうだ、これで満足か?」

「ああ、おかげでもやのかかった謎がすっきりと解けたってもんだ! それじゃあ、戦いをおっ始めようぜ! ゼラム、獣霊降臨ペンテコステスだ!」

【承知した】


 金色こんじきの巨竜がナファネスクの体に舞い降り、獣霊アルマと同じ色をした幻獣騎兵ポルタビオーネスゼラムファザードになる。

「では、俺も。来い! 紫電鳥しでんちょうアシュトロア!」

 オルデンヴァルトの手の甲に紋章が現れた。すると、とても優美な猛禽類の姿をした獣霊が現れ、一体となる。即座に深紫色の全身鎧をまとった。

 口元だけをさらけ出した猛禽類の兜を被り、背中には一対二枚の美しい翼が生えている。

 片手に一ちょうずつ弩を握っていた。


「じゃあ行くぜ! アシュトロア! 足を引っ張るなよな!」

「もちろんです! 俺も昔は《飛翔の戦神》と異名を誇った五大英雄神の一人! 遅れは取りません!」

 目を合わせた二体の幻獣騎兵は、冥邪王モルザーバに対して戦闘態勢を取った。


「二人とも、ちょっと待って!」

 不意にカサレラが二人の動きを止めた。


「何だよ? カサレラ」

 勢いを削がれたようにナファネスクが問い返す。

「ナファネスク、あんた、この前あたしの力じゃ冥邪王をたおせないって言ったわよね?」

「ああ……そんなことを言ったかもな」

 言ったことは覚えていたが、ナファネスクはとぼけた口調で返した。

「あんたは滅骸めつがい師としてのあたしの誇りに泥を塗った! だから、こいつはあたしに任せて!」

 話しながら、カサレラは二体の幻獣騎兵の前に立つ。


「モルザーバ、お前はあたしが斃す!」

 決意に満ちた強い言葉で宣告すると、左手に持っていた天晶玉てんしょうだまの真上で右の掌を水平のまま円弧を描くように回転させた。

「太陽神ロムサハルよ、その御名において紅蓮に揺らめく猛炎の聖槍を我に使わし、邪悪なる存在も の に天罰を与えん!」


 神聖な呪文を唱えると、カサレラの頭上に五本の燃え盛る槍が出現する。次の瞬間、五本の聖槍はモルザーバに向かって驚異的な速度で飛んでいく。それに対して、邪教の法王はおどろおどろしい杖の根本で地面を軽く二回つつくだけだった。すると、目の前に妖気で作った防壁が現れる。


 燃えたぎる聖槍は妖気で作った防壁に次々と激突する。その四本目がぶつかった瞬間、ひびの入った防壁が粉々に砕け散った。間髪入れずに最後の聖槍がモルザーバの法衣を貫き、胴体に深々と突き刺さる。

 薄紫色の血が噴き出し、邪教の法王の顔が苦悶に歪んだ。


「やったわ! ねぇ、見たでしょ? 滅骸師の力をあなどらないでよね!」

「へぇ、やるじゃねぇかよ! 恐れ入ったぜ!」

 滅骸師という存在を舐めてかかっていたナファネスクは正直驚いた。


「ぬぅ、小娘の分際でよくもやってくれたな! 大人しくしていればいいものを! 《破滅の聖女》とは言えども、ただでは済まさん!」

 血の流れ出る傷口に手を当て、モルザーバは憎悪の言葉を吐き出した。すると、息つく暇もなく全身から膨大な妖気を噴き上げる。それに加えて、深手を負っていた傷口も徐々に治っていく。邪教の法王と名乗るだけあって、どうやら治癒術も心得ているようだ。


「さぁ、我の真の力をとくと見よ!」

 傷を完治させたモルザーバに異変が起きた。ナファネスクたちを囲むように左右に二体ずつ分身が現れる。しかも、一見どれが本物なのか見分けがつかなかった。

 分身も含め、五体のモルザーバはおどろおどろしい杖を空高く突き上げた。突然杖の先端の空間に妖気で作られた巨大な球体が現れる。


「これでも喰らうがいい!」

 全ての邪教の法王が一斉に杖を振り下ろすと、五つの妖気の球体はこちらに目がけて途轍と てつもない速度で飛んできた。唯一の依り代であるカサレラにも襲いかかる。

「危ねぇ!」

 ゼラムファザードは三対六枚の翼を勢いよく羽ばたかせた。そのまま凄まじい速さで低空を飛んでカサレラを抱きよせると、即座に天高く飛翔する。


 どうにか紙一重で妖気の球体を避けることができた。だが、真下から地面に衝突したときの爆発音が聞こえてこない。視線を戻すと、妖気の球体は角度を変えてゼラムファザードの後を追尾していた。


「マジかよ!?」

 ナファネスクはこのままでは避けきれないと覚悟した。左腕でカサレラを抱きかかえている以上、使えるのは右手だけだ。それでも、溢れんばかりの獣気じゅうきを帯びた双刃鎗そうじんそうで巨大な妖気の球体を斬りつけた。


 獣気と妖気とが激しく衝突する中、妖気の球体は物凄い破裂音とともに消滅した。その際に生じた衝撃波をカサレラの身をかばいながら受け止める。

「クッ!」ナファネスクは呻き声を上げながら激痛に耐えた。


 さらに二つの妖気の球体がゼラムファザードを挟み込むように襲来する。ただ、今度は少しだけ余裕があった。二つの妖気の球体が自分に当たる寸前までその場に浮遊し、一気に地面に向かって急降下した。追尾不能に陥った巨大な妖気の球体同士は勢い余って激突し、荒々しい衝撃波を放ちながら消滅する。


 アシュトロアにも二つの妖気の球体が同じ方向から襲いかかる。ゼラムファザードのような対処の仕方はできない。

 アシュトロアは二挺の弩を同じ妖気の球体に狙いを定め、膨大な獣気を圧縮して作った矢を放った。一つ目に命中して消し飛ばすと、立て続けに二発目を放ち、もう一つも消し去った。


「滅骸師としてのお前の力は分かったから、今はここにいろ!」

 カサレラを地面に着地させてから、ナファネスクは懇願した。

「わ、分かった……」

 冥邪王との戦いの壮絶さを身に染みて味わった清廉な少女は、ただ頷くだけだった。


 ゼラムファザードは再び五体のモルザーバに向かって飛んでいく。今やナファネスクの心は激しい憤りに燃え上がっていた。

「お前、いったいどういうつもりだ! カサレラは、冥邪天帝ヴェラルドゥンガを顕現けんげんさせるための唯一の依り代なんだろ? 殺しちまったら、二度と顕現はできなくなるじゃねぇのか?」

「別に瀕死でも、生きてさえいれば問題なかろう」

「何だと、お前!」

 どちらも怒り狂っていた。

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