第24話 降りかかる災難

 商人たちが半ば強引に店じまいを迫られる中、この街の住人たちが群衆となって広場に押し寄せて来た。

 ナファネスクとカサレラも人々の中に混ざっていた。焔豹ケマールのハクニャを残して――。


 群衆は、中央にある噴水を中心にして円を描くように集っていた。その前を監視するように警備兵たちが立ち、周囲に目を配っている。

 一方向だけ中央の噴水に向かって直線の道が設けられていた。その通り道の両側にも警備兵たちがズラッと整列していた。


 いったい何が起こったのか分からない群衆は一様にどよめいていた。だが、口髭を生やした横幅のある中年の警備隊長が現れた瞬間、静寂が訪れる。

 警備隊長が中央に通じる直線の道を歩くと警備兵たちが順々に敬礼をしていた。


 噴水は階段状に作られていて、背の低い警備隊長でも一番上からなら群衆を見渡せるだけの高さがあった。

 一回咳払いをすると、警備隊長は口を開いた。

「ただ今からみんなに集まってもらった理由を説明させてもらう」

 重苦しそうに言うと、そこで一度言葉を切った。その表情はとても険しい。


「見張りの警備兵の報告によると、このウールジークの北門からそれほど離れていない場所に人間の言葉を話す冥邪めいじゃが現れたとのことだ」


 なるべく冷静を装って話す警備隊長の言葉に、群衆は「なんで冥邪が?」と驚愕していた。

「冥邪王よ! きっとあたしを捕まえに来たんだわ!」

 押し殺した声で話す清廉な少女は焦燥感を露わにする。警備隊長はさらに続けた。


「冥邪はこの街にいるカサレラという名前の少女の身柄の引き渡しを要求してきた。大人しく従えば、街には何一つ危害は加えないそうだ。だが、今から四半時が経過しても、その少女を連れて来なかった場合は、この街を粉々に壊滅させると脅してきた」

 一瞬にして群衆は恐怖で凝り固まった。誰もが血の気が失せた顔をしている。


「冗談じゃねぇ! 俺は、カサレラなんて名前の少女なんか知らねぇぞ!」

 群衆の中から大きな声が上がった。大半の群衆が同意するように頷く。

「きっとこの街に住んでる奴じゃねぇ! 多分、よそ者だ! 警備隊長さんよ、早くそいつを見つけ出してくれ!」


 その声に群衆からは「そうだ!」とか「早く探し出せ!」などの怒号が飛び交う。

「みんな、どうか落ち着いてくれ! 我々も全力で探している最中だ! もう少しだけ時間がほしい!」

 警備隊長はどうにか群衆の不安を和らげようと必死だ。その直後だった。


「それ、あたしのことです!」

 たまらずカサレラは右手を高々と上げた。群衆の視線が一気に集まる。

(これじゃあ、こいつが村から連れ去られたときと全く同じじゃねぇか!)

 カサレラが今現在どんなに耐え難い気持ちでいるのかと察するだけで、胸が張り裂けるほど居たたまれなかった。


「すぐこの街から立ち去るので、皆さん、どうか安心してください!」

 カサレラが敢えて自分から名乗り出たのはこの一言を言うためだ。ところが、群衆の不安と恐怖から沸き起こる怨嗟の声は収まらない。

 自分の姿が見えないのを良いことに「警備隊長、早くそいつを連れ出せ!」とか「さっさとこの街から出て行け!」などの身勝手極まりない罵声が飛び交う。

 警備隊長も部下たちに何か指令を出していた。


「おい! 今言った卑怯者ども、姿を見せやがれ! この俺が全員ぶん殴ってやる!」

 ナファネスクは周囲の人たちが思わず耳をふさぎたくなるほどの大声を張り上げた。言葉では表現できない憤怒に駆られていた。

 一瞬、喚き立てていた群衆が静まり返った。


「俺も同じ人間が困っているときに自分さえ良ければいいとでも言うような薄情な物言いには正直反吐が出る。とは言え、いきなり暴力を振り回すのもいけないな」

 沈黙を破るように男の声が聞こえてきた。今度はその声の主に群衆の注目が集まる。

 歳は三十代後半。パッとしないくたびれた服装で、むさ苦しい無精ひげに髪を背中まで長く伸ばした一見浮浪者のようだ。


 またもや群衆から「汚らわしい身なりで何様のつもりだ!」とか「浮浪者の分際で偉そうに出しゃばるな!」とか罵倒する声が上がる。

 浮浪者は街のゴミでしかない。男はボロクソにけなされていた。


「なんだ、あいつは?」

「そんなのどうだっていいじゃない! 警備兵に連れ出される前に、人混みに紛れて抜け出すわよ!」

 浮浪者など無視し、カサレラは群衆を無理やりかき分けていく。一秒でも早くここから逃げ出したい気持ちなのだろうと感じ取った。


「ああ、こんな胸糞悪い街なんかこっちから出て行ってやるぜ!」

 だが、警備兵の目をかい潜りながら広場から抜け出して、街の北門に向かっていたときだった。

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