第23話 地図を探して
この街から帝国の王城までの距離を知るためにまずは地図が欲しかった。ただ、一つ大きな疑問は残る。皇帝が必ずしも帝国の王城にいるとは限らないという点だ。
子供の自分たちに皇帝の正確な居所を探し出せるわけがなかった。大まかな憶測だけで旅をするしかない。
「じゃあ、地図を手に入れたところでお先真っ暗ね」
話を聞いたカサレラが
「せめて案内人でもいてくれたら、楽なんだけどな」
ナファネスクも自分たちの無力さを痛感していた。
「案内人……そうよ! 良いことを思いついた!」
カサレラは何か閃いたように両手を叩く。
「あたしを捕まえに来た
残念ながらいい案とは言えないとナファネスクは思った。
冥邪王は人間の言葉を話せるが、その強さは並みの冥邪とは桁外れだ。それを
「なるほどね。そうすると、皇帝のところまではたどり着けないかもね」
素直に納得したようだ。
「そうかもしれねぇな。おそらくだが、冥邪天帝とやらを
思案に暮れる中、ナファネスクが口を開いた。
「ただ、どっちにしても地図は必要だ。売っていそうな店を探そうぜ」
取りあえず、二人は近くの店から見て回ることにした。
想定内のことだが、完璧な地図なんてものは鼻から期待してないし、そんなものが存在しているのかも怪しかった。大体の方角と距離さえ分かれば、それで十分だ。
広場では主に新鮮な食べ物、日用品、衣服などを取り扱っている店が多く、なかなか地図を商売にしている店は見つからなかった。
「何だよ、全然見つからねぇぞ! 地図なんて本当に売ってるのかよ!」
広場の三分の一ほどしか見て回ってなかったが、ナファネスクは少し苛立ち始めた。
「まだ全然見てないじゃない。根気よく探さないと、見つかるものも見つからないわよ」
即座にカサレラがなだめる。
「古書などを取り扱うお店になら、置いてあるんじゃない?」
「古書を売る店ねぇ」
ナファネスクは周囲を隈なく見渡してみた。残念ながら、見渡す限り古書を売っていそうな店は見当たらなかった。ちょうどそのとき、ある店が視界に入った。
「おい、カサレラ。ちょっと俺について来い!」
気持ちを昂揚させて、ナファネスクは走り出した。清廉な少女の手を引っ張りながら。
「何? 急にどうしたのよ?」
いきなり手を握られたカサレラは気恥ずかしそうに着いていく。
たどり着いた店は、街に根付いた店ではなく、露天商だった。並べられているのは女性用の装飾品だった。
「ちょっと、地図とは全く関係ないじゃない!」
「ああ、そうだ!」
「そうだって!? あんたねぇ、いったい何を考えてるのよ?」
中年の行商人は二人に目をやると、露骨に不機嫌な顔をする。
「なんだ、ガキども! ここに並べてある商品は全て大枚を
「金ならあるぜ! ほら!」
ナファネスクは腰にぶら下げたお金のびっしり詰まった布袋を見せつけた。
「おっと、こりゃ失礼しました。それで、どれをご所望でしょうか?」
大金を目にした行商人の態度が豹変した。しきりに媚び
「ねぇ、いきなりどうしたのよ? 早く地図を探しに行きましょ!」
この店に来た理由が分からないカサレラは、ナファネスクの腕を引っ張った。だが、簡単に振り解かれる。
「カサレラ、実はお前に何か贈り物がしたいって思ってたんだ!」
「え?」
思いも寄らない言葉に、カサレラは驚きを隠せないようだ。
「この店を見つけられたのも何かの縁だ! さぁ、ここにあるものの中からお前が欲しいものを選んでくれ!」
「べ、別にいらないわよ。それに、あたしなんかのために大切なお金を使わないで」
ナファネスクの気持ちは心から嬉しかったが、こんなに値の張る装飾品を受け取るわけにはいかない。
「そうか。だったら、俺が勝手に選んじまうぞ!」
「だから、欲しくないって言ってるでしょ! ちゃんと人の話を聞いてるの?」
カサレラの言葉を聞き流し、小綺麗に並べられた商品を品定めする。
ナファネスク自身も、父親代わりのエゼルベルクがわざわざ用立ててくれたお金の使い道を間違っていることは、百も承知の上での決断だった。
それでも、悲運な運命に苛まれたカサレラを少しでも喜ばせたい。その一途な思いが激しく心を駆り立てた。もっと言えば、ここで渡せなければ、次がいつになるのか分からないという焦りもあった。
「なぁ、これなんかいいんじゃねぇか?」
ナファネスクは、華麗な装飾が施された髪飾りを手に取る。
「あのねぇ、もう知らないから!」
カサレラはそっぽを向いている間に、行商人に代金を支払った。
「さぁ、この髪飾りを付けてくれないか?」
「あんた、本当に買ったの?」
ナファネスクは呆然とするカサレラの美しい髪につけてやった。
「なかなか似合ってるじゃねぇか! その髪飾りはお前のためにあるようなもんだな!」
一歩下がってカサレラを見つめながら、その可憐さに目を奪われた。
「もう、あんたってば! 後でお金に困っても、あたしのせいにしないでよね!」
あまりにも嬉しそうな顔をするナファネスクを見て、本気で怒れなかった。
本音は全く逆で、今まで生きてきた中で贈り物など貰ったことのないカサレラは、歓喜する思いを必死に隠そうとしていた。
店にある大きな鏡に映る自分の姿を盗み見ながら、ナファネスクの鑑識眼も満更でもないと感心した。
全く相手にされないハクニャだけが退屈そう地面に寝転がっていた。
不意に危険を知らせる鐘の音がけたたましく鳴り響いたのは、そのときだ。活気だった広場に重装備の警備兵たちがぞろぞろと集まり、全ての店の商売を強引に中止させ始めた。
先ほどまでの活気は消え去り、何やら周辺を物々しい空気が漂っていた。
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