第22話 思い切って告白

 自室に戻った二人は肌着になると、それぞれのベッドで寝転んでいた。

 窓から見える風景は漆黒の暗闇に包まれていたが、この時間帯から眠る気にはならなかった。


 寝床に置かれたランタンに火を灯すと、カサレラの顔が見えた。両目は閉じていたが、まだ起きているようだ。

「おばさんも喜んでくれてたな!」

 おばさんとは宿屋の女主人エスタナのことだ。「お帰り!」とにこやかな笑顔で二人を迎えてくれた。ナファネスクたちはエスタナとの出会いに感謝した。

「なんか、あんたばかりにお金を使わせてゴメンね」


 カサレラは目を開けると、ナファネスクのほうを振り向いて謝った。

「そんなの気にするなって。それより、これからどうやって旅をするのか考えねぇと。まずは地図を手に入れる必要があるな」

「そうね。それと、次からは野宿することも頭に入れておかないといけないわね。後は新手の冥邪めいじゃ王の襲来にも備えておかないと……」

 それが今までの中で最も重大事項だ。

「それは任せときな! 俺がいる限り、お前には指一本触れさせはしねぇよ! 絶対にな!」

「……ねぇ、そのことなんだけどさ。どうしてそこまでしてあたしを守ろうとするの? 冥邪天帝ヴェラルドゥンガの顕現を防ぎたいから?」

「それもある! だが、それだけじゃねぇ!」


 カサレラに対する本当の気持ちをここで打ち明けていいものかどうか、ナファネスクは一瞬戸惑った。それでも、今伝えておくべきだと言葉を続ける。

「だってよ、俺はお前のことを――」

「やめて! それ以上言わないで!」

 ナファネスクの言葉を制し、カサレラは両手で耳をふさぎながら大声を上げる。拒絶されたと受け取った向こう見ずな少年は、情けなさそうに笑った。


「そりゃそうだよな。俺みたいなバカ丸出しの男に告白されても困るよな。今のは忘れてくれ」

「ち、違うの! 誤解しないで。ナファネスク、あんたの気持ちは嬉しいと思ってる。それは本当よ。でもね、夕食の前にあんたが言ったとおり、あたしは冥邪天帝の唯一の依り代として生まれた呪われた女なの。だから、あたしなんかを好きにならないで。お願い!」


「カサレラ……」

 振られたわけでなかったが、清廉な少女の悲哀に満ちた言葉に押し黙るしかなかった。

「さぁ、もう寝ましょ? おやすみ」

 カサレラは反対側に寝返りを打つと、掛け布団を深々と被った。その悲壮感が漂う後ろ姿を見つめながら、ナファネスクは自分自身に誓いを立てた。

(お前のことはこの俺が命がけで守ってやるからな! 例えこの先にどんな困難が待ち受けていようとも――)

 ナファネスクはゆっくりと瞼を閉じると、不思議と睡魔に支配されようとしていた。


 二人の長く険しい旅路はまだ始まったばかりだ。ベネティクス帝国の皇帝の野望を打ち砕くまで終わることはない。

 この世界の命運をも左右する二人にしてみれば、敗北は決して許されなかった。

                 ☆

 白いカーテンから明るく差し込む朝日の光で、ナファネスクは目を覚ました。

 昨日は何かといろいろとあった。

 肉体面でも精神面でもそれなりに疲労していたのだろう。よく眠った気がする。

 ゆっくりとベッドから起き上がると、カサレラの姿が部屋から消えていた。

(まさか――!?)

 寝る前のカサレラは何か思いつめた様子だったのを覚えている。向こう見ずな少年は慌てて服を着ると、急いで部屋を出た瞬間、階段を上ってきたカサレラと鉢合わせになった。


 驚いたように「キャッ」と悲鳴を上げる清廉な少女の姿に、ナファネスクは心の底から安堵した。

「びっくりさせんなよな! 起きたら姿が見えねぇから心配したんだぞ!」

「ゴメンね。ハクニャに朝ご飯をと思って」

 罰が悪そうに舌を出す。両手には干し肉と牛乳の入った二枚の皿をのせたお盆を持っていた。


 二人は自室に戻ると、カサレラは静かにお盆を床に置いた。

 すぐに食べにやって来たハクニャを「よしよし」と優しく撫でてやる。いつの間にか聖獣の焔豹ケマールは清廉な少女を信頼しきっていた。

「ねぇ、この宿でもご飯を食べられるんだって。朝ご飯はここにしない?」

「俺は別に構わないぜ」ナファネスクは即答した。

 自室で旅の準備を整えてから、二人は一階にある食堂に向かった。そのまま空いている席に座った。


「おや、二人ともよく来てくれたね! 今朝はソーセージをくるんだ焼き立てのパンにクリームシチューだよ! もうすぐできるから、少しだけ待ってておくれ!」

 宿屋の女主人であるエスタナは朝からにこやかで明るかった。

 大した話題もなく待っていると、「お待たせ!」とエスタナが料理を運んできた。


「さぁ、食べようぜ!」

 口に入れると、どちらの料理も美味しかった。農村の食事と比べれば段違いだ。カサレラも満更でもなさそうに食べている。

 朝ご飯を食べ終わると、二人は一度自室に戻ってから宿屋の女主人のエスタナに感謝と惜別の言葉を送った。


「くれぐれも気を付けるんだよ!」

 二人の子供と一匹の聖獣を見送るエスタナは、心配そうにいつまでも手を振っていた。

 大通りに出ると、二人はまず円形の大きな広場に足を運んだ。その中央には大きくて立派な噴水があった。


 この広場には地元に根付いた店以外にも、交易を目的とした商人たちが様々な品物を売っている。

 これからの旅に備えて品物を揃えるなら、立ち寄っておきたい場所だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る