第20話 いざ食事処へ
「年齢といい、お金といい、二人とも見るからに訳ありみたいだね。でも、あたしが来たからにはもう心配することないよ! ただ、あいにくなんだけど、今空いてる部屋が二人部屋しかなくてね。それでもいいかい?」
異性について意識し始める年頃の二人の気持ちを察したのだろう。エスタナは気まずそうに訊いてきた。その言葉に、ナファネスクとカサレラは顔を見合わせた。
知り合ってほんの僅かしか時間が経ってない。赤の他人でもなければ、これと言って親しくもない。それでも、泥棒呼ばわりしてきた先ほどの男の態度を見る限り、他の宿屋に行ってもまた一悶着ありそうに思えた。そのことをお互い考慮したうえで頷き合った。
「じゃあ、それで――」
ナファネスクが全てをエスタナに任せることにした。
「よし、決まりでいいようだね! ちょうど今、最上階の一番良い部屋が空いててね。そこに泊まりな! 他の部屋と同じ値段にしとくからさ!」
ご機嫌なエスタナだったが、まだ伝えるべきことがあった。
「それと、こいつも良いかな?」
ハクニャを持ち上げて、不安そうにエスタナに見せた。「ミャー」と鳴きながら、愛くるしい表情をする。
「その動物、ただの猫ってわけじゃなさそうだね?」
「聖獣の
エスタナの感は鋭かった。ここは正直に話したほうがいいとナファネスクは思った。
「聖獣ときたかい! これはなんだかご利益がありそうだね! いいよ、連れて行きな!」
太っ腹な女主人のエスタナはあっさりと承諾してくれた。
ナファネスクは一泊分の料金を支払ってから、案内されるがまま泊まる部屋に着いた。
「ゆっくりしておくれよ!」
それだけ言い残し、エスタナはドアを閉めて去っていった。
部屋は広々としていて、とてもくつろげそうだった。周囲に置かれた高級感のある調度品といい、エスタナが一番と豪語するだけはあった。向かって左側に子供が寝泊まりするには少し大きすぎるベッドが二つ並んでいた。
「カサレラ、つい話の流れで相部屋になっちまってすまねぇ! どうしようか迷いに迷ったんだけどよ。他の宿屋を探したところで……な?」
銀色の短髪を掻きながら、申し訳なさそうにナファネスクが口を開いた。
「分かってるって。別に気にしなくていいわよ。あたしも同じことを考えてたしね」
「そっか。じゃあ、今から何か美味い飯でも食べに行こうぜ! 構わねぇだろ?」
街に入ったときからナファネスクは、ここでなら農村では口にできない料理を食べられるのではないかと期待していた。
「はいはい、行けばいいんでしょ」
同い年にも拘わらず、カサレラの目線からは子供っぽく見えているようだ。ナファネスクにすれば、そんなこと少しも気にしてなかった。
「お前はここで留守番だ!」
ハクニャの頭を優しく撫でると、ナファネスクは「さぁ、出発!」と声を張り上げてドアを開け放った。
「やっぱり、あいつってバカね」
心底嬉しそうに通路に出ていくナファネスクの後ろ姿をカサレラは本当に元王子なのか、と疑いの眼差しで見送った。それから、留守番役のハクニャを優しく撫でてやった。
「よしよし。ハクニャ、ゴメンね。すぐに戻ってくるからね」
優しい口調で言い残すと、ナファネスクの後を追って通路に出た。
☆
カサレラが一階に下りていくと、ナファネスクとエスタナが話をしていた。
「店に入ったら、真っ先に『エスタナの知り合いだ』ってちゃんと言うんだよ」
「分かった! 絶対に忘れねぇよ!」
「ハクニャって言ったっけ? 聖獣ちゃんのことはあたしがしっかりと面倒見てやるからね!」
「ありがとな!」
気配を感じたナファネスクは、近寄ってくるカサレラに目を向けた。
「ここから少し行ったところに、美味い料理を食わせてくれる店があるってよ! 道順はもう覚えたから、早く行こうぜ!」
意気揚々とカサレラに話しかけた。
「すみません! 何だか色々とお世話をおかけします」
清廉な少女は深々と頭を下げた。
「別に気にしなくたっていいんだよ! あんたたちはうちのお客様だし、これくらいどうってことないからさ! それよりも、日が暮れちまう前に早く行っておいで!」
「なぁ、おばさんの言葉に甘えようぜ!」
「おばさんって!? あんたね、その能天気な性格どうにかならないの!」
瞬く間にすっかり打ち解けているナファネスクに、自分にはない人懐っこさみたいなものを感じ取ったカサレラは苛立ちをぶつけてきた。
「別にいいじゃねぇか。急に怒るなよな」
仏頂面をするナファネスクだったが、すぐさま元に戻った。
「分かった! お前も腹が減ってるんだろ? 腹が空くとイライラするもんな!」
「ち、違うってば! あんたなんかと一緒にしないでくれる!」
カサレラは強く反論しながら急にふくれっ面になる。
「そうだよ。心では分かってても、年頃の女の子に向かって、そんな真っ正直に言うもんじゃないよ。なんて言ったって、女心は繊細なんだからね」
エスタナは自信ありげに言ってのけると、右手で服の上から豊満な胸を力強く叩いた。その言葉にナファネスクは「へぇ」と納得したように頷いた。
「正直に言うけどよ。俺さ、これまで自分と同年代の女の子とほとんど話したことがなかったから、全然気付かなかった。変なこと言って悪かったな」
「もういいってば! ほら、早く行くんでしょ?」
反論すればするほどドツボに嵌まると感じたのだろう。カサレラは深くため息をついて諦め顔になった。
「おう! そのとおりよ!」
エスタナに見送られながら、二人は《豊穣の女将停》を後にした。ナファネスクはご馳走に胸を膨らませていた。
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