第15話 囚われの少女

 渾沌こんとんと自由の大陸バルドラーニア。この広大な大陸にはあらゆる生物とともに人間と獣人が存在し、共存して暮らしていた。だが、いつしか異類異形の怪物の姿をした冥邪めいじゃが大陸の至る所で目撃されるようになった。


 遥か太古の昔、地上界以外に天聖界パルパデーオという神聖な世界とそれに敵対する獄淵界ボラドゥーラという邪悪な世界が天空に存在していた。


 太陽神ロムサハルの率いる光の軍勢と冥邪天帝または暗黒神ヴェラルドゥンガの率いる闇の軍勢の間で熾烈な激戦が繰り広げられた。


 幾千年もの長きに渡る大戦で、闇の軍勢は敗北を喫した。

 瀕死の重傷を負ったヴェラルドゥンガは獄淵界に逃げ帰ると、別次元に消え去った。見事に勝利した太陽神ロムサハルの統べる天聖界も、地上に人間と獣人を創り出すと、別次元に姿を消したと言う。


 ただ、これは太陽神を唯一絶対神と崇めるムーリア教の司祭が語り継ぐ伝承であり、真実かどうかは定かではない。

                 ☆

 ナファネスクと焔豹ケマールのハクニャを背に乗せた一角獣ウニコルニオ――ホーテンショーは、森の木々を伐採して作られた土の露出した道を北に向かっていた。


 風を突き抜けるような猛烈な速度で疾駆する。ただ、その道も残り僅かとなり、行く先には開けた平原が見えてきた。


 住み慣れた農村を旅立ってから十五分以上が経過しようとしていた。普通の馬ならこの倍の時間は費やしただろう。ところが、平原に出ても、街らしきものは見つからなかった。


(本当に街なんてあるのかよ?)

 平原に足を踏み入れてすぐのところで、ホーテンショーに止まるように手綱を引っ張った。


 唯一の希望としてはもう少し行った先の左手に大きな川を見つけたことだ。もし街があるとすれば、あの川に沿った場所だろうと見当をつけた。


「よし、後もう少しだ! さぁ、駆けろ!」

 ホーテンショーは馬で言うなら巨馬の部類に入る。これしきで疲れを見せるほどやわではないことぐらい分かり切っていた。


 さらに川沿いに沿って駆けていくこと十五分。すると、ようやく大きな川の近くまでやって来た。それと同時に、推測どおり、視界の先に街らしき建造物を捉えることができた。

「爺さんが言ってた街っていうのは多分あれのことだな。このまま行けば、日暮れ前までには到着できそうだ」

 いつの間にかユリゴーネルのことを爺さん呼ばわりしている自分がいた。


 ずっと変わらない速度で駆けていた一角獣が急に足を止めたのは、その直後だ。

「どうしたんだ、ホーテンショー? これくらいでくたばる玉じゃねぇだろ?」


 小休憩かと思ったナファネスクはいぶかしんだ。だが、すぐさまどこか少し様子がおかしいのに気付いた。何故かじっと右前方に顔を向けていた。

 見渡す限り、辺り一面だだっ広い平原しかない。そんな中、ホーテンショーは視界の方角に向かってまっしぐらに駆け出した。


「おい、ホーテンショー。街はあっちだぞ! 戻れ、戻れって!」

 いくら命じても全く言うことを聞かない。とは言え、気高い一角獣が無暗に主の命令に背くとは思えなかった。

(まぁ、いいか。夕暮れまでまだ時間はある。お前のやりたいようにやればいいさ!)


 街は夜になると門を閉めてしまう。それでも、全てをホーテンショーの意思に委ねることにした。

 少し先に小高い丘があった。そこで、一角獣は立ち止まった。

「ん? まさか、あそこにいるのは!?」

 ナファネスクは目の前に見つけたものに驚愕した。そこには、冥邪の群れがいたからだ。


 先頭にいるのは分厚い胸板の屈強な肉体をした冥邪だ。二本の太い足で地響きを立てながら悠然と闊歩かっぽする。左右に四本ずつ計八本の腕を持ち、小綺麗な腰布を巻きつけていた。


 その並々ならぬ巨体はナファネスクのいた農村に襲来した冥邪――ヴォルガンを超えるほどだ。ただ、長い髪を生やした怪物の顔には目が一つもなかった。


 その後ろからは、大人の人間よりも少し上背の低い冥邪を四体引き連れていた。

 鋭い牙を生やした大きな頭部を持ち、二本の短い腕をぶら下げ、しなやかな二本の足だけで歩いている。動き方からして、とても俊敏そうだ。


 二列に並んで歩くその冥邪どもに両側を挟まれる形で、中央を冥邪きと化した二頭の馬が鉄格子の檻を乗せた荷車を引っ張っていた。その檻の中には、ナファネスクと同い年ぐらいの少女が閉じ込められていた。


「早くあの少女を助けやらねぇと! 急いで駆けろ、ホーテンショー!」

 主の命令に従うように一角獣はいななき、猛烈な速度で疾駆する。


 この少女との運命の悪戯いたずらとでも言うべき出会いが、ナファネスクのこれからに大きな影響を与えることになる。

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