第14話 運命の旅立ち

 我が家に戻ると、ハクニャが家に入るのを確認してから玄関のドアを閉めた。

 地下室について、幼い頃にその扉らしきものを見つけた記憶があるのを思い出した。それは居間に置かれた円形のテーブルの真下にあったはずだ。


 居間にはまだ朝ご飯の食器が残っていた。ユリゴーネルが気を失ったときに散らばったものもある。まずはそれらを片付けることにした。それから、円形のテーブルを持ち上げて、横に移動させる。そこには、大人一人が入れるくらいの四角形の扉があった。だが、鉄製の鍵穴があり、しっかりと施錠されていた。


「鍵が必要なのか。いったいどこにあるんだ?」

 この家にあまり村人たちを招待した覚えがなかった。隠そうと思えば、家のどこにでも隠し場所は考えられた。ただ、この地下室に何か大事なものが隠されているとすれば、当然ながらエゼルベルクの部屋の可能性が極めて高かった。その上で、子供の

自分では手の届かない高い場所だと推測した。


 ナファネスクはドアを開けっ放しにしたままの父親の部屋に入った。棚らしきものは何冊か本が並べてある書棚しかない。ただ、何かに乗らないと、一番上までは見えなかった。


 急いで居間から椅子を持って来て、本棚の一番上を覗いてみる。ところが、推測はまんまと外れた。何も置いてなかった。

「違ったか」


 唇を嚙みながら、椅子から下りた。後はベッドしかない。

 寝そべってベッドの下を調べてみたが、何も見つからなかった。もし、エゼルベルクが肌身離さず身に着けていたらという不安がこうべをもたげる。

「いや、そんなはずはない!」


 こうなったら、しらみ潰しに探すしかなかった。掛け布団は裏返し、枕を掴み取る。

「あった!」

 鍵は枕の下に置かれていた。それを手に取ると、急いで居間に引き返した。


「さぁ、開けるぞ!」

 ハクニャも興味ありげに近寄ってきた。

「お前も驚くなよ」

 ドキドキしながら鍵を差し込んで回す。カチャッという小気味いい音が鳴り、施錠が開いた。

 両手で扉を持ち上げると、地下室に行くための梯子が立てかけられていた。ただ、

それほど長くはない。日の光のおかげで、火を必要とはしなかった。


 梯子を使って地下室に入る。まず目に入ったのは。大きな長方形の立派な木箱の隣にあった黄金と宝石で絢爛豪華に光り輝く鞘に入った一本の長剣だった。


「すげぇな、こりゃ!」

 すぐさま手に取り、鞘から抜いてみた。研ぐ済まされた剣は光を反射し、まるで鏡のようにナファネスクの彫像から抜け出たような綺麗な顔立ちがくっきりと映し出されていた。


 敢えて切れ味を試すまでもなく、名剣か宝剣と呼ぶに相応しい代物だと断言できた。もっと言えば、ソルメキア王家に代々伝えられしものだと感じた。

 名も知らぬ王家伝来の宝剣を丁寧に鞘に戻すと、今度は重そうな長方形の木箱の蓋を開けた。


「これは――!?」

 ナファネスクは一瞬息を呑んだ。中には、派手な刺繍をあしらった高貴な衣服が丁寧に折り畳まれて仕舞われていた。


 手に取ってみると、とても滑らかなで上品な触り心地だ。今自分が身に着けているものとは全然違う。それに相応しい金属製の長靴も、宝剣の近くにあった箱に入っていた。


「よし、着てみるか!」

 どんな豪奢な衣装であっても、着れなければ無用の長物でしかない。だが、不思議なことに寸法はほぼ自分の体格に合っていた。衣装を身に着けて宝剣を手に取った瞬間、農民の子から一国の王子に一変する。


「どうだ? ハクニャ。見違えただろ?」

 ナファネスクは自然と胸が高鳴るのを実感していた。

「ん、これはなんだ?」


 衣装のあった木箱にはまだ幾つか入れられていた。

 紐で縛られた布袋に一風変わった小さな笛。それと、馬に取り付けるあぶみが入っていた。


 布袋は持つとジャラジャラという音がした。縛っていた紐を緩めると、これから旅するのに必要なお金が沢山入っていた。

(鐙の使い方は分かるけど、この笛は何に使うんだ? まぁ、父さんなりに何かしらの考えがあって用意してくれたものだ。取りあえず、一緒に持っていくとするか)

 それらを抱えながら、ナファネスクは梯子を上って居間に戻った。


「さて、これでこの家とももうお別れだな」

 少しだけ感傷に浸ってから我が家を出た。

「もう旅立つのか?」

 ユリゴーネルが見送りとばかりに来ていた。

「はい」

 ユリゴーネルの問いかけに清々しく答えた。

「ならば、その笛を吹いてみるのじゃ」

「これを、ですか?」

 促されるままに右手に持っていた風変わりな笛を吹いてみた。だが、何の音も響かなかった。


「あれ? おかしいな」

 今度は思い切り吹いてみたが、やはり何も音は出なかった。

「一度でよい」

 ユリゴーネルはこの笛のことを何か知っているような口ぶりだった。


 少しすると、遠くから馬が疾駆する蹄のような足音が聞こえてきた。この村に向かってくるらしく、足音は徐々に大きくなる。

「あれはまさか――!?」

 ナファネスクは、足音を響かせる正体に目をみはった。


 正確には馬ではなかった。雄々しい一本の長い角を生やした一角獣ウニコルニオという稀有な生物だ。

 一角獣は目の前でいななきながら立ち止まった。背の高さは一角獣のほうが大きかった。

「エゼルベルクはそやつをホーテンショーと名付けていたのう」

「ホーテンショーか。良い名前だ! ホーテンショー、これからよろしく頼むな!」


 ナファネスクの言葉に応えるように、気高い一角獣は優しく顔を舐めてきた。「よしよし」と鐙を付けるときも、とても大人しかった。新たな主として認めているようだ。

「そやつに乗っていけば、夕暮れまでには近くの街にたどり着くはずじゃ」

 飲み水は持ったものの、食べ物や寝袋はなかったので村長の言葉に安堵した。


「それじゃあ、ユリゴーネルさん、お体を大切に!」

 ホーテンショーの背に跨がると、ナファネスクは別れの挨拶をした。ハクニャもすぐ後ろに乗っている。

「くれぐれも体には気を付けるのじゃぞ!」

「はい! じゃあ、行ってきます!」

 ナファネスクは手綱を思いっきり引っ張った。すると、即座にホーテンショーはきびすを返して疾駆する。


 冥邪めいじゃ天帝ヴェラルドゥンガの顕現を阻止する壮大な旅は、今幕を開けようとしていた。

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