第2章 運命の導き

第12話 偉大な父の墓

 いつの間にか、時刻は正午に差しかかろうとしていた。陽光が恨めしいほど強く照りつけている。


 ベネティクス帝国の手先の襲来の後、時間の経過とともに農村の惨状が明らかになった。

 村人の三分の一以上が冥邪めいじゃに殺され、農地の一部は最初から耕し直さなければならないほど無残に荒らされていた。それでも、村長であるユリゴーネルが言うには、農村自体はどうにか存続できるようだ。それについては安堵すべき事柄だった。


 ナファネスクは今朝目覚めたときにやって来た河原の岸辺に座りながら、しばらくの間あることで頭を悩ませていた。それは、赤子のときから今まで父親代わりとして惜しみない愛情で育ててくれた、元ソルメキア王国の偉大な騎士エゼルベルクの墓についてだ。


 この村には唯一絶対神である太陽神ロムサハルを信仰する教会はなかった。そのため、村人が亡くなると、郊外にある高台に設けた墓場に埋められた。


 墓には石碑すら置かれてない。そんな寂れた場所に勇名を馳せた偉人を埋葬していいものかどうか正直分からなかった。だが、他に場所がないことも現実として受け止める必要があった。


(父さん、悪いけどさ、少しの間だけこの村で休んでてくれよな。後で必ずあんたに相応しい場所を見つけて来るからさ)

 横でおとなしく伏せたままの焔豹ケマールのハクニャを優しく撫でながら決断した。


「よし、ハクニャ、スコップを持って高台に行くぞ!」

 すかさず行動に移った。生き残った村人たちに頼み込んで、父親の遺体を高台まで運ぶのを手伝ってもらうと、墓穴を掘るのは一人でやった。


 村人たちには本当に多大な迷惑をかけた。自分たちがこの村にいなければ、先ほどの惨劇は起こらなかったのだから。罪悪感で胸が苦しかったが、どうしても口に出して謝罪することはできなかった。


 無我夢中で穴を掘るのに半時以上の時間を費やし、大人一人が入るには十分なほどの墓穴ができ上がった。次は穴の底にエゼルベルクの遺体を優しく寝かせてやると、掘った土を盛っていく。その作業が終わると、木の枝を一時的な墓標として立てた。


こんなことなら、好きな花でも聞いておけば良かったと今さらながらに後悔した。

「父さん、必ずかたきを討ち果たして、またここに戻って来るからな。それまでは住み慣れたこの村で朗報を待っててくれ」


 ナファネスクは両膝を地面に突き、哀悼の言葉を捧げた。ふと背後に気配を感じたのはそのときだ。村長のユリゴーネルだった。まだ完全復活とまではいかないのだろう。荘厳な作りの杖を第三の足として使っていた。


「ユリゴーネルさん、もう体は大丈夫なんですか?」

 本当の素性を知った今でも、父親と同じくへりくだった口調になる自分がいた。

「七割がたは回復したと言うべきかのう」


 エゼルベルクの墓の前に立つと、ユリゴーネルも細々とした声で語りかけ、別れを惜しんでいた。それから、ナファネスクの顔を見た。

「この者の存在なくして、今のお主は存在せん! そのことを決して忘れるではないぞ!」

「はい、この命に誓って忘れはしません!」

 今の言葉を胸に刻みつけるように返事した。


「うむ。それと大事な話がある。わしの家までついて来い」

 何が話したいのかはおおよそ見当がついた。自分の魂に宿る壊神かいしん竜ゼラムファザードを暴走させたことに違いない。

「分かりました。すぐに別の服に着替えてから伺います」

 墓作りで、服の至る所に土がついていた。


「そのようなこと気にせずともよい。では、行くぞ」

 ユリゴーネルはゆっくりと自分の村に戻り始めた。


 ナファネスクは衣服に付いた土を極力手で払ってから、その後を追った。

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