第11話 暴走

「次は、お前だ!」

 ゼラムファザードは双刃鎗の片方の剣先をカシュナータに向けた。

「負傷しているとは言え、レストフォルト殿を赤子の手を捻るように易々と……あれが無疆むきょうの獣気を持つ者の力ですか!? ほら、ヴォルガンたち! 早くこの僕の〝盾〟となりなさい!」


 カシュナータは右手の人差し指に嵌めた指輪を高々とかざすと、自分の背後で仁王立ちのまま立ち尽くす二体の冥邪めいじゃに命令を下した。

 ヴォルガンどもはすぐに大股で動き出した。

 乱暴な足音を立て、地響きを上げながら主を庇うように前に立つ。

「そんな奴らなんか屁でもねぇぜ! いい加減覚悟しろ!」


 雄叫びを上げるナファネスクだったが、先に攻撃を仕掛けてきたのはヴォルガンどもだった。

 二体の両方の手首から伸びる反り返った刃には膨大な妖気に満ちている。すると、いきなり両腕を振り上げ、幾つもの妖気の刃を飛ばしてきた。それでも、ゼラムファザードは桁外れの獣気を帯びた双刃鎗を巧みに操り、見事に全てを弾き返していく。

「さて、今度は俺の番だ!」


 ゼラムファザードは溢れんばかりの獣気を全身から放出させた。すぐに六枚の翼を勢いよく羽ばたかせると、双刃鎗を水平に構えて二体のヴォルガン目がけて猛然と急降下する。


 ほんの一瞬の間に、冥邪どもの間をすり抜けるようにして突き抜け、地面に着地する。間を置かずに悠然と立ち上がった瞬間、頭部を斬り落とされた二体のヴォルガンは首から薄紫色の血しぶきを上げ、地面に前のめりに崩れ落ちた。


「往生際悪いぜ、カシュナータ! 俺のこの手で成敗してやる!」

 憤怒の炎に燃え上がるナファネスクをじっと見つめるカシュナータからは少しも恐れた様子はなく、不敵な笑みを浮かべていた。よく見ると、左手に持っていた魔導書が開かれていた。


「下劣な元王子よ、ここは一度退散させてもらいますよ」

 捨て台詞を残して、カシュナータはその場から忽然と消え去った。瞬間転移の呪文を唱えたのだ。

 つむじ風とともに「ハハハ」と嘲り笑う声だけが微かに聞こえてきた。

「クソ! まんまとやられちまった!」

 悔やんでも悔やみきれない。だが、地の果てまで追ってでも必ず殺してやると誓った。


「ミャオ!」

 不意に焔豹ケマールのハクニャが警戒するような鳴き声を上げた。その声の指し示す方角に目をやると、まだ斃すべき敵がいることに気付かされた。冥邪きと化した村人たちだ。


 腐臭を漂わせ、冥邪の瘴気を浴びた村人はもはや人間とはほど遠い姿に変貌していた。

【まだ戦いは終わってない! そやつらも冥邪と変わらぬ存在! 全て抹殺しろ!】

 壊神かいしん竜が厳しい声で脳に伝えてきた。

「おい、マジかよ!」


 もはや冥邪憑きと変わり果てた村人たちは人間にとってはただの害悪でしかなく、息の根を止める必要があった。それでも、ナファネスクは二の足を踏んだ。


(あいつらは今まで普通の人間だったじゃねぇか。それを殺すのかよ!)

【何をしている? さっさと始末するのだ!】

「……できねぇ! 俺にはできねぇよ!」

【甘いぞ! 無疆の獣気を持つ者よ。ならば、我自らが裁きを下す!】

 最初は壊神竜の言葉の意味がよく分からなかった。次の瞬間、ナファネスクはいきなり体の自由が利かなくなった。


 さらにゼラムファザードは溢れんばかりの獣気を噴き上げた。どうやらナファネスクの意思を無視して、冥邪憑きになった村人たちを一掃する気のようだ。

「どうなってるんだよ! 体が勝手に――!?」

「ナファネスクよ、急いで獣霊降臨ペンテコステスを解くのじゃ!」


 我が家の方角からしわがれた声が聞こえてきた。ユリゴーネルが玄関のドアに必死にしがみつきながら弱々しく姿を見せた。

「急に解けって言われてもよ――」

(いったいどうすりゃいいんだ?)


 獣霊降臨は簡単にできた。それでも、身動きが制御されている状態でそれを解く方法は正直分からなかった。

「こうなれば、仕方あるまい!」


 ユリゴーネルは荘厳な作りの杖の先をゼラムファザードに向けた。

「夢幻の世界を支配せし幻魔の覇王よ、我らに仇なす存在も の を深き安息の地に誘いたまえ!」

 眠りの呪文を唱えたのと同時に、ゼラムファザードの全身鎧は一瞬にして消え去った。体の自由が戻ったナファネスクは地面に両膝をついた。


「はぁ、はぁ、危なかったぜ……」

 息を切らしながら、ゆっくりと立ち上がった。

「ナファネスクよ、お主はまだ竜神様をぎょしきれんようじゃのう」

「いや、獣霊降臨の解除のやり方さえ分かっていれば、さっきみたいなことには――」

「ならなかった。本当にそう言い切れるかのう?」

 ナファネスクは沈黙させられた。ちょうどそのときだ。


 突如三つの巨大な火球がハクニャの頭上より遥かに高い位置に現れた。そのまま冥邪憑きの集団に向かって飛んでいく。

 火球は瞬く間に冥邪憑きたちを次々と焼き尽くしていった。


「ハクニャ、お前、いつからそんなことができるようになったんだ?」

「あやつは聖獣じゃからな。あのくらいの技を使うぐらい容易たやすかろう」

「ハクニャが聖獣? 全然知らなかった」


 冥邪憑きたちを全て焼き尽くすと、焔豹はナファネスクの元に駆け寄ってきた。

「お前、俺のために……」

 ハクニャを両手で持ち上げながら、「ありがとな!」と感謝の言葉を伝えた。

 取りあえず、自分たちを抹殺しに現れたベネティクス帝国の手先との熾烈な戦いは終わりを告げた。だが、やるべきことはまだある。


 自分の素性を知った現在い ま でも実の父親と変わりないエゼルベルクをとむらい、家の地下室に何があるのか調べること。それから、先ほどのような壊神竜の暴走をどうやって食い止めるのかということ。


 それより、ナファネスクはただただ一息つきたかった。


 ほぼ一時の間に簡単には整理できないほど色々なことが起こりすぎた。

 自分の身の上についても、そうだ。しかも、ずっと父親だと思っていた五大英雄神の一人であるエゼルベルクはもうこの世にいない。

(父さん! 俺は……)


 ナファネスクは激しい喪失感に襲われた。だが、今は涙を流す場合ではない。

 まずはこの予期せぬ状況を理解し、僅かな時間で事細かに整理する必要性に迫られた。

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