第10話 敵討ち

「父さん!」

 じっと二体の幻獣騎兵の激闘に目を奪われていたナファネスクは全身から血の気が引くのを感じた。急ぎ足でブエルゾラハに駆け寄っていく。


 光獅子ブエルゾラハの獣霊の消滅で真っ白の全身鎧は消え去り、血だらけのエゼルベルクがそこにいた。ナファネスクは父親を抱きかかえた。

「父さん! 父さん、しっかりしてくれ!」

「す、すまない! 私が負けるとは……」

 そこまで言うと、エゼルベルクは激しく咳き込み、同時に血を吐いた。


「父さん、待ってろよ! 今すぐ治療をしてやるからな!」

 獣気じゅうきの使い方によっては治癒も可能だったが、エゼルベルクは致命傷だ。傷口は完全にふさぐに至らない。

「いいか、ナファネスク、お前はこんなところで死ぬんじゃないぞ。絶対に勝つんだ」

 弱々しい声で話しながら、エゼルベルクは片手をゆっくりとナファネスクの手に重ねた。


「我が家の地下に大事なものを隠してある。それを持って、冥邪天帝ヴェラルドゥンガの顕現を阻止してくれ。た、頼んだぞ、我が息子よ!」

 それだけ言い残すと、エゼルベルクは息を引き取った。ナファネスクの手に触れていた手が力なく垂れ下がる。

「父さん! そんな……畜生!」

 両目から大粒の涙が流れ落ちた。強い悲しみがナファネスクの心を激しくむしばんだ。


【ナファネスクよ、今は悲しみに浸っているときではない。復讐の炎を燃やすのだ!】

 ここに来て、ようやく壊神かいしん竜ゼラムファザードの低い声が脳に直接伝わってきた。悲壮感に打ちのめされたナファネスクにかたきを討てと鼓舞する。


「言われなくても分かってらぁ! 今、俺の心を支配しているのは怒り狂う怨念だけだ!」

 右腕で涙を拭うと、ゆっくり立ち上がった。

「うぉぉぉぉ!」

 途方もない獣気を噴き上げながら、大声で叫んだ。

「許さねぇ! お前ら、絶対に許さねぇぞ!」

【それでこそ無疆むきょうの獣気の持ち主よ! さぁ、我と一体となるのだ!】


「おう! 行くぜ、獣霊降臨ペンテコステス!」

 ナファネスクの叫び声に呼応するように頭上に金色こんじきの巨竜が現れて融合する。一瞬にして姿が一変した。

 三対六枚の翼を生やし、口元だけを曝け出した獣霊と同じ色の竜の顔の兜と全身鎧をまとっていた。その右手には、両手で握っても余りある柄の両端から特大の両刃の剣が伸びた双刃鎗そうじんそうを握り持っている。


「まずはお前だ、クインシュガー! 父さんの無念を晴らしてやる!」

 幻獣騎兵ゼラムファザードは重量感のある双刃鎗を軽々と操ると、攻撃の構えを取った。

 今まさに報復の狼煙が上がろうとしていた。

                 ☆

 レストフォルトは幻獣騎兵ポルタビオーネスゼラムファザードから放出される段違いの獣気を肌でヒシヒシと感じ、じんわりと冷や汗をにじませる。


 ただでさえ、ブエルゾラハとの熾烈な戦いの後で全身の節々から激痛が走った。新たな敵と渡り合う力はほとんど残っていない。

「あのガキ、化け物か――!?」

 血の気が引くような恐怖心から思わず驚愕の声が漏れ出る。


「レストフォルト殿、何をしているんです? 早くそいつも始末してしまいなさい!」

 同じく危機感を感じているのか、遠くからカシュナータが指示してきた。

「ああ、わざわざ言われなくても、それくらい百も承知だぜ! らなきゃ、こっちが殺られちまうんだ! ガキ、さっさと死んでもらうぜ!」

 クインシュガーは全身の激しい痛みで、思いどおりに力が出せなかった。それでも、頑丈な鎖を巧みに操ると、鋭利な小型の刃を回転させたままの状態で、二つの螺旋刃らせんじんを最後の一撃とばかりに出せる限りの獣気を注いで投げ放った。


 全力を振り絞ったのだろうが、ブエルゾラハと戦ったときのような冴えは感じられなかった。

 ゼラムファザードは六枚の翼を荒々しく羽ばたかせて宙に舞い上がった瞬間、二つの螺旋刃の攻撃を余裕でかわして、交差する鎖と鎖の間をするりとかい潜る。それから、クインシュガー目がけて飛翔速度を極限まで上げた。

「父さんの無念を思い知れ!」

 自分の得物の間合いに入った途端、ゼラムファザードは尋常ではない獣気を帯びた双刃鎗を力いっぱい横に薙ぎ払った。


「何だと!?」

 防御の態勢と取る間もなく、クインシュガーは胴体部分から真っ二つに切断された。

 大量の血しぶきが飛び散り、天翼虎てんよくこ獣霊アルマは掻き消える。騎士らしき服装のレストフォルトは二つの肉塊に変わり果てて地面に落下した。


 まだ敵討ちは終わっていなかった。憎悪を向ける相手がもう一人いる。ベネティクス帝国の宮廷魔導師だ。


 あの男が余計な呪文さえ唱えなければ、エゼルベルクは今も生きていたに違いない。


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