第9話 無敗の闘神死す
「なぁ、一言言わせてくれよ」
ナファネスクは思っていることを今言わなければ、と思った。
「あのよ、今さら王子って呼ぶのは止めてくれねぇか。何だかこそばゆいぜ。今までみたいにナファネスクでいいよ。俺からすれば、今でもあんたは俺の父親なんだからさ」
「王子……」エゼルベルクは感慨深げだ。
「分かりました。いや、分かった。ナファネスク、お前に見せなければならないものがあると言ったのを覚えているか?」
「ああ!」
「それは、ユリゴーネルさんが言っていた
エゼルベルクは精神を集中した。手の甲に獣霊使いの紋章が浮かび上がる。
「精神を統一し、
エゼルベルクの頭上に霊体の幻獣である気高き
口元だけ覗かせた真っ白い獅子の顔の兜を被り、同じ色の全身鎧で覆われている。右手には三叉の槍を携えていた。ただ、翼はなかった。
「ナファネスク、これが獣霊降臨した姿だ。お前もやってみろ!」
「おっと、そうはさせねぇぜ! ブエルゾラハよ、この俺と一騎討ちの勝負だ!」
高らかに名乗りを上げたクインシュガーは即座に攻撃の構えを取った。同時に、頑丈な鎖で吊るされた
円盤の外側から幾つもの鋭利な小型の刃が一斉に飛び出し、凄まじい速度で回転を始める。
「お前とは一度戦ってみたいと思ってたんだ。今度は本気で行くぞ! 喰らえ!」
頑丈な鎖を巧みに操ると、膨大な
宙に浮いた状態のブエルゾラハは体勢を少し崩された。そこへ、もう一つの螺旋刃が狙いを定めて強襲する。それをありったけの獣気を注ぎ込んだ三叉の槍で受け止めた。
ぶつかり合う金属音が響き渡り、獣気と獣気が激しく衝突する。それでも、ほんの僅かだけクインシュガーの力が勝った。ブエルゾラハは強引に押し返され、地面に足を着いた。
「まだだ! こんなところで負けてたまるか!」
奮起の雄叫びを上げると、劣勢のブエルゾラハは螺旋刃を力強く弾き返した。即座に態勢を立て直し、身構える。
「クインシュガー、今度はこちらから行くぞ!」
ブエルゾラハの全身から放出する獣気が急激に膨張する。間髪入れずに上空にいる敵の幻獣騎兵に向かって驚異的な瞬発力と速度で跳躍していた。まさに光の矢のように。
クインシュガーは全身を左によじって
「チッ! さすがは《無敗の闘神》と言われるだけあるぜ!」
血が出た肩を押さえながら、レストフォルトの口元が苦々しく歪んだ。
「まだだ! これだけじゃないぞ!」
跳躍の頂点に到達したブエルゾラハは、さらに追撃を与えるために三叉の槍を構えていた。
「我が槍の真髄、止められるものなら止めてみよ!」
神業とでも言うべき速さで繰り出す無数の突きに対し、クインシュガーは手首に取り付けた盾にもなる二つの螺旋刃で防御に徹した。
ほんの一瞬の攻防の末、ブエルゾラハの全ての攻撃は二つの円形兵器で受け止められたかに見えた。だが、クインシュガーを一気に地上に向かって押し返し、防御一辺倒に徹した構えを大きく崩した。
自らが作り出した絶好の機会を見逃すわけがない。ブエルゾラハは全身全霊の獣気を三叉の槍に注ぎ込んで、渾身の一撃をおみまいする。
あまりの
これで、勝敗は決したようだ。
悠々と着地したブエルゾラハは、全く身動きの取れないクインシュガーの首元に三叉の槍を突きつけた。
「お前の負けだ、クインシュガー! いや、レストフォルト、覚悟は良いな?」
「クソ! 殺すならさっさと殺せ!」
レストフォルトの言葉は憎悪に満ちていた。
「そうはさせません! あなたはここで死ぬ運命なのですよ、エゼルベルク!」
二体の幻獣騎兵の一騎討ちの邪魔をしたのはカシュナータだった。咄嗟に左腕に抱えていた魔導書を開き、いにしえの呪文を詠唱する。
「太古の巨人をも石化させし邪悪なる毒蛇の髪を生やせし魔女よ、我らに仇なす凶悪な
呪文を唱え終わった直後、ブエルゾラハの全身は勝手に宙に浮き、首、両手、両足の五か所に灰色の枷が食い込んでいく。次いで、十字を描くように両腕は水平に真っすぐ伸び、両足はぴったりとくっついていた。そのまま身動きが取れなくなる。束縛の呪文だった。
「なんだ、これは!? 体が――」
エゼルベルクの口から苦痛に歪んだ呻き声が漏れ出る。あまりの激痛に耐え切れず、三叉の槍は手から零れ落ちた。
「レスフォルト殿、さぁ、早く止めを刺すのです!」
この千載一遇の機会を作り上げたカシュナータが声高に叫んだ。それに応えるべく、全身の痛みを
「残念だったな、エゼルベルク。俺の逆転勝利だ!」
頑丈な鎖で繋がれた二つの螺旋刃から一斉に飛び出した鋭利な小型の刃がまたもや凄まじい速度で回転する。次の瞬間、身動きの取れないブエルゾラハ目がけて投げ放った。
「さらばだ、《無敗の闘神》!」
膨大な獣気を帯びた二つの螺旋刃は見事にブエルゾラハの胸部を深々と
大量の血しぶきを上げ、拘束が解かれたブエルゾラハは仰向けのまま地面に倒れた。不意に横やりを入れてきたカシュナータのせいで、屈辱の負けを喫したのだ。
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