第8話 鬼才の宮廷魔導師

「少年よ、エゼルベルク殿からまだ何も知らされていませんでしたか? これは余計なことを口走りましたかね。僕はベネティクス帝国の宮廷魔導師で、カシュナータと申します」

「お前の名などはどうでもいい! それにしても、私も相当舐められたものだな。帝国の宮廷魔導師がたった二体の冥邪だけを引き連れて、乗り込んできたってわけか?」

 今度はエゼルベルクが口を開いた。憤慨しているのは言葉尻で分かった。


「まぁ、そんなところです。それにしても、あなた方が姿を消してからもう十二年近くになりますか。血眼になって探し回った僕たちの苦労がついに実を結びましたよ。本当に手間をかけさせてくれましたね」

「お前たちがそれだけ使えない者揃いってことだ! 身の程を知れ! お前などさっさと消し去ってくれる!」

 即座に攻撃に転じようとした瞬間、遥か上方から何かが襲いかかってきた。


「――!?」

 エゼルベルクは俊敏な動きで真後ろに飛びずさる。先ほどいた場所には円形の武器によって大きな穴が穿うがたれた。その瞬間、ナファネスクは物凄い獣気が放出されるのを感じ取った。


「この攻撃は!? まさか、そんなはずはない!」

 エゼルベルクは今の特殊な武器を見て、何かを全否定するように首を横に振った。

「久しぶりだな、エゼルベルク!」

 親しげに父親に話しかけてくる者を見るため、二人は上空を見上げた。

(何だ、あれは!?)


 漆黒の全身鎧に覆われた人間が、背中から生やした一対二枚の大きな翼で大空を羽ばたいていた。両腕の手首から頑丈な鎖が下に垂れ、直前に攻撃してきた円形の盾の形をした円盤兵器――螺旋刃らせんじんに繋がっていた。

 信じ難い光景を目の当たりして、ナファネスクは思わず唖然とした。


「あの幻獣騎兵ポルタビオーネスは紛れもなくクインシュガー!? その中にいるのはレストフォルトなのか?」

「ああ、そうだ!」

 天翼虎てんよくこクインシュガーを獣霊アルマとする幻獣騎兵に相応しく、口元だけをさらけ出した猛虎の顔の兜を被っている。その口から返事が返ってきた。


「そうか、生きてたのか。だが、どうして私を攻撃する?」

「頭の良いお前のことだ。とっくに理解してるんだろ? お察しのとおり、俺は勝ち目のないソルメキア王国を捨て、帝国に寝返ったのよ!」

 クインシュガーから不敵な笑い声が聞こえてくる。

「まさかと思いたかったが、やはりそうだったのか! レストフォルト、お前!」

 かつて共に戦った戦友の裏切りに、エゼルベルクは物凄く憤激した。


「残念ながら、懐かしい再会とは行きませんでしたね、レストフォルト殿」

 二人の間にカシュナータが割って入った。

「エゼルベルク殿、あなたと同じく元ソルメキア王国の五大英雄神の一人で、《殲滅の死神》の異名を持つレストフォルト殿は我々と手を組みました。とは言え、真っ先に祖国を捨て、逃げ出したあなたが彼を非難できますか?」


「何だと!? 私は――」

「王子を助けるべく、滅びゆく王国から一目散に逃亡したんですよね?」

 エゼルベルクの話を遮り、カシュナータは痛恨の一手を突きつけた。

「違う!」

「いったい何が違うのでしょう? それと、僕たちが使えない者揃いというのは聞き捨てなりませんね。無論、あなたの戯言たわごとなど即座に撤回させてあげますよ。その証拠に、僕の比類なき魔力によって、異次元にある獄淵界ボラドゥーラに通じる扉は開かれたのですから!」

 カシュナータは勝ち誇ったように大声を張り上げた。


「獄淵界との扉が開いただと!? 出まかせを言うな!」

「出まかせとは……エゼルベルク殿、あなたはつくづく癇に障る人のようですね。僕はずっと真実しか言ってませんよ。まぁ、いいでしょう。冥途の土産と言うやつです。どのようにして扉を開いたのか、教えてあげますよ」


 自信満々に語るカシュナータの声音が狂人じみた熱を帯びる。

「まず十五歳から十八歳未満の穢れを知らない乙女たちの中から選び抜かれた十二人を生贄として捧げましてね。その純潔な血を一滴すらも残さず、僕の描いた六芒星の大魔法陣の頂点に配した巨大な壺に溢れるまで流し込みます。後は獄淵界の扉を開けるための召喚呪文を唱えたに過ぎないのですよ。稀代の名立たる魔導師たちをも優に凌駕する僕の魔力にかかれば、このくらいいとも容易たやすいこと。残るは冥邪天帝ヴェラルドゥンガ様を顕現けんげんさせるだけです。これが見事に実現すれば、この世は邪悪な暗黒世界に様変わりする手はず。それも、もう時間の問題なのですよ!」


「そんなこと絶対にさせやしねぇ! その前に、お前らを叩き殺してやる!」

 今まで聞き手に回っていたナファネスクは、やっと出番が回ってきた気がして、怒鳴り声を張り上げた。何の会話をしているのか分からなかったせいで、今まで一言も口を出せなかったのだ。


 ただ一つだけ何となく理解できたことがある。今まで育ててくれたエゼルベルクは実の父親ではなく、自分は帝国に攻め滅ぼされたソルメキア王国の王子だったってことだ。


「これはなんと下劣な言葉使いなのでしょう。とてもではないですが、元王子ともあろう人の話し方とは思えませんね」

 カシュナータは苦虫でも噛んだような嫌な顔をした。

「うるせぇ! 大丈夫か、父さん?」

 それでも、そう簡単に割り切れるものではなかった。


「止めろ! いや、止めてください! 王子。もうお分かりでしょう。私はあなた様の本当の父親ではないのです!」

 エゼルベルクの言葉は微かに悲しみに打ち震えていた。


「おやおや、何とも哀れな姿ですね。かつての仲間には裏切られ、我が子同然に育てた元王子には真実を知られ、立ち直れなくなってしまいましたか?」

 とても楽しそうにカシュナータは嘲笑を浮かべた。


「ったくよ、さっきからペチャクチャとよく話す口だぜ! 魔導師より商人にでも鞍替えしたほうがいいんじゃねぇのか?」

「何と!? 子供の分際でこの僕を愚弄ぐ ろうしましたね! 元王子、あなただけはそう簡単に殺しませんよ。口は禍の元だということをたっぷりと身を持って味わわせてあげましょう!」

「上等だぜ! お前なんか二度と話せなくしてやる!」


「王子、少しお待ちを!」

 気分が乗ったところをエゼルベルクが制止した。


 勢いを削がれた形になったが、ナファネスクは文句を言わなかった。今まで押されっぱなしだったエゼルベルクの目は闘志に燃え上がっていた。

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