第3話 父親の夢を叶えるために

【ふむ。確かに、底知れぬ獣気を漂わせる子供だ。幼子よ、我に触れてみよ】

 壊神竜がゆっくりと顔を近づけてきた。


 荒波のように押し寄せる不安に耐え切れず、父親に助けを求めた。ところが、父親は力強く頷くだけだった。仕方なく、おどおどしながら金色の巨竜の顔に触れた。

【では、我の合図とともに獣気を出してみろ】

「え?」

「ナファネスク、この前パパが獣気の出し方は教えたぞ。あのとおりにやってみろ!」

(そう言えば、不思議な力を出す方法を教えてもらったような……)

 そのときのことを思い出してみる。

【さぁ、始めるのだ!】

(えーと、意識を集中させて、自然や大地を全身に感じるんだっけ)


 霊峰マハバリ山といい、ナファネスクは今大自然の真っ只中に身を置いている。容易に自然界と精神を融合できた。その直後、溢れんばかりの獣気がナファネスクから噴き出した。


【おお!? これぞまさに無疆の獣気よ! それでは幼子よ、今すぐ我と盟約を結ぼうぞ!】

「め、盟約?」

【我らが友となる約束みたいなものよ。さぁ!】

 壊神竜が伝える言葉に危険な臭いを感じた。自分の体を乗っ取られるのではないか。そんな身の毛のよだつ恐怖すら覚える。

(このままこのドラゴンの口車に乗ってもいいのかな? これが〝禁忌の申し子〟になるってこと?)


「ナファネスク、何も問題はない。さぁ、受け入れるんだ」

 父親の本当の目的がよく分からなかった。でも、父親の言葉には反論できない自分がいた。


 何だかはぐらかされているような気もするが、ナファネスクは頷いた。

【よし、決まりだな。我は壊神竜ゼラムファザード。今からお前の魂を寝床とさせてもらうとしよう。共に忌むべき冥邪めいじゃほふろうぞ!】

 歓喜に打ち震えた雄叫びを上げると、金色の巨竜の獣霊はナファネスクの小さい体内に吸い込まれるように入り込んでしまった。あっという間の出来事だった。


「両手の甲を見てみなさい」

 全てを見届けた父親が口を開いた。

 何気なく見てみると、何やら刻印のようなものが光りながら浮かんでいた。

「それが獣霊使いドマドールの証である紋章だ。だが、心配しなくていいぞ。普通の人間にそれは見えやしないからな。それから、獣霊使いとなった今、お前はこれから冥邪と戦う運命にある」


「冥邪って人を襲って食べる怪物のことでしょ?」

 冥邪については少しばかり知っていた。異類異形の姿をしたおぞましい怪物の総称だ。幸いにも、この村の近くにはいないが、父親からはそれとなく聞かされていた。

「よく覚えていたな。そのとおりだ」父親は誇らしそうに微笑んだ。

「普通の人間では冥邪には太刀打ちできない。そこで獣霊使いの出番だ。私たちは獣霊を魂に宿すことで、あいつらと対等に戦える数少ない人間なんだ」


 そこで父親はしゃがみ込み、再びナファネスクの両肩に両の手を置いた。

「いいか、ナファネスク。明日からは、お前が最強の獣霊使いになれるよう今まで以上にビシビシしごくぞ! そして、冥邪など存在しない世界を作るんだ!」

「はい、パパ!」

 熱く語る父親の瞳はとても輝いて見えた。誇らしく思うと同時に、自分も父親の描く平和な世界を実現させてみたいと思えるようになっていた。


「じゃあ、夜が明ける前に御山を下りよう!」

 ナファネスクの背中を軽く叩くと、意気揚々と父親は来た道を戻っていく。叱咤激励された気がして、とても発奮した。


 ただ、ハクニャだけが先ほどまでとは少し違う様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る