第2話 壊神竜ゼラムファザード

「おお、やっと見つけたぞ! やはりここにあったのだな!」

 ナファネスクの視線の先には、途轍と てつもなく異様な雰囲気を漂わせる大きな洞窟があった。


「ここが父さんの来たかったところなの?」

「ああ、そうだ!」

 父親は喜び冷めやらぬ様子だ。

「ナファネスク、さぁ、中へ入ろう!」

 ランタンで照らしながら、父親は微塵も躊躇せずに洞窟の中に足を踏み入れる。


 ナファネスクも恐る恐るその後に続いた。すると、不意に洞窟の両脇の壁に掛けられていた燭台しょくだいの蠟燭からボッと炎が上がり、奥に向かって次々と燃え上がっていく。


 想定外の事態に一番敏感に反応したのはハクニャだった。ナファネスクの肩から飛び降りた瞬間、毛を逆立てて唸り声を上げる。

「大丈夫。大丈夫だよ、ハクニャ」

 激しく威嚇する焔豹を落ち着かせるために、ナファネスクは身をかがめて何度も優しく撫でてやる。当然だが、少年自身も今の現象に正直驚きを隠せないでいた。


 どれだけなだめてもハクニャの警戒心は解けない。まるで洞窟の奥深くに何かがいるとでも思っているようだ。

「今の蝋燭の仕掛けは、ここに何者かが入ったことを知らせる罠かもしれないな」

「えぇ!? 誰がそんなことを? もしかして、村長さんかも?」

 一瞬身の毛がよだつ感覚に襲われた。ところが、父親はランタンの火を吹き消すと、気にも留めずに奥に進み始めた。


「父さん……」

「ようやくここまでたどり着いたんだ。例え誰かに知られようとも、もはや引き返すわけにはいかない。さぁ、行くぞ」

 父親の声音はとても厳しいものになっていた。後には引けない覚悟のようななものを感じた。


 ナファネスクは生唾を飲み込むと、やむを得ず父親の後ろを着いて行った。

 大きな洞窟の中はまるで何か巨大な生物がくり抜いたような、人間の力では到底成し得ない造りになっていた。

 幾つもの両端の蝋燭の炎で奥深くまで見通すことができた。


 距離はそれほど長くはない。ただ、直進した道の先には半円状のだだっ広い空洞があるのが分かった。


 洞窟の奥まで来ると、父親は急に足を止めた。ナファネスクは危うく父親にぶつかりそうになる。それに並ぶようにハクニャがいた。激しく毛を逆立てながら警戒度は最大にまで達していた。


「そろそろ姿を見せたらどうだ? もう気付いているのだろ?」

 不意に父親は、何もいない半円状の空洞に向かって言葉を投げた。少しの静寂が訪れた。


【人間の分際で、我の深き眠りの邪魔をするか?】

 低く唸るような声が脳に直接響いてきた。すると、広大無辺な空洞を埋め尽くさんばかりに巨大な何かが姿を現した。


 大きな両翼を折りたたみ、燦然さんぜんと輝く黄金の鱗で覆われている。次の瞬間、六本の雄々しい角を生やした顔をゆっくりともたげ、自分たちを恨めしそうにめつける。


「ド、ド、ドラゴンだ!?」

 思わず度肝を抜かれたナファネスクは尻餅をついた。

「そんなに怖がらなくていいぞ、ナファネスク。このドラゴンは実体を持たないから、危害を加えてくる心配はない。獣霊アルマと言って、見える者にしか見えない生き物なんだ」

「獣霊?」

 ナファネスクは恥じらいながら立ち上がり、ズボンをポンポンと叩く。


【我は見世物ではないぞ、人間】

 金色こんじきの巨竜の姿をした獣霊は酷く不機嫌そうに伝えてきた。

「もちろんだ、壊神かいしん竜ゼラムファザード。私たちがここにやって来たのにちゃんとした理由わ け がある。お前にとっても、悪い話ではないはずだ。何故なら、長年探し求めていた存在も の を連れて来たのだからな」

【何だと!?】

 壊神竜は驚きと疑いの入り混じった声を上げた。


 父親はナファネスクの傍に来ると中腰になり、両の手を両肩に乗せてきた。

「ここにいる私の息子こそ、お前の欲する無疆むきょう獣気じゅうきを秘めし者なのだ!」


 全ての生き物が帯びる気を人は獣気と呼ぶ。父親からそう教えられた。無疆とは無限と同じ意味だ。

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