第16話
「仮にさ、ゲームが一生できないって言われたらどうする?」
夕方、学校帰りに夕日を背に受けながら私は香織に質問する。
花江と陽花里は住んでいる地域が違うから通学路の関係上、いつも最後は香織と二人きりになる。そのタイミングを狙って香織に質問を投げかけていた。
香織とは付き合いが長いし、こういう話しにくい話は香織にならしやすい。
「え、何?どうしたの燈火。いきなり変なこと言って何かあった?」
「そういうわけじゃないんだけど。友達?知人?なんかそういう感じの関係の人の話なんだけど。その人小説を書いてるんだけど、その人が小説を書けなくなるぐらいなら自分から死ぬ、みたいなことを言ってて香織はどうかなって」
香織はその話を聞いて納得したようにうなずくと、あごに手を当て考えるようなしぐさをする。
「うーん、どうだろう。私は確かにゲームが好きだけど、ほかにもコスメ集めたり服集めたり、何より友達と一緒にいるのが楽しいし」
私を見て香織は笑う。
「だからやっぱり私は死ぬ、なんてことは考えないと思う」
「そっか」
一般的な香織の回答に、安心したような少し寂しいような複雑な感想を抱く。
香織と私の友達に対して抱く感情が違うと見せつけられたみたいな。
「でも、何かができないぐらいなら死ぬって思えるのは、相当その何かに思いれがあるに違いないんじゃないかな。それだけは確かだと思う」
「やっぱり香織もそう思う?」
「うん、それとうらやましいと思う、かな」
「そうなの?」
「だってさ、それができなければ死んでやるって相当じゃない?そこまで本気になれる何かがあるってそれだけで才能だと思う」
「……才能か」
沙織は実際本を出版するほどの実力者だ。これを才能があるというのだと思う。だから香織のこの発言は的を得ているように思えた。
「逆にさ、燈火にはそういうのはないの?ほら、燈火って読書家とまでいかなくとも結構本好きって言ってたじゃん?」
「うーん、そういうのじゃないかなあ。本を読んでるのは暇つぶしみたいなものだし」
沙織にこの質問を返されたなら現実逃避と答えていたかもしれない。
「私も結局のところゲームは暇つぶしだし、燈火と一緒かも」
「そうだね」
「私たち似た者同士ってことか。うん、なんかうれしい」
「それ好きなことに対して全然本気じゃないって意味になってるし、それってどうなの?」
「そんなことどうでもいいの。私は燈火と同じ感情でいたいの、同じ場所で同じ時間で同じ空間で、私は燈火と一緒にいるのが好き」
香織は友達としてではなく、それ以上の何かを求めるような視線を送ってくる。
そんな視線を避けるようにどこでもないほうを見る。
やんわりと避けるように歩いていると突然香織が立ち止まる。
どうしたのかと振り返ると香織はまっすぐ私を見ていた。
「ねえ燈火……」
「何?」
「あんまり言いたくはないんだけどさ、燈火私たちのこと避けてない?」
「そんなことないよ」
声が引きつらないように慎重に話す。
その言葉は香織に伝えているはずなのに自分の頭の中で反芻される。
「……別に燈火がほかのだれかと一緒にいようとかまわないけど避けるのはやめて」
「だから別に避けてないってば」
「じゃあなんで前までは一緒に帰ってたのにここ最近はほとんど一緒じゃないの?」
「それは家の事情で」
「なんで休日に誘っても断るの?」
「それは家族との用事が最近増えたから」
香織は静かに私を問いただしてくる。
なぜ避けるのか。その一点を問い詰める。
「燈火、最近おかしいよ。話してる時でもぼーっとし———」
追及する香織を静かに抱きしめた。
私と同じ柑橘系の香水の香りが鼻腔をくすぐる。
香織が驚いているのが分かる。動揺が伝わってくる。
自分でも相当まずいなと思う。香織の言う通り最近の私はどこかおかしい。
そんなことを自覚しながらここで一番言うべきセリフを自然と吐く。
「ごめん香織、でも避けてるっていうわけじゃないから。香織ならわかってくれると思う」
「わかるけど、でもっ……そういうのずるい……」
香織はそうつぶやくと、やんわり私を引きはがす。
ばれてしまっただろうか。今のは無理やりすぎたかもしれない、背中に薄ら寒いものを感じる。よくもまあこんなにすらすらとできるものだ、沙織の時にはできないくせに。
「ごめんね香織」
「もう、いいから、もう気にしないから。私もごめん、最近燈火が心配で……やっぱ、少し重かったよね」
「そんなことないよ、大丈夫」
「……ありがとう、やっぱり燈火は優しいね」
そういって香織は笑う。
私も笑みを張り付ける。
「じゃあまた明日。今度は一緒にカラオケ行くからね、ちゃんと予定空けておいてよ」
「わかってるってば」
「ほんとにわかってる?また前日に、やっぱむりーなんてやめてよね」
「わかってるって、ほら、この後塾なんでしょ。前に遅刻してハゲに怒られたーって言ってたじゃん、こんなところで油売ってたらまた遅刻するよ」
「よく覚えてるよね、そういうの……。あーもう、わかった、じゃあ約束したからね絶対忘れないでよね」
「わかったってば」
「なら、うん。じゃあまた明日」
そういうと香織は満足そうに道をまっすぐに歩いていく。その後ろ姿は本当にうれしそうで、恐らくその喜びは私との約束を取り付けたからなのだろう。少し行ってからこっちを見て手を振っている。
そしてその姿が見えなくなったところで私はゆっくりと息を吐く。重いものが体から出ていったような気分だった。
いつからだろうか、今まで当たり前のように保っていた周りの空気や、友達関係が崩れるかもしれない行動をとるようになったのは。
意識的に壊しているつもりはなかったのに、香織に言われて意識せざる終えなくなった。
思い返すと香織に言われた通り、確かに沙織と一緒にいる時間が多くなっている気がする。
友達でも家族でも知人でもない、そんな何かの居心地の良さに影響されて、沙織以外を無意識的に避けているようになったのかもしれない。
苦しい言い訳じみた仮面がはがれ始めている。
進展しているような、でもそのまま進むと自分が壊れていくような、そんな気がして立ち止まる。もともと自分がない人間が、仮面を壊してしまったらその下には何が残るのか。想像して怖くなった。
それをわかっていながら、無意識では友達との関係性、周りに気を使うことで作られた自分の偶像を壊そうとしている。
そしてそれをまた未練じみた気持ちで細々と引き留めている。
明らかに矛盾しているのはわかっている。友達を避けているくせに自分の仮面を守りたいからと引き留める、それが解決につながるわけでもないのに。
ほんと気持ち悪い。
その矛盾した行動から目をそらすように頭を振ると再び歩き始める。このまま考え続けてもいつかつぶれてしまうのが落ちだ。無理やりにでも足を進めたほうがいい。
そう自分に言い聞かせ、通りの角を左へそれる。
しばらくすると当たり前のように自分の住むマンションが見えてきて、夕日の陰になったそれを見上げる。
見上げて、いるわけもないのに、自分の部屋に沙織がいるんじゃないかと想像する。
無性に沙織と会いたい気持ちがわいてくる。沙織に会ったところで何か変わるわけでも優しい言葉をかけてくれるわけでもないのに。
沙織を視線が探している。
私は想像以上にむしばまれているらしい。
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