第13話
「飛び降りのでは、なかった、の?昨日の続きでも、する、つもり?」
「うるさい、大体吹っかけてきたのはそっちでしょ」
「……それもそうね、でもいいの?あなたがする、ということは、こういうことだけれど」
そう言うと沙織も私の首に手を伸ばし気道を止めるように指で押さえつけてくる。
「———っぅ」
息が漏れる。でも慣れているような手つきで痛くはない。
私も沙織の言葉に対して肯定するように力を入れていく。
そのうち沙織の表情が歪む。
苦しそうなのに楽しそうな顔。首を絞められているのにそんな顔ができるなんて気持ち悪い。けど沙織を負かすことができているようで高揚感もあった。
私が絞める力を強めると沙織も強くしてくる。
これで関係を保てる、そう確信が持てた。
でも違う、何かが違う。
このままでいいはずだ。私たちは自殺するだけの、ただそれだけの関係。友達みたいに接していたらいつか本物になってしまうからそれだけの関係でいたい。
だけどこれは何か違う気がする。
この答えの正体はわからないけど、自分の心臓が激しく鼓動しやめろと叫ぶ。自分の中の罪悪感のような嫌悪感のような、自分の好きなものを自分の体裁を保つためだけに壊していくみたいな感覚。
———ああ、だめだ……
私はゆっくりと沙織の首から手を緩める。
自分の首からも温かいものが離れていくのを感じる。
力を抜いた腕をぶらりと下げ沙織の上に力なくへたり込む。
沙織の表情は垂れた前髪でよく見えない、瞳に何を映しているだろうか困惑か失望か何を抱いているだろうか。けどきっと残念な表情でもしてるんだと思う。
「ごめん」
どうしようもできなくて謝罪の言葉を口にする。
「やっぱり私には沙織は殺せない、沙織が昨日言ったとおりだった」
その言葉に沙織は何も返してくれない。
沈黙が痛い。
やっぱり怒ってるのかもしれない、自分から言い出しておいてここまで来たのに沙織からすると面白くないだろう。沙織が楽しめないからって私には関係ないけど、でも沙織に拒絶されるのだけは嫌だ。
どうしようもなく愚かな私は自分が心底嫌になる。
何十秒か何分か少し経った後、沙織は口を開く。
「私も同罪ね」
「え?」
突然の言葉に思わず沙織の顔を見る。
やっと見ることのできた沙織の顔はひどくやつれていた。
「私にもあなたを殺せなかった、さすがに自分の手で人を殺すなんて無理ね」
「沙織でもそんな風に思うんだね……」
思わず本音が出る。
「何?私の事を殺人鬼か何かだとでも思っていたの?」
「そうじゃないけど、自分のためなら人ぐらい殺せる人だと思ってた」
「まあ、いざとなったらやりかねないかもしれないわね」
沙織の言葉にはいつもの毒気がない気がした。
「で、それはそうと重いのだけど」
少しあきれたように、私が乗っているおなかのほうを指さす。
「あ、ごめん、今どく」
「はあ、もう服汚れたじゃない、それに結局昨日と同じじゃないの」
沙織は立ち上がると服の汚れを払い落としながら言う。
沙織を見れない。人の首を絞めて殺そうとしたくせに結局できませんでしたなんて合わせる顔がない。
「ごめん」
下を向いたまま言うと、沙織はもういいからと言って制止する。
しばらくすると観覧車が終点を迎え、私たちは外へと出るとそのまま帰路へと着く。
駅までの道のり、高いビルが立ち並ぶ間を一言もしゃべらず歩く。
終始無言だった沙織が信号待ちで止まっていると、ふと話しかけてくる。
「あなたは友達みたいな関係にしたくないと言っていたわね、それってそんなに大事なことなの?」
「大事なことだよ、少なくとも私にとっては」
「そう」
沙織はそっけなく答えると考えるようなしぐさをする。
「今まで通りの関係ではダメなの?」
「どういうこと?」
「あなたは友達のように深い関係が嫌なのでしょう?でもそもそも私たちはそこまでの仲ではないじゃない。一緒に自殺するだけのただのクラスメイト、そうでしょう?」
「じゃあ何で私の家に遊びに来たり遊びに行ったりして自殺もしないの」
私はすがるように聞く。
「そりゃ……私がしたいからよ」
「そう、だろうけど」
確かに私が友達みたいだと感じていることのほとんどが沙織に半ば強制的に誘われているようなものだ。それなら友達ではないと言えないこともない、だけど。
「でも、自殺しないのは違くない?私が沙織のお願いの後も一緒に居るのは、自分が死ぬのが怖くてそれに慣れるためにいるのであって、友達みたいなことをするなら一緒に居る意味がない、というか友達になろうとするなら一緒に居たくない」
「それで?」
「それでって……ふざけないでよ」
「ふざけるも何も、そもそも私にはあなたと友達ごっこをしているつもりなんてこれっぽっちもないもの、私はあなたと遊んでいるのではなくあなたで遊んでいるだけ。勝手に友達になろうとしていると勘違いしていたのはそっちでしょう?」
「じゃあ自殺しなかったのはどういうつもり!」
声を荒げて叫ぶ。周りの人たちの怪訝な視線が刺さる。
そんな私を見てどうでもよさそうに沙織はあきれたため息を吐くと一言。
「私がしたくなかったから」
「今までと同じ、私はしたいことをする。私が死ぬのにあなたはついてくるだけ、今までだって私は自由にやって来ただけよ。何勝手に勘違いをしているの?」
「……」
唖然とした。
ふざけた発言のようにしか聞こえない。
友達になりたいわけでも仲良くしたいわけでもない。ただ私をからかって遊んでいるだけ。勝手に勘違いして熱くなって勝手に怒っていただけそう言われている。
自殺だってしたいからして、したくないからしない。それが私にとっては嫌だっただけ。
そんなことを聞いたなら普段の私は絶対に怒っていた。だけど今の私には
ああ、ばからしい。
そう思わずにはいられなかった。
私は友達になるのが怖い。
親しくなればなるほど私とその人との距離は離れていく、相手は私じゃない私しか見てはくれない。それが恐ろしく怖くて、沙織までもがそうなってしまうのではないかと怖かった。
けど、沙織に限ってそんなわけがなかった。
思い返してみれば沙織は最初から私と親しくしようなんて考えていなかった。初めから私のことを嫌いと言って、親しくなるどころかその真逆のことを言っていた。
それに沙織に距離なんて関係ない、勝手に心を読んで勝手に私の中に入り込んで、今まで誰にもばれたことのない私の抱えてるものだって簡単に当てて見せた。
私を、仮面の私ではなく、私の知らない私を引きずり出すために。
ああ、沙織なんかのことで自分がなぜここまで熱くなっていたのか。
相手はただの私を嫌っている天邪鬼、私が彼女と親しくなるなんて、友達なんてありえない。
癪だけど今回のことは沙織が正しい。
「……ははっ」
あほらしくて笑ってしまう。
「今笑うところだとは思えないのだけど」
沙織が怪訝そうな顔で私を見る。
「沙織が友達になるなんて考え確かにあほらしいなって」
「それってけなしているの?」
「違うよ、ほめてる。沙織みたいに人にずけずけと失礼なこと言いまくる人初めて見たから、こんな人とは絶対に友達になれないなって」
そんな人に気を使う必要なんてない。
「嫌いだけど今の私には心地いい」
「居心地がいいこと認めるのね」
「うん認める。沙織に気を使うとか最初から間違ってたし、わざわざ隠すのもあほらしいなって。だけどやっぱ自殺しないのはやめてほしい、私が死にたいのは事実だしそれが変わることはない」
天上に広がる空を見上げる。
町の光のせいでほとんど星は見えないけど、ひときわ明るい星だけが暗い夜空で光っている。
暗くて見えない闇の中だとしても、見上げる力はくれる小さな光。
「わかったわ、私としてもそのほうがいいもの。私だってあなたのことは嫌いだし、あなたと友人という関係になるつもりは毛頭ないわ」
「そっか」
いつも通りの言葉を聞いて安心する。嫌いと言われてうれしいのは沙織だけだと思う。
「……ねえこれから時間あるよね?」
「あるけれど何?」
「近くにおすすめのアイスクリーム売ってる店があるんだ、行こっ」
「友達みたいなことが嫌なのではなかったの?」
「これは私の横暴だから、そんなことするのは友達じゃない。沙織がこなければ引きずってでも連れていくから」
沙織は一瞬驚いた顔をして、そのあとすぐに鼻で笑う。
「そう、まあいいわ。素直についていってあげる」
「ありがとうっ」
あきれ顔の沙織に、笑顔で応じる。
「やっぱり私はあなたが嫌いよ。その笑顔、なんだか無性に殴りたくなるもの」
「安心して私も嫌いだから」
「言うわね」
そういって沙織も笑った。
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