第12話

「目的の場所ってこの観覧車?」

 すっかり暗くなった空を見上げて聞く。


 目の前には街中に紛れるように観覧車があった。ビルに沿うように建てられていて、高さはそれほどでもないけどきらきらと光っていてとてもきれい。

「大体そうよ」

「大体って……」

 沙織は相変わらずな発言をする。


 観覧車はビルの中から入れるらしくビルの中に入る。

 乗り場前の券売機で買った二人分のチケットを沙織から受け取ると、係の人に渡し観覧車の中へと入っていく。ここの観覧車は珍しい全面透明な壁でおおわれているタイプで、高所恐怖症の人には辛そうだななんて考える。

 三個後ろのゴンドラの中ではカップルがこわーいなんて言いあいながらいちゃついている。


 視線を戻して対面に座る沙織を見る。

 沙織は手すりに肘を置いて何の感慨も抱いていなさそうな顔をして座っていた。

「外、綺麗だね」

 返事はない。


「もしかしてこの景色見るために今日来たとか?わざわざ夜に来れるように時間調節してくれてたみたいだし」

「そう思う?」

「違うの?」

「さあ……」

 話が続かない。

 いつも通りだけど自殺の前で緊張しているからか沈黙が怖く感じる。


「で、今日はここから飛び降りるの?」

「いつもみたいに濁して言わないのね」

「ほかの人いないからいいでしょ」

「それもそうね」

 それっきり沙織から何も返答がもらえないから、肯定したんだろうと思って、沙織に倣い景色をぼーっと眺める。

 観覧車から見える景色はそれなりにきれいだった。

 町明かりが夜の街をまぶしいぐらいに照らしている。


 透明な床の下を見ればいろんな人が行きかっている。学生服を着た学生や、スーツを身にまとった男性女性、休日ということもあって親子で歩いている人もいる。子供がこちらを指さして乗りたいなんて言っているのか親にたしなめられていた。

 友達なのか女子高生四人組の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 前を見ると長い黒髪の少女が私と同じように……いや、少し違う。私よりも遠くを見つめているような瞳で外の景色を眺めている。

 綺麗な顔立ち、整った眉、ぷくりと膨らんだ唇、ルビーの瞳は眼下のきらきらとした街の光を写している。端的に言えば絵になるきれいな少女がいた。


「ねえ」

 ああ、まずい、顔をじっと見ていたことを怒られる。そう思ったけどその後に続く言葉は違った。

「私今日、あなたに対して友達のように接してみたの」

 自分の心臓がはねた気がした。

 また友達か、そんな言葉沙織の口からききたくない。


「私のような達観しきってるように見える、プライドの高そうな女子高生だったらどんなふうにふるまうのか。ありがとうと言った後に指摘されて顔を赤らめてみたり、ゲームで負けて悔しがってみたり、勝って喜んでみたり。普通の女子高生がするみたいに誰かのために何かをしてみたり」

 私を見る。


「あなたが友達だと思うような行動をしてみたの」

「……」

「どう思った?」

「……めてっ」

「ずいぶん楽しめたわ。燈火さんが私に踊らされてるのも知らないでのんきに楽しそうにしていて」

「……やめて」

「ええ、そうね。ひょっとしたら、あれは本当に楽しかったからあの表情だったのかもしれないわね」

「やめてっ!」


 嘆息する音が聞こえた。

「なぜ?」

「前も言ったじゃんそういうの望んでないって」

「そう」

 そういうと沙織は興味を無くしたように私から視線を外す。


 なんだよ、そういうのやめてよ、何がしたいんだよ。

 私はただ、自分のメリットになりそうだから一緒に居るだけなのにやめてほしい。

「なんで、そういうことするの」

「そう言うことって?」

 わかってるくせに。わざと私に言わせようとしてる。


「だからっ、友達でも何でもないのに友達みたいに接してきたり、自殺するんじゃなくてただ遊びに来たり、今日なんて正直気持ち悪かった。友達になりたいならもう会わない」

「じゃあ、私の質問に答えなさい、なぜ友達ではダメなの?」

 冷たい語気に心臓がつかまれる。


 わかってはいる、虫のいい話なのは。やめてほしいと言っておいてその理由を言わないのはずるいと。でも、答えたくない。なんて言ったらいいかわからないけど、友達が嫌いな自分を認めたくない。


「友達であっても自殺することはできるわよね、なぜ友達になること、ひいては仲良くなることを嫌がるの?」

「答えたくない」

 沙織は逡巡するように目を閉じると鼻で笑う。

「そう、じゃあ」

 身を乗り出して私に近づく、そして


 頬にキスをされた。


 やわらかかった。

 何秒もされたわけでもない、一瞬だった。だけどどうしたらいいかわからず固まる。

 沙織の髪から甘い薔薇の香りがした。近づいていくほどに傷ついていくようなそんな、危険でくらくらするような香り。


「……や、めて」

 声が震える。

 私の言葉を無視して顔を無理やり正面へ向けさせる。

 いつの日かと同じように、唇に触れられた。

 ほとんど無の表情なのにやけに怖い顔が目の前にある。白い肌、綺麗な指、吸い込まれそうな深紅の瞳。


 汗が背中をつーっと伝っていく。

 唾をのむ音が聞こえた気がした。

 やけに静かで視界が嫌に鮮明だった。


 ああ、気持ちが悪い。


 大きな音がした。

 気づけば私は沙織を押し倒していた。

 倒れた沙織の口から息が漏れる。一瞬痛そうに顔をゆがめた後、薄笑いを浮かべる。

 ゆらゆらとゴンドラが揺れている。


 昨日と同じようにゆっくりと沙織の首に手を伸ばす。

 夜になって少し冷えた指の温度が、沙織の首の温度で温められていく、沙織に浸食されていくみたいに。

 意外に昨日よりも落ち着いている、思考もできる。でも昨日より心臓が早く脈打つ。

 手の中を走る沙織の血液が私と同じように早く脈打っているような気がした。沙織でもこういうことをされれば緊張もするんだと、今はどうでもいいことを考える。


「燈火さんが友達を嫌う理由、当ててもいい?」

 緊張してるくせに、全く変わらぬ冷静な表情でつぶやくように言う。

 わかってるんだよ、そっちだって動揺してること。


「寂しいから?」

「違う」

「怖いから?」

「違う!」

「私といるときは安心したんでしょう、友達でもない知人以上の微妙な関係に。自分の死にたいという気持ちを言わないで共有できる人はさぞ居心地がよかったでしょうね」

「……っ、なんで、わかるの」

 同じ言葉を言えなかった。

 わかっているくせに思わず聞いてしまった。


「行動、趣向、言動、にじみ出る感情、環境、そこから推察するにあなたは『本当の自分が分からず生きている』そこまでわかればあなたがなぜ友人になることを、人と親しくなることを忌避するのかぐらいはわかるわよ」

 自分の命が握られている状態なのに沙織は笑った。


「親しくなればなるほど怖くなる、本来の自分を知られてしまうのではないかそんな恐怖と、でも本来のあなたなんて存在しないから、相手と自分との間にある感覚の違いに苦しむ」

「意味わかんないし」

「わからないはずないわ、だってあなた自身のことなんだもの」

「っ……」

「それで、私を殺すの?殺さないの?」

「そういうのじゃないし」

 自分がしようとしていることについて認めるのが嫌で逃げるような言葉を口にする。


「殺しよ。あなたに手をかけられている華奢な首、運動なんてほとんどしないから細くて簡単に折れてしまいそうな白い首。あなたが力を入れればすぐにでも私の顔が苦しみに歪んでやがて死ぬ。だからそれは紛れもなく殺人よ」

 あなたが否定したくても、受け入れがたくてもそれが真実、そう付け加える。


「でも、死に戻りするから関係ない」

「そう、関係ない。なかったことになるのだから犯罪でも何でもない。けれど私が殺されるときは一緒なのだからあなたの中に殺した事実は残る、それがあれば私にとっては十分すぎるほどの収穫ね」

 相も変わらず沙織の言葉は私の心臓を逆なでする。自分の中の自分じゃない何かを優しくえぐりだしていくような。


 寒いはずなのに額からにじみ出た汗が私の鼻筋を伝い沙織の鼻に落ちる。

 このまま首を絞めれば沙織の思い通りになるのだと思う、それはある意味沙織の言葉を肯定する行為で……だけどそれはある意味私の答えの証明で、自分の友達になりたいわけじゃないというのを行動で示すことになる。

 だから別に問題ない。何も問題なんてない。


 息を吸う、うるさい心臓を落ち着かせるように。

 ゆっくりと指に力を入れていく、優しく壊れ物を扱うように。

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