第10話

「さすがにさ、二本連続で同じ映画はなくない?」

「別にあなたが一緒に見る必要はなかったのだけど」

「沙織はそうかもだけど普通の人は一緒に来てる人と違うことをするなんてことしないって」

「知ってるわよそれぐらいは。その上で来ると思ったから続けて見たの」

 目の前にたたずむ美少女は本に視線を預けたままコーヒーを一口飲み、音を鳴らすことなくきれいな所作で静かにカップを置くとページをパラっとめくる。


 こんな理不尽を前にしても、私にはこの沙織を負かす能力もなく、知恵でも負けるのは分かり切っているので、おとなしく沙織をにらみながら自分のメロンソーダに口をつける。飲みながら少し沙織が笑っている気がしたけど知らないふりをする。


 飲みながら特徴的な店内を見渡す。

 ここは高低差が大きく、店の中に入って来た時の階段も一段一段がとても高かった。それに店も狭くておそらく狭い室内の限りあるスペースをうまく使うためだと思う。狭い土地を有効に活用した都会らしい店だと思った。


 それは置いてそれよりも目に付くものがあった、それは給仕している人の格好だった。店内では大正ロマン風の給仕服を着た若い女性がせわしなく働いているのだ。今日は休日ということもあって人が多いというのもあるのだろうけど、店内が少し狭いということもあって少し動きにくそうだった。


「あれはねマスターの趣味よ。ほんとうは本格コーヒーを扱う大正ロマンメイド喫茶をやりたかったらしいわよ」

「え……」

「わかるわ、確かにあの睨みつけたら人を殺せそうなマスターが、だものね。私も最初聞いたときは悪寒がしたわ」


 話の中でマスターを堂々とディスりながら(多分後ろにいるから聞こえてる)ほんとうに嫌そうにして顔をしかめている。だけど沙織の性格からしてこの店に来ているということは嫌っているというわけではないだろうし、多分マスターとはそれなりに仲がいいか、コーヒーがおいしいのだろう。沙織の後ろのマスターが顔色一つ変えないのが何よりの証拠だ。

 というかナチュラルに思考読むのやめてほしい。


「人の趣味なんだし別にそこまで言わなくてもいいと思うんだけど」

「あなたも驚いた顔をしていたじゃない」

「それは……」

「実際気持ちが悪いじゃない、あんなこわもてがメイド喫茶って」

 うーん、なんか後ろのマスターの顔色がおかしい気がする。


「あー、そういえば沙織はなんであの映画二回見たの?」

「わざとらしく話題変えたわね」

 沙織がいぶかしむように私のほうを見てくるけど、後ろのマスターの眼光が怖い、と正直に言おうものならマスターが拭いているコップが沙織を殺してしまいそうなので会話を続行する。


「いいからいいから」

「はぁ、でも理由なんて私が好きだっただけという単純なものよ」

「え?割とあのB級映画を三時間ぶっ通しで見るのはきつかったんだけど……」


 閉じられた本からボンッときれいに音が鳴る。

 あっちも地雷ならこっちも地雷で、踏んだと思ったときには時すでに遅く、こちらをに向ける静かな視線が私の瞳に刺さる。


「節穴ね」

「節穴って……」

「節穴は節穴よ、あの映画のクソ加減がいいじゃない。中学生が考えたのかと頭が痛くなるようなテンプレ展開に回収されない伏線。そもそも伏線なのかどうかすらわからない伏線に、今までまったくしゃべらず半ば空気状態から、唐突にしゃべりだし主人公たちに見送られながらさも感動的に死ぬわき役。そしていい感じに仕上げるための突然の感動演出。いつも文章のネタ探しに迷走している人間にとっては、あれぐらいのB級映画のほうが何も考えず観れていいのよ」


 表情一つ変えずに語気もほとんど変わっていないのに、語る沙織からはなぜだか凄みがあふれだしていた、というか途中から今日見た映画のこと以外のことも言っていた気がする。


 小説を書く人にしかわからない特有の悩みがあるということなんだろう。まあ、それはそうだとしても、悩みがわかるわけない人間に向かって節穴は理不尽だと思う。

 締めにこれだから素人はと、煽りの言葉も忘れない。


 語り終えて喉が渇いたのか水を一口飲む。

「意外だった?」

「何の話?」

「小説を書いていることよ」


 突然の振りに一瞬の逡巡を経て素直な感想を言う。

「……別に意外ではなかった、と思う」

「含みのある言い方ね」

「なんていうか、沙織が何してるかって考えたことなかったし、知った後だと知る前がどう思っていたのかあんまり記憶がないみたいな」

 それに意外というよりも驚きの方が大きかった。


「そういうことね、それならなんとなくはわかるわ。確かに自分が変わったしまったあとはその前のことなんてそうそう思い出せないものよね」


 するとそこへ、さっき話していたメイド喫茶の残り香を身に纏った若い女性が、さっき頼んだアイスクリームを持ってくる。私はチョコで沙織はバニラ、二人とも真逆の味。


 スプーンを持つとひんやりしていて、アイスが溶けにくくする配慮なのだろう、冷蔵庫に置いておいたのかもしれない。もちろんアイスの入っているガラスの器もひんやりとしていた。


 それにアイスと一緒に添えられているミントと白玉、トッポのようなお菓子。見た目はとてもいいけど値段の割にこじんまりしているなーなんてかんがえていると、アイスを口に入れた瞬間そんなことはどうでも良くなった。


 配慮だけではなく味も素晴らしかった。口の中で静かに溶けていくアイス。だけどただ単に乳脂肪分が多いということではないようで、食べた後の口の中もさっぱりとしている。とにかく言葉に表現しようもないほどに美味しかった。


「おいしい……なにこれめちゃくちゃおいしいんだけど」

 先に食べ始めていた沙織がなぜか得意げに笑う。その後ろでマスターも笑っている。


「でしょう、ここのアイスは絶品なのよ。隠し味にここのコーヒーを入れているらしくて、口の中でベタつくことなくアイスが溶けていくのが癖になるの。無理にでも食べた甲斐があったでしょう?」

「確かに」

 不服だけど認めざるおえない。


 実は最初、私はメロンソーダだけを頼もうと思っていたのに、沙織が命令と言ってこのお高いアイス(700円)を食べろと言ってきた。それも食べないと今日は自殺しないというので、私には選択の余地はなくアイスの方を注文した。それにそこまで言われると多少は興味もでてくる。

 それで案の定おいしいのだからまんまと策にはまったわけだ。


「どうしても名古屋まで来たかった理由ってこれだったりする?」

「これも含むわね。けど本命はこのあと」

 そういってスマホで時間を確認する。

 スマホケースはシンプルな黒で沙織らしいななんてふと思う。


「まだ時間があるから少し時間を潰したいわね。……燈火さんここら辺でどこか時間が潰せる場所はあるかしら?」

「いいけど、私の要望を聞くなんて沙織にしては珍しいね」

「そうかしら?」

 沙織はとぼけるようにいう。


 沙織の反応は気に食わないけど、とりあえず初めて沙織に要望を聞かれたわけだし、沙織の行ったことのなさそうな場所を考えてみる。

 聞いた話だけど沙織はどこかの名家のお嬢様らしい。実際一緒にいて所作も言葉遣いも綺麗だし、多分その噂もあながち間違いではないように思える。


 それと沙織が誰かと一緒にいるのを見たことない、基本的には一人で、体育なんかの二人組を作らなきゃいけない時に一緒に居る人はいる程度だった気がする。


 そんなようなことを総合して……

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