友達になりたいわけじゃない

第6話

「芹沢、少し手伝ってもらえるか 」


 帰りのホームルームが終わり、友達とだべりながら帰りの準備をしていたところで声がかかる。見ればクラス担任の先生が、教卓の上にあるノートを叩いていた。


「あ、はい今行きます。ごめん、ちょっと行ってくる」

「いいよいいよ行ってこい」

「委員長は大変ね」

「ほいほ~い」

「ありがとっ」

 今まで話していた友人達に謝ると快く送り出してくれる。それに感謝しながら教卓の前へと向かう。


「すまんな芹沢」

「いえいえ、学級委員ですからこれくらい当然ですよ」

 私は定型文と笑顔で答える。

「そうか、じゃあ先生はほかの仕事があるからよろしくな」

 担任はそういうと足早に教室を後にする。


 担任が見えなくなってから軽く息を吐く。

 本来このノートを運ぶのは私の仕事ではない、確か係の子が数名いたはずだ。けど、担任が新任というのもあって生徒と信頼関係が築けていない。そうしたこともあった決められた仕事をこなさない子たちが出てきてしまっている。そのしわ寄せがこうした形で私にいつも来る。

 本当だったら私が注意すべきなんだと思う。けど私にはそれはできないそれをするべきではないから。


 頼んだ方の先生はというと、感謝を伝えるとどこかへ行ってしまった。

 あの先生は新任ということもあって忙しいらしけど、生徒たちとの信頼関係が築けていない。そのせいもあって生徒になめられていて、こうして規律を守らない生徒が出てくる。


 それのしりぬぐいみたいなものを今私がしているわけで、ため息をつきたくなる。そろそろ何か対策を考えないといけないかもしれない。

 そんなことを考えながらノートをまとめると、手を振る友達に笑いかけて教室を後にする。


 運んでいる途中、渡り廊下の窓から沙織が校門を出ていくところが見えた。

 いつも通り沙織は一人で帰っていた。


 沙織とはあれからも何回か一緒に自殺をした。

 私が死ぬことになれるためという理由でその後も一緒にとできないかと頼むと、ついて来る形でならいいと意外にも許可をもらえて一緒に自殺している。沙織はいつも一人で、誰かと一緒に居るのが嫌なのかと思っていたからその時は意外だった。


 その代わりと言っていいのかはわからないけど、沙織は私に何をしたいかとか、どこで自殺したいかとかは聞いてこない。

 自殺する方法は同じだけど、カフェに行ったり行かなかったり本屋に行ったり行かなかったり、その他も自殺に関すること以外は場所も手順も、沙織が気分で変えているようだった。


 私はついてきているだけだからそれはもちろん当たり前のことだけど、連れがいるのに何も相談もせず行く場所を決めるのは、相変わらず沙織は沙織なんだなと認識させられた。

 そんな風にここ一か月のことを思い返していると、ノートの提出時間が迫っていることを思い出して職員室へと急ぐ。


 職員室にいる国語科の教科担任の先生にノートを届けると、あなたのクラスの生徒と先生どうにかならないのと愚痴をこぼされた。

 その影響を私も今、あなたの愚痴を聞かされることで受けているんですよあはは……、とは言えるわけもなく苦笑いで応じた。


 ノートを届け、再び教室に戻ってくると友人たちに迎えられる。

「おかえり~燈火あ~」

 花江がいつもののほほんとした口調でいう。

「うん、みんなごめんね遅くなっちゃって」

「もう燈火ってばあんなおっさんの言うことなんて無視すればいいのに」

 幼馴染の香織が心配そうに言う。

「織ちゃん、それが燈火の魅力じゃないの?」

 陽花里が香織をなだめる。


「確かにそうだけどさあ」

「ごめんね香織、今度埋め合わせするから許して、ね?」

「別に燈火が悪いわけじゃあ……」

「そうだよね~香織は燈火に謝ってほしいんじゃなくてもうちょっと自分を気遣ってほしいってことだよね~」

「織ちゃんってほんと燈火の事好きだよね」

「ッ、そういうのじゃないから」

 陽花里にほっぺたをつつかれながら香織は顔を赤くする。

 香織の様子に私たちの中に笑いがこぼれる。それを見て香織はさらに顔を赤くしていた。


「もうバカなこと言ってないで帰るよ」

「はいはい香織お嬢様」

 カバンを持って教室を出ていく香織を陽花里は茶化しながらついていく。私も彼女たちの後を追うように教室から出る。


 私たちはだべりながら廊下を歩いていく。

 下駄箱について靴を履き替えその間も仲よく笑いながら話す。私以外のみんな、この時間がいつまでも続いて欲しそうに、ゆっくりゆっくりこの時間が大切と言うように。


「今日このあとどこか行かない?」

「えー、またゲーセン?織、強すぎてつまらないんだよ、まともにやりあえるの燈火ぐらいだし」

 靴を履き替えながら、香織のまだ今日を終えたくないというような提案に、陽光里がちょっとした不満を口にする。


「いやいや~あれは香織ちゃんの燈火ちゃんへの愛の手加減だと私はみたね~」

「そ、そんなことない、ただ単純に燈火が強いだけで私は手加減なんて……」

「織はこう言ってるけど燈火、実際のところはどうなの?」

「え?あーうん、どうだろう。手加減してるような気もするししてない気もする?」

「なんで疑問形って思ったけど、そういえば織以外私たち全員ゲームなんてやらないから、手加減してるのかどうかすら判断つかないじゃん」

「だから、私が燈火を贔屓しているわけじゃないって。それに今日はゲームじゃなくてパフェを食べに行こうと思ったの。ほら、この前陽光里が駅の方に新しいパフェが美味しい店ができたって言ってたじゃん?そこに行こうと思って」


 香織が言うと陽光里がそういえばと思い出したように香織をみる。

「ん~いねえ~私も行きたいな~って思ってたところだよ~」

「ね、いいアイディアだと思わない?」

「まあそれなら」

 友人たちの楽しそうにしている後ろ姿を見ながら少し後ろを歩いていた私は、そのまぶしい姿にそっと目を伏せる。


 私はいまだに自分のことを彼女たちに話せていない。

 自分が死のうとしていることを話せていない。

 きっと話せば彼女たちは親身になって相談に乗ってくれると思う。本当に心配してくれ、一緒になって考えてくれるはず。だけどだからこそ私は話したくない。

 なぜなら彼女たちが親身になって聞いてくれるのは仮面をつけた私に対してだからだ。


 今まで私は自分を隠して生きてきた。

 周りの人のやってほしいこと、好きなこと考え、そういうのが大体わかってしまうから、周りに好かれるように行動する。母親や周りの大人にもその優しさに対し偉いといわれて幼いころからそれが正しいと、当たり前だと思って生きてきた。


 そのせいで自分を抑えるばかりか、いつの間にか自分ですら自分が分からなくなってしまっていた。

 偽りの自分で固め、他人に好かれるように仮面をかぶる。友人や家族にすら自分を見せることができない。それが私、芹沢燈火の人生だった。


 友人たちに死にたいことを伝えても心配してくれるのは偽りの自分に対して。彼女たちが悪いわけではないけど、きっと誰もその言葉が内包している私にもわからなくなってしまった本当の私をさらけ出してはくれない。だから素直に伝えるのがとても怖い。


 ——うまく隠せていると思う。

 今まで誰にもこのことを指摘されたことはないし、私も隠すのが上手いと自負してる。

 だから沙織にそのことを指摘された時は少し驚いた。『偽善者さん』と。

 ただの嫌がらせだろうけど、多分ほとんどばれてしまっているように思える。それでも私が素直に口にした言葉に沙織は追求したり詮索したりはしなかった。それは今でも変わっていない、何かを抱えているとわかりつつも深くは入らないそんな友人とは違う何かが今の私には心地よかった。


「……でさ、ほんとにかわいくて……あれ燈火は?あ、燈火ー早くしないと置いてくよー!」

 手を振る陽花里が私を呼ぶ声が聞こえる。

 考え事をしている間にだいぶ距離が離れてしまっていたみたいだった。


 私は手を振り返すと仮面のうえから友達と話すときの仮面をかぶる。いつもの私、これからもずっと変わることのない私。

 髪を翻しながら小走りで友人のもとへと走る。


 その最中、ブッブッとケータイのバイブレーションがカバンの中でなっていた。

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