第3話

 私は登坂さんについて思い返していた。


 登坂さんといえば暇さえあればいつも本を読んでいて、失礼だけどあまり友達も多そうには見えないというのが私の印象だった。これといった接点もなかったように思える。

 一応私だけが意識しているであろう、私から常に学年一位を奪い続けているというのはあるけど、それもあまり接点とは言い難い。


 一体登坂さんは何が理由で私に話しかけてきたんだろうか、もし仮に本当に自殺をしていたかどうかを聞いてきただけなのだとしたら少し変わっている。それにそのあと目の前で見せつけるように電車に飛び込んだのだって困惑しっぱなしだった。

 登坂さんはイライラしたからなんて言っていたけどそれも理由として成り立っているとは私には思えない。


 そんな登坂さんはというと私のことなど気にしていない様子で一人本を読んでいた。今まで登坂さんへの印象ははたから見たものしかなかったけど、こんなに自由な人だとは思わなかった。芯のある人とは思っていたけれど、もしかすると他人を全く意識していないだけなのかもしれない。


 そんなことを考えていると視線が登坂さんのほうへと向いているのに気が付いた。登坂さんは自然と目を引く。鼻筋の通った顔にリップできれいにコーティングされたみずみずしい唇、長い黒髪に白い肌はまさに清楚を形どっているといってもいいだろう。


 その中でもひときわ目を引いたのはルビーのような深い赤色をした瞳だった。思わず吸い込まれそうになるそれは、前からきれいだとは思っていたけどはたから眺めるのと近くで見るのではやっぱり違う。

 友達が噂していた何人もの男子に告白され、撃墜したという話もこうしてみると信憑性が沸く。


 そんな絵になる登坂さんを眺めながらアイスコーヒーに手を伸ばす、一口飲むと苦みが広がり思わず顔をしかめる。

 現実に引き戻されたような気分になった。

「にがい……」


 目の前の登坂さんがブラックのまま飲むもんだから、大人ぶって私もそのままのもうとしてこのざまだ。これなら最初からガムシロとミルクをマシマシにしておくんだったと後悔する。

 それでも途中で入れるのはさすがに恥ずかしく、そのままちびちびと苦いコーヒを口にする。それに値段もなかなかだ。

「520円……」

「お待たせしました、パンケーキになります」

「どうも」


 メニュー表を凝視していると甘いにおいを漂わせてパンケーキが運ばれてくる。

 パンケーキが登坂さんの前に置かれると、本を置き静かに食べ始める。

 綺麗な所作で流れるように口へと運んでいく。きれいな人が食べるパンケーキはさらにおいしそうに見えて……正直食べたい。


「食べたいの?」

 私の視線に気づいたのか登坂さんの赤い瞳が私を見ていた。

 首を縦に振る。

「そう」

 それだけ言って登坂さんはくれるわけでもなくパンケーキを食べ進める。

「え……聞いただけ?」

「?そうよ、だってこのパンケーキは私のなんだから。あなたも注文すればいいじゃない」

「それはごもっともです……」

「わかっているのならなぜ食べないの?」

「お金がなくて……」


 そう、お金が無いのだ。

 今日こそは死ぬと覚悟して臨んだ結果、後悔の無いようお金をほとんど全部使い果たし、今財布には千円札一枚しかない。


 それでもさすがに店に来て何も頼まないというのはどうかと思い、コーヒーを頼んだわけだけど、苦いわ高いわで大変後悔している。こんなことを考えるのは今更おかしな話だとは思うけど、あの時お金を使わなければと思うほどに。

 そんなこと登坂さんには絶対言えないけど。


「仕方ないわね」

 そう言って登坂さんは最後の一切れになったパンケーキをフォークで刺して私の口元までもってくる。私はそれにめがけて身を乗り出し……

「コッ」

 歯が当たる音を響かせて空気を食べた。


 前をみれば登坂さんの口にパンケーキが消えていくところだった。

「……ひどくない?」

「別にあげるとは一言も言ってないわ」

「じゃあ今の何」

「においをかがせてあげたの。あなたのそのあほ面、少しは楽しめたわ」

「登坂さんってもしかしなくとも私のこと嫌いだよね」

「だったら何?」

 目を細めて私を見る。


 ほんとうに嫌われてるんだと直感的に思った。

 私の知る限り登坂さんは人を馬鹿にするような人ではないはず。

 それに悪びれることもなく目の前に私がいるのにコーヒーを片手に本を読み進める。まるで私がいないかの対応だった。


「私、何かした?した覚えはないんだけど」

 ここまでされると、さすがの私でも一言二言言いたくなる。

「何かされたわけではない、ただ私はあなたと相性が悪いだけ。だから嫌われるのは仕方ないわよ」

「それだけで」

「それだけって何よ」

「だって相性が悪いからなんて理由で嫌いって。それに私たちそんなに話してないし相性悪いって言うのも早すぎない」

「そうね、あなたみたいに誰にでも愛想振りまいてる人間にはわからないかもしれないわね」


 チクリと何かが刺さった感じがした。

 登坂さんはなんとも思っていない様子で本を読み続けている。

 私からしてみたらあり得ないことだらけだった。友人関係……というわけではないけどクラスメイトに向かって嫌いだとか、そんなことをすれば噂でも流されて確実にクラスでのけ者にされる。けれど登坂さんにとってはそんなことどうでもいい事なのかもしれない。


 そんな理解できないことをする今の登坂さんは、隠された内面を見ているようだった。クラスで見る彼女とは違う、失礼でぶしつけな端的に言ってしまえば性格の悪い姿。

 他人の心の隙間に入って、触られたくないようなところを的確に触ってくるような不快感を感じる彼女の言葉の数々。

『私だってやりたくてそうしているわけじゃない』そんな言葉を飲み込む。


「それよりも私の言葉覚えているわよね?」

「一緒に死んでくれってやつ?」

「そう」

「その前に登坂さんも説明して、それが条件でしょ」

「……そうだったわね」

 登坂さんは忘れていた嫌なことを思い出したかのようにため息を吐く。


「やっぱり話したくない理由があるの? なら無理にとは言わないけど」

「理由はないわただ面倒くさいだけ。でも約束したからには説明はするわ。……そうね、まず死に戻りについて。これに関しては原理も理由も私にはよくわかってないの。いつだったか、そうね三年くらい前、飛び降り自殺したことがあるのだけど、その時に自分が死ぬと少し前に戻ることが分かった。けれど今回みたいに誰かと一緒に死んで、その人も死に戻りするなんて経験は初めてよ」


「結構衝撃的な話だけど……とりあえず話は大体わかった、それで私が死に戻りした理由は?」

「おそらく私との身体的接触によるもの……だと思う」

「登坂さんもわかんないのか……え? ちょっと待って。てことは私も一緒に死に戻りした理由不確かなのに一緒に死んでほしいってこと?」

「そうなるわね」

「……」

「……まあ大丈夫よ、万が一あなたが死に戻りできなくとも、私が死に戻って自殺をやめればいいだけの話だから」


 それは大丈夫と言えるのだろうか。その死んだ私はいなくなるわけで、そうなると登坂さんが死に戻りした先の私は死に戻り前の私と同じなのか。そこらへんの当事者の気持ちまで考えが及んでいないような気もする。


「死に戻りした先の私って私だって言えるの?」

「言えるわよ。フィクションみたいに世界線が分岐するなんていうことは無いと科学的に証明されているのだし」


 当たり前のように言う。まるで気持ちなんてどうでもいい気持ちなんて考慮するものでもないと言いたげだった。

 理屈じゃない、理屈じゃないんだよ。気持ちの問題で……と言っても彼女にはおそらく伝わらないのだろう。顔を見るに本気で考えなくてもいいと思っているらしい。ため息をつきたくなる。


「じゃあさ、最後に一つ聞かせてよ。なんで私と死にたいの?」

「資料実験……のようなものよ、まあそこはあまり詮索しないで頂戴」

「……わかった、いいよ。一緒に死んであげる」

「意外ね、あなたなら断ると思っていたわ」

「私にも色々あるんだよ」

「そう、まあ詮索はしないわ。じゃあまた連絡するから」


 その言葉を告げるなり興味を無くしたように私から視線を外すと、伝票を取りマスターに声をかける。そのままさっさと会計を済ませると、カランカランとベルを鳴らして出て行ってしまった。


 やっぱり嫌われてる、淡白な対応にそう思ってしまう。

 それならなぜわざわざ私に一緒に死のうと言って来たのか。そんなに嫌いなら私じゃなくてもいいのではと思う。


「一緒に学校行こうと思ったのに……」

 そう口に出した後で思う。

 明らかに嫌われている相手となぜ仲良くしようとしているのだろう。次に一回は会うだろうけどそれ以外は何ら付き合う必要性の無い人だ。確かに思うところのある人ではあるけど固執する理由もない。嫌われるのだって理由があれでは納得だってできない。

 こんなつじつまの合わないことをするなんてこれじゃあさっきの登坂さんみたいだ。


 いつもの癖か。ここまで誰かの機嫌を取ろうとするのが自然に出るまでになってくると、さすがに自分でもあきれてくる。

「学校行こ……」

 カバンを手にマスターに声をかける。支払いを済ませようとすると前の連れが支払ったという。


 天邪鬼な人だ。

 初めて会話をした登坂さんにそんな感想を抱いた。

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