書物庫っていうのは叩かなくてもホコリが出る
セバスに手を引かれてしばらく歩くと、屋敷の広い事広い事。
こんなところに住んでれば、10歳で調子にも乗るかもしれない。俺は乗らないけどね、さすがに前世での庶民根性は雑草並みだ。
「到着いたしました。」
「ここか……え、ここ?」
「何かお困りですか?」
こんな仰々しい扉、書物庫に付けるなよ!なんだこの髑髏とか剣とか動物の彫刻とか怖いわ!
魔法と剣の家系じゃないのかよ、杖も彫られてるけど完全に霞んでるじゃねぇか。
「いや、さっさと入ろう。」
セバスが重い扉を開けてくれた。
そこに広がっていたのは、むせ返るような埃の巣窟だった。
「セバス。」
「なんでしょう?」
「ここって書物庫だよね?燃料向けの古紙集めてあるとかじゃないよね?」
「紛れもない、書物庫でございます。旦那様もソルジャー坊ちゃまもこちらにはお越しになりませんから。」
開かずの間ってやつね。そして今の名前で分かったよ、俺の兄は剣の素質ありってやつだ。
名前安直だな……俺の父は脳筋なんだな。
「お入りになりませんか?」
「そうだね、とりあえず一通り回ることにするよ。」
書物庫には一歩入った時点でほこりが舞い上がった。
俺が咳き込むと、セバスがすぐにハンカチを渡してくれた。
口に当てるには匂いがきついけど、この世界に石鹸がないなら井戸水の匂いがついても仕方ない。
渋々ハンカチで鼻と口を軽く押えながら書物庫の奥まで進んでいくと、乱雑に積み重なっている中に1つが目についた。その本は他と変わらずボロボロになっているものの、埃の被り方が少し薄く感じた。
「セバス、その本は?」
「このあたりだと、100年以上前の本が並んでいると思われます。」
「そんなに前のものもあるの?」
「書物は代々受け継がれた財産ですから。」
「そっか。」
俺は気になった本を手に取ってほこりを払うと、紐で十字に縛られていた。
紐だけ新しいのも不思議だな。これじゃまるで……。
「この本だけ最近まで誰かが触ってたみたいだ。」
「なんと!しかしここを出入りする人物はほとんどおりません。」
「ほとんど?」
「……はい。」
「僕のほかに誰かがここを出入りしてるってこと?……この状態って事は使用人じゃないよな。」
思わず尋ねると、セバスは視線を逸らした。
俺は、手に取った本の紐を解いた。
てっきりきつく止められてると思ったのに、堅結びにすらされてないなんて。
どうせ読めないとは思いつつ、この世界の本に対する興味はあった。
意外と本を読む知識はチートかもしれないし。
適当にページを開いたその時だった。
「これって!!」
「坊ちゃま!どうされましたか?」
「俺……僕、これ知ってる。」
「読めるのですか?!」
「読めるというか、分かるんだ。」
それは正に、俺が学んでいたPCスキル『Excel』だった。
「坊ちゃま、1つよろしいでしょうか?」
「うん、何?」
「この本は100年以上前のものとお伝えしましたよね?」
「そうだね。」
「こちらはその中でもさらに古い、300年前の古代魔法を綴った唯一のものと言われています。」
「古代魔法?」
「つまり、今はだれも読み解くことができないが故にここに追いやられていたものという事です。」
「……ん?ということは?」
説明の仕方にちょっと嫌な予感がするんだけど。
その時、セバスが僕の足元に傅いた。
「ちょ、セバス?!何してんの?!」
「ユーロス様。あなたは私の希望です。」
「え、状況が分かんないんだけど。」
「古代魔法を読むことができる者はいます。しかし、それを読み解くこと、意味を理解することは今や誰もできないのです。」
セバスは俺の顔を見上げた。
「あなたは魔法の素質がありません。」
「うん、知ってるよ。」
「しかし、魔力がないわけではありません。」
「そんなキラキラした目で訴えられても……。僕が希望通りに何かができるとは限らないよ。」
俺はまだ本を手に持ったままページをめくった。
そこには、何か紙が一度折り畳まれて挟まっていた。
これも新しい紙だ。やっぱり誰かがこの本を読んでる。
「坊ちゃま、お気づきになりませんか?」
「何が?」
「あなたの目の方がずっとキラキラ輝いていらっしゃいます。」
分かってるよそのくらい。勉強してきたことがこんな形で使えるかもしれないんだ。
ワクワクしないわけがない。
「セバス。僕は結構怖がりなんだよ、鼻っ柱を折られた後にもう一度生やすなんてさ。」
「それでも、これはあなたが掴んだワンチャンです!」
「ッ!!」
セバスは俺がさっき使った言葉を投げつけてきた。
「セバスって、イジワルって言われない?」
「おや、昔の坊ちゃまも同じことを仰っておられました。」
「やっぱりね。セバスはイジワルだよ、僕の背中を無理やり押すんだから。」
「坊ちゃま!それでは!」
「セバス、僕に力を貸してくれるか?」
セバスは俺の顔を見て嬉しそうにほほ笑んだ。
「早速、1つ聞きたいんだけど。」
「なんなりと。」
「このメモを挟んだ人がだれか分かる?」
俺が先ほどのメモを手渡すと、セバスは複雑そうに眉間にしわを寄せた。
「セバス?」
「この字は……よりにもよってあの方の。」
セバスはこめかみを押さえて息を吐いた。
「怖い人?」
「い、いえ、どちらかというと……厄介な人です。」
「会えるかな。」
「旦那様を通すことになりますが、確実に連絡は付くと思います。」
父親か……嫌だな……絶対そこで躓くじゃん。
俺はもう一度、本に視線を落とした。
「話してみるだけの価値はあるかと。」
「あの人が古代魔法の事、信じると思う?」
「私の口からは何も。」
ダメじゃねぇか!!そもそも一ヶ月で子供を追い払おうって父親に何を話せっていうんだ。
「ダメだったら一緒に夜逃げして。」
「決断が早いですね。」
「だって、これが通らないって事は僕が出来損ないから異端児に代わるって事でしょ?あの脳筋親子なら殺そうとしてくるに決まってるし。」
「ノーキンとは?」(エルヴィン)
「脳みそが入ってるはずのところが筋肉で一杯になってて使い物にならないやつの事だよ。」
「坊ちゃま!!」
……ん?前にいるはずのセバスの声が後ろから聞こえる。
俺が顔を上げると、そこには記憶の中で一番恐ろしい顔が俺を見下ろしていた。
「ち、父上。」
今の聞かれてたのか?!
最悪だ、今度こそ首をはねられる。
逃げようにも足が震えて動けない。
「ほぉ、お前があの出来損ないか。」
しかし振ってきた声は、俺の知っている声より少しトーンが高く、鼻にかかっていた。
「へ?」
「坊ちゃま、そちらが……。」
「よぉ、坊主。見ない間に口が達者になったな。聞いた話では臥せってるはずだが。」
この人は俺の、ユーロスの記憶にいないぞ!
「は、初めまして……?」
「おいおい、忘れてやがるかこいつ。」
男が俺の頭をガシガシと撫でる。
「坊ちゃま、こちらはエルヴィン・シード様。旦那様の兄君に当たる方です。」
俺は慌てて床に片膝をついた。
「ご、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ユーロス・シードと申します。」
「知ってるさ、弟の家の次男坊だろ。赤ん坊の時以来だな。」
赤ん坊の時って……覚えてるわけねぇだろうが!!
「聞こえたぞ、あいつ等は脳筋か。」
「聞かなかったことに。」
「いやぁ、無理だな。この私もどちらかというと脳筋だぞ?なにせ、剣も魔法も使うのだからな。」
「剣も魔法も?」
「あぁ、そうだ。それにしても珍しいものを持ってるな。一週間ぶりにそいつに触りにこようなんて思っていたが、こんな坊主が見に来るとはな。折角、栞の代わりに紙をはさんでおいたのにどこのページか分からなくなってしまったぞ。」
俺は、心が躍っていた。剣も魔法も使える人が、この本に触れている。しかも紙が挟まっていたのは、真ん中のページだ。この人はそこまで読み進めているんだ。
この人と話してみたい。もしかしたら、俺が魔法を使えない理由を知ってるかもしれない。
「あの!!エルヴィンおじ様、お願いがあります。」
「聞かなかったことにするのは嫌だぞ。」
「それはどうでもよくなりました。」
「お?」
「僕と、古代魔法について話す時間をください。」
おじ様は俺の言葉に目を見開いた。
「お前、その本の正体が分かるのか?」
「正体?」
「それが読めるのかって聞いたんだ。」
「読めるわけじゃないですけど……意味は分かります。」
「冗談だろ?」
「本当です。読み上げるのは難しいかもしれないけど、その文字の羅列の意味は分かるというか……。」
「おいおい、つまりこれを読めちまえばあっという間に発動できるって事じゃねぇか!」
おじ様は俺の脇をつかむと、ひょいっと持ち上げて肩に背負った。
そんな荷物みたいな扱いしなくたって……。
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