魔法が使えない伯爵家次男はExcelで生き延びてみる。
木継 槐
終わって、始まったと思ったら、すでに終わりそう
「貴方には魔法の素質がありません。」
俺、早瀬勇樹は体を起こした直後に混乱していた。
激怒?いや、そんな余裕がないくらいの混乱だ。
確か、さっきまで俺は学校からの帰り道だったはずじゃ……。
「坊ちゃま?」
ん?ちょっと待て……もっと大事なことを忘れてる気がする。
「ユーロス坊ちゃま?どうされましたか?まさか、旦那様から剣を向けられたのがショックで……。」
「あぁあああ!!!!!!!!」
思い出した!俺、通り魔に後ろからゴツンっとやられたんだった。
「最悪だよ、なんで俺がこんな目に……。」
「ゆ、ユーロス坊ちゃま、お気を確かに。」
「え、あ、すんません。」
ふいに肩に手を置かれて、咄嗟に謝ると目の前のおっさんがひきつった笑顔を向けた。
ところでこのおっさん誰だ?それにこのふわっふわのベッドも、何?
っていうかさっき、このおっさん俺のことユーロスとか呼んでなかったか?
「あの……俺ってどちら様でしょうか……ね?」
目の前のおっさんはおいおいと泣き崩れた。
「え、ちょ、泣かないで。」
「坊ちゃま……私はいつまでもユーロス坊ちゃまの味方ですから!!」
「あ~……そりゃ心強い。」
「坊ちゃまの事は私が一番心得てると自負しております!どうか何なりとお尋ねください!」
「そうだな……まずあんたの名前からかな。呼びかけるときに困るだろうから。」
「はい。私のことはセバスと呼ばれておりました。」
いかにも執事って名前だな。俺は坊ちゃまとか呼ばれてたし、立場的にはこの人よりかは上なんだろう。
こういう時って敬称付けないのがマナーだよな。
「それじゃ、セバス。今度は俺のことについて教えてくれないか。」
「その前に坊ちゃま、1つだけご指摘してもよろしいでしょうか?」
「うん、良いけど。」
「坊ちゃまは普段、坊ちゃま自身のことを『僕』とされておりました。『俺』というのは庶民の一人称です。」
そういうものあるのかよ!貴族って感じして面倒くせぇ……。
「分かった。気を付けるよ、注意してくれてありがとう。」
「なんと!……坊ちゃまがお礼だなんて。」
「え、ダメだった?」
「いえいえ!まるで見違えたかのようで驚いてしまいました。」
ユーロス、お前世話してもらってお礼もなかったのか。
「あぁ、そう。とりあえず、お……僕の事を教えてくれ。」
「かしこまりました。まずは……」
セバスが言う話ではこうだ。
俺の名前はユーロス・シード。
家は成り上がった祖父から続く伯爵家で、魔法やら剣やらで王国に認められてきた家系らしい。
「すごい家なんだな。」
「本当に記憶が混濁されているのですね。」
「あ~……残念ながら全然覚えてないんだ。そうだ、鏡見ればワンチャン思い出すんじゃないか?」
「ワンチャン?」
「あ、基。1つでも可能性があるかもしれないから挑戦してみたいって事だ。」
「なるほど!それではこちらをお使いください。」
セバスは胸ポケットから自身の懐中時計を取り出して、俺に手渡した。
開いてみると、文字盤に面するところがミラーになっていた。
そこに写ったのは、記憶にある大人とも子供とも言えなかった平たい顔ではなく目が大きな可愛らしい顔だった。その顔を見るなり頭のどこかに封じられていたのか、記憶がものすごい勢いで流れ込んできた。
昔見たマンガでこんな感じのシーンあったな。そういうの結構流行ってたし、学校でもあちこちでそんな話でもちきりだったもんな。
要は俺はこの体に転生してしまったようだ。
「セバス、ありがとう。なんとなく思い出してきた気はする。」
「それは!おめでたい事でございます。」
そう、一見めでたいんだろうけど。この記憶が間違ってないなら、残酷だぞ。
「僕の記憶では、『魔法の素質がない』ってことで、父親に殺されかけてるんだけど……合ってる?」
セバスの肩がびくっと震えた。ビンゴかよ、信じたくなかったな。
「申し訳ございません!私には、旦那様の向けた剣の先に驚いて倒れた坊ちゃまを部屋に連れ戻すしかできず。」
「あ~、良いよ良いよ。死なないで済んだならそれで。助かったよ。」
「なんてお優しいんでしょう!実のところ、倒れられてから坊ちゃまの性格が大きく変わられました。」
うん、記憶の中にあるからはっきりとわかるよ。
使用人には当たり散らすわ、父や兄にも調子乗って『せいぜい国の馬車馬になって僕を食わせていってよ』なんてほざくわ……典型的なワガママボーイじゃねぇか!首切られなかったのはもはや奇跡だわ。
「やっぱり変?!」
「いえ、とんでもない!私にとっては坊ちゃまが成長されて喜ばしい事でございます。」
「成長ね。」
その割にはほかの使用人が一切顔を出さないけど……。
「ちなみに、他の人たちは?僕の面倒を見てるのはセバスだけ?」
セバスの肩がまたビクリと揺れた。
あらやだ、俺ったら切り捨てられてんじゃん。
「それは……。」
「うん、良いよ言わなくて。今の間でなんとなく分かった。把握した、大丈夫。」
「それともう1つ。これは緊急を要することでございます。」
「何?」
「坊ちゃまはあとひと月で、この家から追放されてしまわれます。」
「えぇ……。」
緊急どころの話じゃなくない?即決過ぎない?魔法使えない挙句に、貴族だからまともに生きるための……そういう知識ゼロでしょ、終わってる。転生直後に人生終わるとか、とんでもない体に突っ込まれたものだ。
いや、むしろユーロス本人の魂がないから入ったって事だから……本人の諦めも早すぎるだろ!
「もちろん私は坊ちゃまについていく所存です!」
「え、次が決まってるってこと?」
「いえ、まだ旦那様にお話すらしていません。」
そんな状態でついていく選択肢持っちゃダメだって、セバス。
流石にこれ以上、セバスの肩に余計なもの背負わせるわけにはいかないな。
「ちょっと頭冷やしてくる。」
「かしこまりました。私はここで下がらせていただきます。」
「違う違う、この部屋じゃなくて。どこか涼しいところとかないか?」
セバスは少し考えこんでから、部屋の扉を開けた。
「書物庫などいかがでしょう?」
「いいね。僕、本好きなんだ。」
「本当に変わられましたね。」
「う~ん、気絶したら何か悪いもの取れたのかもね。さ、早く連れてって。」
僕が咄嗟にセバスの手を握ると、セバスは少し目を見開いてから嬉しそうにほほ笑んだ。
セバス、これからはもう少し甘え方上手にするよ。
これでも前世では17年生きてたんだ、それなりにやれることを増やした方が良いのくらいは分かる。
わがままが悪い方に転がるのも知ってる。せめてセバスには嫌われないようにしないとな。
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