やっぱり口説きの才能はないらしいね、残念

 あの後宿を借りることもなく、空かせたお腹で昨日食べ損ねた兎の尻尾亭のハンバーグを楽しみ尽くしてもう満腹。

 そんな贅沢三昧の一日を終え、無事夜へと洒落込んで王都の中で指定された中央広場へと向かっていく。


 当然ながら今日は禁酒。流石の俺もこれから大仕事に取り掛かろうってときに飲んだりはしないさ。

 ……ああ嘘、実は一杯飲んだ。けど本当にそれだけ。だから酔ってない。よってセーフ。

 ほら、何事も景気づけってやつが必要でしょ? 飲んでも呑まれるなって感じ。……誰に言い訳してるんだろうね、もちろん自分にか。


「おっ、みっけ」


 そんなこんな中央広場まで辿り着き、件の美女がどこにいるかを凝らして捜していく。


 やがて注目した場所は、中央広場に隣接した民家の屋根。そこから微弱に発される人の気配。

 警備の連中とは違う、隠そうとする意思がありながら誰かにその場所を告げるような点の意識が、ぽつりとそこにはあった。


「……よく気付いたな。運の良いやつめ」

「これでも好い女は見逃さないんだ。この恋心、少しは信用してくれた?」

「……ふん。この期に及んで酒の臭いを発している男など、そこまで信じる気にはなれんな」


 音を立てないように跳躍し、彼女の背後に華麗に着地しながら声を掛けてみたのだが。

 汚いであろう屋根にうつ伏せになるシルフィナは反応なく、何ならこちらを一瞥さえせずに広場の方を観察し続ける。


「そういえばアドバイス聞いてくれたんだ。闇夜に潜めるいい黒だ、似合ってる」

「ふん、貴様の言に一理あると思っただけだ。同色被りというのは甚だ不本意だがな」


 うーん雑な対応。それでこそだね、さっすが。


 変わりない塩対応に感心しつつ、鞄から真っ黒な外套を取り出し、全身を包みながら彼女の隣へと近づきしゃがみこむ。

 彼女の視線の先には像の側に構える二人。そして昨日はいなかった、広場自体を監視する複数人。

 何人たりとも通さぬ気概を感じる。これをバレずにかいくぐるのは結構な至難だと思うのだが、何か策はあるのだろうか。


「しかしよく分かったね。一度だってこっち見てないのに」

「見ているさ。視線だけが視界とは限らない、貴様な尺度で私を測るな」


 ああ鷹の目ってやつ。弓打つのに便利なんだっけ、俺はそういうの出来ないから分かんないけど。


「で、運の良いやつってどういう意味? これでも確信を持って君の下まではせ参じたんだけど」

「下を見ていろ。今に理由が分かる」

「そろそろ?」


 シルフィナの言葉に首を傾げていると、広場の警備に変化が訪れる。

 先ほどまで、ほんの一瞬前まで歩き警戒を露わにしていたというのに、ばかすかと倒れていってしまうではないか。


 うわーすごい。魔法なのかな。それにしちゃあ魔力を感じなかったけど、ふっしぎー。


「夢見の霧。我が秘技にかかれば、有象無象が雑多に増えようが関係ない」

「ふゅー。こりゃすごい。……ん、ちょい待ち? これ上がるの遅かったら俺も眠ってた?」

「そのままであれば捨て置き、濡れ衣を着せるのに丁度良かった。もう一度言ってやろう、運が良かったな」


 もはや隠れる必要はないと。

 人目など気にせず立ち上がったシルフィナは、こちらを鼻で笑った後に屋根から飛び降りる。

 

 うーん怖い。よくぞ見つけたね俺。

 だが勝ち誇るだけはある。軽い悪態をつかれてもなお褒めてしまいたい、それほどまでの技だった。


 真に称賛すべき部分は、彼女の発した魔法の一切が不可視であることだと思う。

 どんな脅威も原因が分からなければ対策のしようがない。竜を殺せる英雄ですら、酒場で出された飲み物に毒を仕込まれれば死に至る。生き物なんてそんなものだ。

 予兆も対策もない、まさに究極の罠。

 確かにこれなら二度目であろうと関係ないな。言うだけのことはあるよ。

 

「行くぞ。邪魔が入るかもしれん、昨夜のようにな」

「はいはい。その節は悪うござんした」


 彼女の後に続いて飛び降りて、いびきと寝息だらけな広場を手を合わせながら闊歩していく。


 ごめんなさいね皆さん。

 でも死なないことを喜ぶべきだよ、あっちのお姉さん起きてたら容赦ないと思うからさ。


 そうして辿り着いた黄金像の足下。

 うーん相変わらずおっきい。昼でも夜でも大きさは変わらないね。


「さて、提案がある。私が壊すか貴様が壊すか。どちらがいい?」

「そこに違いはあるのかい?」

「私が壊せば同時にこの辺り一帯は吹き飛ぶ。貴様は……そもそも壊せるのか?」

「そいつはよろしくない。わかった俺がやる、足下だけでいいんだろ?」

「ああ。正しく言えば、間の布をだ」


 思っていたよりも物騒なことを言い出すので、仕方ないと剣を抜きながら前へ出る。

 

 俺とて人の子、必要ないならそこまでしたくはない。

 そんな派手なのやったらこうして警備の方々を眠らせたり、わざわざ静かに行動している意味ないからね。

 

 そんなわけで構え、狙い、指定された金へと数振り。人間が通れるサイズの穴を綺麗な四角に切り出してあげる。

 

 ま、こんなもんでしょ。我ながらいい手さばき。

 しかしびっくり。金がちゃんと布みたいに薄っぺらい、中も人型なんだね。こういうのは見える所だけしっかり作ってるのかと思ったよ。


「……やるな。この金は特殊な魔法式がかかっていて、鉄の硬度など遙かに勝るのだが」

「長く地味な修行の賜物さ。で、あれが噂の?」

「ああ。行くぞ、時間がない」


 遮っていた金が失われ、露わになった地下への穴。

 

 この大きな金の像はこの道を封じるために建てられたのか、或いはこの通路を守るためにこそ建てられたのか。はたまた偶然そこに地下へと続く道があっただけなのか。


 ……正直興味ない、どれでもいいね。

 歴史なんぞにさしたる興味を抱かない俺にとって大事なのは、この王都に住む誰もが存在を知らなかったであろうの穴の先に何があるかだけ。

 

 そんなわけで悪いね、伝説の孤高の賢者様? 

 別にここが貴方の墓というわけでないんだろうが、それでもゆかりある地を荒らさせてもらうよ。


 そんなわけで感傷に浸るとか、切り出した金はちょっとくらい貰っちゃってもばちは当たらないだとか。

 そういう俗なのとは無縁に先に進んでしまうシルフィナにやれやれと首を振りつつ、背を追って地下へと進んでいく。

 

 うええじめじめしてる。横やら上に水脈でも通ってるのかな。

 それに蜘蛛の巣。俺あいつ嫌いなんだ、昔はよく妹に払ってもらってた。

 

「うえ暗い、湿気がやばいしただの地下通路。しかし時間がないってのはどういうこと? 帰りがきつくなるってなら、最悪それ使えば逃げられるんじゃない?」

「あれはそんな便利なものでもない。私自身耐性がないのもあって濫用は出来ん。……それに、やつに気付かれれば、あんなちんけなまやかしに意味などない」

「やつ?」

「気にするな。とにかく急ぐぞ」


 松明なんてどちらも持っていなかったが、指先に小さな光を灯せば明かりは問題ない。

 散々才能ないって言われた俺でもこれくらいは出来るもんね。火と水と光を出せれば旅には困らないから超便利、是非とも盛大に褒めて欲しい。


 しかし、やつねえ。

 随分と焦ってるようだが、何を恐れてるってんだ?


「……それにしても貴様の火は他と違うのだな。この時代からは浮いている、我らに近い魔法の在り方だ」

「そうなの? どの辺が?」

「根本が。少なくとも、私が起きてからは初めて見た」

「??」


 よくわかんねっ。魔法に違いなんてあるんだ。

 まあいいや。俺は専門家でもないし、使えれば全部一緒よ。

 

 ともあれちょっとした雑談をしていれば、いつの間にか階段を降りきり、長く暗い一本道が続いていたので歩いていく。

 湿気は依然漂ってるけどそこまでかび臭くないし、正直街の下水道って感じはしない。

 いよいよ謎だなこの空間。さっきまでは適当に言っていたけど、本当に王すら知らない秘密の隠し道だったりして──おっと。


「ちょっと止まって、シルフィナ」

「何だ。急いでるんだが」

「ちっちっち。まあ見てなって」


 ふと何かを感じたので、腕で彼女を制止しつつ鞄から適当なゴミを取り出して地面に転がしてみる。

 するとあら不思議。床の一部がちょいとへこんだかと思えば、次の瞬間には壁や天井から鉄の矢が噴き出されたではないか。


 危ないなぁ。何かありそうな気がしてたけど、まさかこの分厚そうな石の壁に穴開いちゃうくらいの罠だとは。

 怖いわぁ。こんなの食らったら泣いちゃうどころじゃ済まないじゃん。ゴミのおかげで酒転がすことにならなくて良かったわ。


「罠か。……ちっ、その可能性を失念していた」

「でしょ? 急ぐのはいいけど焦ることに得はないわけ。ちょっと待ってて」

「何を──」

 

 シルフィナの疑問には言葉でなく行動で。

 説明するのも面倒だったので、軽く後ろへ跳んで、助走をつけて真っ直ぐ駆け抜ける。


 大丈夫、どこが安全か何となく分かる。

 どこを踏めば安全か、下手に叩いて渡るよりも踏み飛ばした方が断然早い。

 途中一回作動しちった気もするが問題ない。臆さず立ち止まらなければ一本や二本なんて当たらない。よって何も問題ない。

 

 というわけではい、無事にゴール。

 ううん非常に良き走り。もしも直進だけで競う競技があれば獲れちゃうね、世界を。

 

「はいおしまい。多分ここまでだから、辿ってきた跡をそのまま付いてきて」

「……何故分かる? 貴様、実は来たことがあるのか?」

「ないない。勘とちょっとした人生経験。分かるときもあればそうでないときもあり、今日は調子のいい日」

「……なるほど、大馬鹿か。拾うやつを間違えたな」


 え、何? もしかして褒めてる? 

 もしもそうであれば、ちょっと遠くて聞こえないから出来れば大声で褒めて欲しい。頭を撫でてくれれば尚良しってことで。


 まあどうせいつもの毒まみれな苦言なのだろうと諦めつつ、颯爽と罠のありそうな場所を抜けてきたシルフィナと共に更に奥へと進んでいくと、ついに一本道の終わりが見えてくる。

 

「あれかい? えらく厳重そうな檻の中、像の中に像があるってやつ?」

「……そうなのだろう。これが忌まわしき、やつめの遺像か。胸糞悪い」


 少し開けた場所。その真ん中にあったのは、頑丈そうな檻とその中に置かれた金の像。

 上の巨人と見紛うほどではなく、両手で抱えればすっぽりな程度の小さな像がそこにはあった。


 うーんなんか拍子抜け、というかがっかり。

 なんていうかさ、見た目が宝って感じじゃないんだよね。いやまああれも暗闇でだって輝く金ではあるけどさ。

 正直金が欲しいのであれば、あんなのわざわざ取らんでも上で斬ったやつを持ち帰ればそれで十分なんだが、まあ金自体が本命じゃないんだろうな。


「とりあえず檻斬る? そもそも斬れるのかな?」

「……任せる」

「了解。それっ」


 頼まれたのでいけるかなと考えつつ、抜剣して横に振ってみると檻は見事に真っ二つ。

 うん、別に特別なものでもなかったっぽいねこれ。 軽く振っただけだし、てっきりやかましい音で弾かれるかなと思ってたんだけど意外だった。


 まあいいや。楽出来るならそれに越した事はないからね。

 しかしこいつ、やっぱり普通の金の像だ。まっきんきんな像を普通と言うべきかはともかく、特別大秘宝って感じは欠片もない。っていうか上のと一緒で賢者様の像じゃんこれ。


「で、これが噂の秘宝ってやつ? ……上の黄金像に負けてない?」

ガワにも価値はあるだろうが中の物とは比較にならん。だが確かに息吹は伝わってくる。そら寄越せ」


 手に取って眺めていた黄金像をひったくってくるシルフィナ。

 ああ黄金。まあ別に名残惜しくもないからいいんだけど。


「……良かった、まだ生きている」

「生きている、ねぇ。……ちなみに何が入ってるの? 竜の卵とか? それとも女神の心臓とか?」

「物騒な物ばかり挙げるな。……これは杖だ。持ち主の一番求める物を指す導きの杖。これこそが我ら一族が知る最後の希望。そしてサトウとあの女が出会う切っ掛けだ」

「サトウ?」

 

 サトウ? 誰それ? お砂糖の生まれ変わり? なんか名前からして性格べたべたしてそう。


「さて、覚悟はいいな? これを壊せば、もう後には退けないぞ?」

「おかしなことを言うね。上のおっきな像を壊した時点で世界の仇敵。もうとっくに引き返せないさ」

「そういう意味ではない。騎士団なぞ、国なんぞではない。これの所有権を奪えば、やつとて重い腰を上がるであろうということだ」

「ああそういう。なあに心配いらない。こんなんでも覚悟の方は万端さ。……後で後悔はするかもだけど、ちょっとは」


 えらく真面目に聞かれたので、自分でも気さくな笑みを作って返事をする。

 賢者様の黄金像に危害を加えた、なんてどんなに譲歩されても極刑もの大罪だ。今更悔い改めましたと自首しようが、明日には絞首台で胴体とおさらばは免れないよ。

 だからまあバレなきゃいいなとは思ってる。

 けどやっちまったことに後悔はない。それが自由になる最短だと自分で決めたんだから、後悔するのは本当に処刑される直前だけでいいのさ。


 それに正直な所、いまいち恐ろしさのイメージが付いていないのだ。

 シルフィナやミニDディーは化け物だと言うけれど、俺にとってはまだりんご売ってきたやわわなお胸の超絶美人お姉さんでしかないわけで。

 まあみんなが正しいのならその時はその時だ。ワンチャン奇跡でも起きればこの呪いってやつも解いてくれたり……しないかなぁ?


「考えなしか大物か。まあいいさ、始めるぞ」

「どうぞどうぞ。せっかくだし特等席で眺めさせてもらうよ」


 問題ないよと軽く手振りしてから、一歩分だけ離れてシルフィナに目を向ける。

 我ながらちょっと期待に胸を弾ませてしまっている。何を始めるのかは知らないが、今から始まるのは何か特別なことだろうと。


「世界の盤たる生命の樹アライフよ。Gギリスの末裔たる片割れが誓う。役割を放棄した片割れに代わり、あるべき場所へ還すことを。故に願う。このシルフィナを担い手とし、その導きの力、運命を手繰る大いなる力の一端を貸し与えたまえ」


 そしてシルフィナは唱え出す。黄金像を抱きながら唄うように、敬虔な信徒が祈りを捧げるように。

 棘のない優しい声音。安らぎすら感じる慈愛に満ちながら、芯のある覚悟にて支えられた美しき言の葉。

 その誓いに呼応するよう、彼女に抱かれた黄金像は強く輝き出す。

 翡翠の輝き。命の象徴たる瑞々しい緑の灯火。まるで大いなる世界の柱が芽吹きのような、そんな曖昧ながら圧倒されてしまう光。

 思わず目を守ってしまうほど強力であるそれは数秒続き、そして次第に弱まり消え去ってしまう。後に残るのは、崩れた像とその中に眠っていた一本の杖であった。


「……ふふっ、ふはは、はーはっはっはッ!! やったぞ! ざまあみろクソ女めッ!!」

「あーシルフィナ。良かったね?」

「ハハハハッ!!」


 一帯に響き渡るシルフィナの高笑い。腹の底から溢れ出した、愛憎入り交じる狂気染みた歓喜。

 あー、嬉しそうで何より。惚れた女が笑っていられるなら、俺とて喜ばしいことだ。

 ただこんな状況だ。そろそろ気を引き締め直してもらいたいのだがちょっと無理そうかな。どうだろうか?


「さあ行くぞ人間ッ!! ここでの目的は果たした! 後は逃げ切れることを天に祈れッ!!」

「え、あ、はい。ちょっと待ってよー」


 身を翻し、ご機嫌な様子で一気に駆け出すシルフィナ。

 ところで今人間って呼んだ? もしかして俺の名前とか覚えてなかったりする?



「やあ。ここで止まってもらおう、御二方」



 そうして勢いままに罠地帯を抜け、階段目前へと辿り着いたときだった。

 この狭い地下通路によく響く爽やかな中性的な声色に全身が震え、逃走に勤しんでいた足は止まらされる。

 手の光を消したのは隠れようとする生存本能。咄嗟に剣へと手が伸びたのは生き延びるための無意識が故。

 すぐにシルフィナの前に出て彼女を隠すように立ち、暗闇に潜む声の主に神経を研ぎ澄ませていく。

 

 よく通る声。世の希望と栄光を込めたような、嫉妬さえ抱いてしまうほど清廉な音。


 まことに遺憾ながら、俺はこの声を知っている。

 何ならつい最近、もっと言えば昨日にでもそれを耳にした覚えがあるし、あの出会いは忘れられるはずもないほどの衝撃だった。

 その時も警戒からつい剣に手を掛けてしまい、少なくともこの観光中はもう会いたくはなかった者。

 

 ……ああ嫌だ。己の運のなさを呪ってやりたいよ。もう呪われてるけど。

 こんな状況でこれだから面白い! なんて声を張り上げられるほど強い心の臓は持ち合わせていない。まったく、どうして世の中って上手くいかないんだろうね?


「両手を上げてすぐさま降伏を。これでも平和主義者でね、出来れば剣を向けたくはないんだ」

「それは奇遇だ。俺も平和主義者でね。そういうの物騒なのは望んじゃない。互いが望んじゃいないのなら、或いは平和的にいけるかもだ」

「おや、聴き覚えのある声だね。どこかで会ったことでも?」

「さあ? 今日か昨日、或いは生まれる前かもだ」


 暗闇が光に照らされ、くすりと微笑むそいつの姿が露わになる。

 そうであって欲しくはなかったと、そんな期待を嘲笑うかのように想像通りに佇む騎士様。


 ただし一つだけ違うとすれば、それは腰に携える剣の有無か。

 服装こそ鎧ではなく軽いものの、あのとき──つい昨日、この真上で軽く話したときとは異なり敵を屠るための武器が彼の下にはある。

 つまり状況は最悪ってわけだ。どうせ立ち塞がるのなら、男より女の方がまだ目の保養になるのにね? ……実は女だったりしない?


「で、降伏してもらえるかな? これでも腕には自信があってね? 無駄な抵抗は損しか生まないと思うよ?」 

「そのような鋭い目で疑われると心が痛い。勇気を振り絞って目の前で大罪を犯した犯人を追いかけ、見失いながらも宝の残骸だけでも守り通した二人に向けられるのが心なき刃だとはね?」

「ほう? というと君達は犯人ではないと?」

「そう、その通り。誤解なんだ。例え俺達が、そう思えないほど怪しい見た目と状況でも」


 気取られぬようにシルフィナを制止し、一歩前へと出て黄金像の残骸を男へと見せつけながらひたすら言葉を紡いでいく。

 決して動揺は乗せるな。今だけは俺は天下の大役者。

 おしっこ漏らしちゃいそうだけど、上手く舌を回して打開策を考えろ。そうでなけれな小便なんぞより大量な液体垂らしまくることになってしまうぞ。


 しかし拾っておいて良かったな、像の残骸。

 実は金にしてしまおうという浅ましさが我が身を救ったか。欲に従うってのはやはりいいことだね。


「この金の像。上のに比べたらちんけな物だが、それでも丁重に祀られていたらしくてね? 俺達が最後に目にしたのは、不敬にもこの宝を砕き、中にあった何かを奪い消えてしまった悲劇の場面というわけ。……もちろん声は聞こえたよね?」

「聞こえたね。高らかに笑う女性の声が。それでその何かとは?」

「さあ? 生憎ちょっとだけ遠くてね。ほらここ暗いじゃん? こんな視界じゃはっきりとなんてとてもとても。それでも辛うじて視認出来たのは、謎の大罪人が暗闇へと溶けるように消えてしまった所だけさ。なあ相棒? ……ああ、相棒もそう言ってる。つまり偽りなどないということさ」


 軽く同意を求めると、シルフィナはこくこくと首だけ縦に振って合わせてくれる。

 ああありがとう。ここで聞かれた声でも出されたら全部ご破算だった。相棒側が馬鹿な俺じゃなくてよかったよ、本当に。


「だとしたら褒められた行動ではないな。それは勇気ではなく蛮勇、愚行に値する行為だ。君達の取るべき最善の行動は、勇み自らの命を危機に晒すことではなく増援を待つことだった」

「いやはや返す言葉もない。ただこちらも訳ありでね? ほらっ、こんな怪しい外套なんて着ているだろう? だからか昼間に少し疑われてね? 事情聴取一つに釣り合わぬ、あまりに長い拘束時間だったばっかりについ意趣返しとむきになってしまった面は否めない。甘く青い、若気の至りというやつさ」


 嘘ですごめんなさい。奢ってもらえた朝定食はとても美味しかったです。まあ掛かった時間が長かったのは事実だからそれでチャラってことで、ね?


 騎士様は警戒は解かずとも、けれど話は聞いてくれではいるのでなるようになれと必死に口を回し続ける。

 所々でほんの少しの罪悪感はあるけれど、この場を乗り切るためなのでそれはそれ。

 でもどうしよう。冷や汗出過ぎてちょっと楽しくなってきた。今冷えた麦酒ビールを飲めたらそれはもう気持ちいいだろうなぁ。


「何で顔を隠しているんだい? 怪しいと指摘されたのなら、せめて街中でも改めるべきだと思うが」

「その指摘は当然! だがそれは難しい! 何せ騎士殿、人にはそれぞれ止むに止まれぬ事情というものがあるもの。それこそ栄光の道を歩む騎士ではなく、一つの踏み外しから自らを隠し偽り、這いずるように陰を歩きその日を生きる者にとってはなおのこと。具体的には顔に火傷の跡を残し、世に晒すのを拒む女。はたまた狡猾な荒くれ者に目をつけられ、顔を隠さざるを得ない哀れな男なんかだが……それでも剥ごうと言うのかな、慈悲深き騎士殿?」

「ふふっ、随分と口が達者だね。まるで吟遊詩人のよう、私を煙に巻こうとしているみたいに流暢だ」


 俺の風より軽い、けれど虫より鬱陶しい戯れ言に何故か騎士様は微笑みをみせてくれる。


 おっ、もしやツボに入ったか? 無謀だと思っていたが、これはワンチャンいけたりするのか? 

 逃走手段なんて微塵も思いつかないし、このままいけるのであれば感無量というものなんだがどうだろうか。


「それでどうだろう? こんなしみったれた場所でのお叱りはこれくらいにして、俺達も柔らかいベッドの上へと帰りたいのだが」

「申し訳ないがそれは叶わない。当事者である以上、疑いを晴らすという意味でも話は聞かせてもらわないとね」

「ああ、事情聴取。それは当然だ。市民の義務、ひいては国民の義務ってやつだね。まあ俺らは流れの身故、入場税くらいしか払ってないけどそれでもだ」


 最後は真っ直ぐな瞳で訴えてみると、何と騎士様は一旦ながらも警戒を解いてくれたではないか。


 やったぜ。何か知らないけどどうにかなった。

 やっぱ大事なのは誠意のこもった目だよね。外套あるから見えないだろうけど。


 しかし試してみるものだ。まさか自分にこんな才があったとは驚きを通り越して恐怖すら感じちゃう。

 酒場には酒を飲むのではなく謡うために行っていれば人生変わっただろうか。……多分無理だな、普段こんなに舌回らないもん。


「では付いてきてくれ。続きは署の方でゆっくり話そう」

「ああ、じゃあ行こうハニー。ああ先導はいらない。大丈夫、場所は知ってる。なんだって昨日もお世話になったからね」


 ともかく脱出だとシルフィナの手を取り、騎士様を追い越さんと大きな歩で進み出す。

 地下から出てしまえば後はこっちのもん……ってわけでもないが、まあ完全な詰みってわけでもなくなるはず。最悪俺だけ捕まってこの開花した弁才で架空の犯人をでっちあげよう、うん。


「ああそれと、最後に一つだけ」

「うん?」


 そうして彼を横切ろうとした、まさにその瞬間だった。

 暗闇に煌めく光の一筋。それは恐るべき速さで俺の首目掛けて、寸分の狂いもなく断とうと迫り来る。

 音も遅れる速度に回避は間に合わず。されど逆手で抜いた剣は確とその衝撃を受け止め、俺を後退させる。


「……ああなんだ。やっぱり誤魔化されてくれないわけね、残念」

「流石にね。私とて王の剣として誇りを持つ身。そこまで節穴にはなれないのが辛いところだ」


 申し訳なさそうに苦笑う騎士様は、あくまで腰の剣を抜いたわけではなく。さりとて手には束ねられた光の剣が握られている。

 あれが俺が弾いた剣。恐るべくは剣の形に固められた、その光が持つ魔力の密度。

 魔力のみで形にされた剣の強度は本人次第。それで骨いっちゃいそうなくらい重かったんだけど。こっわ。

 

「さてさて、ここからどうするべきなんだろうか。天井をくり抜き脱出するか、それとも我が奥義たる秘伝の煙。如何なる生き物も眠らせる神秘の香でも焚いて、騎士殿を微睡みの世界へと招待してしまおうか」

「大人しくするのが理想だと私は思うよ。ちなみにだが、外は既に増員で固められている。仮に私の脇をかいくぐれたとしても、君達に逃げ道なぞないのは伝えておこう」

「そう。うん、それはすごい。俺は嬉しくないけど、まったく」


 最早邪魔だと黄金像の残骸を捨て、剣を担ぎながらこつこつと間合いを調整しつつ考える。


 状況は依然最悪。

 後方は行き止まり、前方には特別強い騎士様。そして上にはいっぱいの警備。


 どれだけ考えても答えは一つ。

 ここでどう足掻いても末路は明日の絞首台。朝日を眺め町民に色々投げられながらその生に終わりを告げるという絶望的未来のみ。


 ……嫌だなそれは、絶対に嫌。考えたくもない。

 自由と酒と女のためにまだまだ生きたいし、どうせ死ぬなら最上の酒を飲みたいだけ飲んでから死にたいもんでね。

 なら簡単だ。覚悟を決めてこいつを倒そう。そんで上の警備も倒そう。

 その後華々しく王都から脱出し、上る陽の光を肴に最高の一本を惚れた女と乾杯しようじゃないか。よし、切り替え完了。


「さて、それでは神妙に縄についてもらおう。言っておくがこの私を前に逃げられるなどと、そんな浅はかな希望は抱かないことだ」

「おけい。ああところで、一つだけ訊いていい? 相まみえる前にさ、是非ともお名前教えてよ。誉れ高き騎士様なら、名乗りってのは大事だろう?」

「いいだろう。とはいえ忠告はしよう。半端な呪いや魔法は自らに返るだけ。この威光を陰らせようと言うのであれば、相応の覚悟はするべきだ」


 騎士様は不敵に微笑みながら、ゆっくりとこちらへ剣先を向けてくる。

 さあ魔力を回せ。意識を昂ぶらせろ。

 外に出てから初めてのガチ戦闘。果たして今の俺が、この世界のどこにまで通用するようになったのかの答え合わせといこうじゃないか。


「我が名はアリスリア・ニスクスニ。ダイトウを背負う三剣が一つ。この国最強とごくたまに呼ばれる光ある騎士の長だ。聞き覚えは?」

「ごめんない。先代だったらもしかしたら知ってるかもだけど」

「そうか、残念だ。この名で降伏してくれれば、手荒な真似をせずとも済んだのだけどねっ!!」


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