美女の誘いと山盛りの甘味、果たしてどちらが甘いのか

 たった半日ぽっちで熱烈な再会を果たした俺と銀の髪のエルフ……エルフ? 

 ともかく銀髪の美人さんとちょっと殺されかけるも、どうにか話し合えることになったので一番近かった喫茶店──都会ではカフェと言うらしい──場所へと訪れていた。

 

「すいませーん。黒コーヒーとこのウルトラミラクルスペシャルボンバーパフェ一つー。そちらは?」

「一番苦いコーヒーとウルトラミラクルスペシャルデラックスミックスベリベリパフェケーキ。一つずつだ」

「かしこまりやしたー」


 俺達二人の存在が酷く浮く、都会の若者向けだって雰囲気な店の中。しかし喫茶店とカフェの何が違うというのだろうか。

 そんな中で無駄に長い名前の品名を唱えられても何ら動じることはなく、軽く会釈して離れていく店員さんに俺はつい敬意を表してしまう。


 わあすごい。そんな注文されたのが俺だったら、聞いている途中で笑っちまってその日にクビだ。


「しかし似合わないと思わないか? 片や薄汚れた冒険者、もう片やは美女とはいえボロ布纏い。どちらもこんな洒落た都会の喫茶店なんぞ似合わない、どちらかと言えばさっきまでの路地裏の方が似合う身なりだ」

「……どうりで注目を集めるわけだ。こうまで場違いであれば、相応の店に入った方がよかったか」

「まさか! 駄目なら入る前に止められてるさ。一席埋めている身として周囲の目に負けず、周りと同じように精一杯楽しむのが俺達に求められた責務ってものさ」


 そうは言ったが多分違うなと、心の中でばっさり否定しながらもそうじゃないと気持ちを切り替える。

 危ない危ない。今回はあくまでカフェを楽しむのではなく、話をするのが目的なんだ。

 どうせなら甘味やコーヒーじゃなくて飯が食べられる場所がよかったなとか思っちゃいけない。昼飯時でお腹が空いたなとか、そんな緩みは一旦心の片隅へポイしなければ。……お腹減ったな。


「まあとりあえず、まずは自己紹介でもし合おうよ。名前ってのは互いを知る一番の近道だってどこかの本で読んだからさ」

「……本など読むのだな。頭など使わなそうな顔だというのに」

「褒め言葉として受け取っておくよ。馬鹿面ってのは否定出来ないしね」


 どう間違っても女を虜に出来る、昨日会った騎士様みたいな甘い顔じゃないのは自覚しているさ。

 それに実際、大工房なんて偶然に出くわさなければ馬鹿だったんだからむしろそちらが正しいまである。別に今だって賢いわけじゃないしね。


「それで麗しきお姉さん。何とお呼びすれば?」

「どうでもいい。好きに呼べ」

「じゃあハニー♡」

「死ぬか?」

「失礼。あー、思いついたら提案する。互いの関係に亀裂を生まないやつ」


 何でもいいと人は言ったが、まあ実際は駄目なものだらけなのが常であり。

 そしてこの銀髪の美人もまた例外ではなかったと、少しだけ残念に思いながら呼び方を考えてみる。


 ハニーは残念ながら駄目。となれば相棒、親友、エルフちゃん。……多分どれも駄目だな、うん。


 そういや昔、妹に俺は名付けの才能がないと冷たく告げられたことがあったっけか。

 懐かしい、あれは確か川で魚を釣っていたときだったか。

 あの頃はそんなことないと笑いながら否定したが、こうして今必要になると妹は正しかったと実感する。ところで、あの日俺が釣った魚には何の名前を付けたんだっけか。忘れたな。


「……はあっ、はーあっ。シルフィナ、シルフィナだ。そう呼べ、それ以外で呼ぶな」

「おーけい、じゃあシルフィナさん。うーん、綺麗な貴女にぴったりな、上品で良い名前だ。そんなわけで俺はトゥール。前はしがない木こりだったが、今は失われた賢者を目指して放浪人をやってる」

「なるほど。つまり無職か」

「違う。旅人。これ大事。おけい?」


 無職に間違いはないのだが、一応大義はあるしそこは一応否定しておかなければ。

 分かってる、これは意味なんてない見栄だ。

 惚れた女に職も金もない甲斐性なしだなんて素直に言いたくないだけ。笑いたければ笑うがいいさ。

 

 しかし……うん、いいねシルフィナ。

 美人の名前って感じする。何度でも呼んでみたい。もっと言えば命のやり取りとかしなさそうな名前だし、是非ともその通りであってほしいね。


「で、無職の人間。聞きたいことがあるんじゃ──」

「おまたせしやしたー。こちらコーヒー二つとウルトラミラクルスペシャルボンバーパフェ、ウルトラミラクルスペシャルデラックスミックスパフェケーキでーす。ごゆっくりどうぞー」


 ようやく本題に入ろうかと、真剣な瞳をこちらに向けてきた銀髪のお姉さん。

 そんな我らの会話を容赦なく、あまりにも残酷なまでに物理的にも空気的にも遮ってきた店員さんの声と白い山と見紛うほどに盛られた二つの食べ物。


 なんだこのデカさはっ……!! 想像の数倍は大きいんだが……!!

 まさかこれが、パフェという甘味……!? 都会の若者は、これをぺろりと平らげてしまえるのか……!?


「……でかいな」

「そうだね、でかいね。だから食べながら話そっか、うん」


 想像していたやつの五倍はあろう大きさに、俺はただただ口をあんぐりと開けてしまう。

 だがどうやら、この山を前に戦慄していたのは俺ではないご様子で。

 無理もない。だってシルフィナさんの白い山、俺のこの山よりでかいもん。下になんかケーキっぽいの敷いてあるもん。そりゃ目線一つ分ぐらいは高くもなるよ。

 

 食い切れるかなこれ。同じ量の肉ならいけるだろけど甘味はなぁ。ちなみに酒だったら絶対無理。

 まあでも来ちゃったもんは仕方ないし、何より人様に出された料理なので、無理ですの一言で残すのは俺のくだらない信条に反するわけで。

 恐る恐るスプーンを手に取り、まずはこの何か分からない白いクリームを掬ってぱくりと……っ!?


「それで貴様。この私に──」

「うーん美味しい! この白いクリームがふわふわで口の中で溶けてたまらん!! ……ああごめん、なんだっけ?」

「……この私に──」

「あむっ。うーん、このチェリーやイチゴ! あと知らないフルーツもさいっこう! 白いクリームや中の分かんないクリームと最高に噛み合ってほっぺ落ちちゃいそう!」

「…………貴様、わざとやっているのか? ぶち殺すぞ?」


 あまりにも予想外想像以上な美味に盛り上がっていると、それはもう声を震わせながら、銀のスプーンと殺意の籠もった目を俺へと向けてくるシルフィナ。


 いやごめんって。意図的に遮ったわけじゃないんだ。

 だって本当に美味しかったんだもん。こんな甘味初めてだったんだもん。そんなに怒ることないじゃん。ごめんって。

 

「まったく、これだから人というのは……あ、おいしっ。甘いっ」


 俺を睨みながらも自分も我慢出来なかったのか。

 一口食べると鋭い雰囲気から一転、まるで年頃の少女のように顔を綻ばせるシルフィナ。


 思いも寄らぬ一面を目の当たりにし、ついスプーンを落としそうになった俺のよこしまな視線を感じ取ったのか。

 すぐさま真剣な表情に戻るも、やはり気になるのか彼女の目はちらちらとパフェをチラ見してしまう。


 え待って、まじで可愛いんだけど。

 これが世に言うギャップ萌えってやつ? ちょっと心臓に悪いんだけど俺を殺す気? 殺す気ではあったな。


「……あー、食べ終わってから話す?」

「……そうする」

 

 どうやらどちらも色んな要因のせいで集中できないと判断した俺は、ひとまず先に食べてしまおうと提案すると、シルフィナは何も言わずにこくこくと頷きすぐに食べるのを再開し出した。


 良かった。正直俺もこのパフェに集中したかった。

 というわけで、改めていただきまーす。


「うーん美味しい。同じようなクリームだけどそっちのと何か違ったりするのかな?」

「さあな。そちらにも、私のにはない果実や菓子があるようだが」

「ちょっと取り分ける?」

「……うん」


 互いに少しずつ取り皿に分けたり、味の感想を言い合ったり。

 物の量だけちょっとおかしい気もするが、まるで普通のデートみたいだなと思いながら食べ進めていく俺たち。


 なんでこんな空気になっているのかは分からないが何かいい。すっごく楽しくて顔も心も緩んじゃう。

 まさかついさっき短剣で刺そうとしてきた女性とこんなことになろうとは。……まあ惚れちゃってる俺的には嬉しいことなんけどね!


「ふん、まあまあだったなっ。やるではないか、現代いまの甘味というのも」

「まったくだ。甘いものも悪くないって、ちょっと考えを改めようと思ったよ」


 そんな感じで食べ進め。

 つい数十分前まで山のように盛られていたというのに、気付けば両者共がぺろりと平らげてしまい、底のを覗ける皿を前につい感動してしまう。


 いやー美味かった。まさかここまでとは思わなんだ。

 実はあんまり甘いものとは縁がなかったし、妹みたいに得意でもなかったが、それでもこれを機に少しは触れてみようと思えたくらいだ。


 俺が望まなかったのもあるけど、ミニディーも甘いのはあまり出してこなかったんだよね。何でも作れると豪語してはいたが、単純にそっち方面の料理に自信がなかった可能性もあるけど。


「さてシルフィナ。いい具合に互いの緊張も蟠りも解けてきたところでいい加減話そうか。君と俺の呪いについて」

「ふうっ……何を勝手に括っている。あくまで呪いにかかっているのは貴様だけだ」

「えっ? そうなの?」


 えっ、まじで? じゃあなんで同胞ですよみたいな面してこの店一緒に入ってきたん?


「かかっているのはお前だけ。私は既にかかっていた、だ」

「かかっていた……つまり解く方法があるってことか? この呪いってやつを」

「さあな。私と貴様のかけられた呪いは異なるものだ。正確に把握していないのだから、わざわざどうと言ってやる気はない。私は誠実で正直だからな」


 シルフィナは白いカップを取っ手を手に持ち、漂うコーヒーの匂いを楽しみながらこちらに微笑を浮かべてくる。


 随分と余裕だこと。どうやら暗殺失敗と山盛りパフェに崩された調子を完全に取り戻したご様子で。

 まあともかく、つまりこの人に診てもらえば可能性はともかく進展はあるってことだ。

 ならば話は早い。

 この身の猶予がどれくらいかも定かでない現状、早急に是が非でも調べてもらいたいのが当然の帰結というやつなのだが、果たしてこの美女をどうやって口説き落とせばいいものか。

  

 伝家の宝刀、爽やかスマイルは問題外。そもそも凡庸顔と爽やかはちょっと無縁がすぎる。

 パワーで脅すも絶対なし。出来れば嫌われたくない、もう手遅れかもしれないけど。

 となれば由緒正しき決闘とか? それとも我がお酒コレクションから一つ贈呈する? ……いや、ここは原初にして最適、金で解決するしかないか──。


「私に協力しろ。そうすれば診てやらないこともない」

「協力しろって? 欲しい物でもあるの? いくら金貸せばいい?」

「くだらん。手伝いが必要なことなど一つだけ。貴様が邪魔をした、あの黄金像の破壊だ」


 財布の紐を緩めて友の金を貢ごうとしたのだが、そんな物などいらないとばっさりと断られてしまう。

 代わりに彼女が出した条件は明確で、けれど金や酒なんぞよりも遙かに無慈悲で無謀なこと。

 ああ、やっぱり俺は運が悪いらしい。如何に惚れた女と言えど、そんな蛮行にはちと苦言を呈せざるを得ないかな。


「やったら今度こそ捕まるぞ。昨日の一件があったんだから、警備はもっと厳重になってるだろうし」

「だろうな。だが有象無象の輩はどうとでもなる。貴様が必要なのはその先だ」

「いやいや、王都の警備兵なんだから雑魚ばかりじゃないだろ……」


 シルフィナの断言に対し、どうしたものかとつい目を逸らしてしまう。


 恐らく昨日の警備連中を考慮しての発言なのだろうが、流石に甘いと言わざるを得ない。

 これが無警戒ならともかく、つい前日に襲撃があったというならより厳重な態勢となるだろう。


 その詳細を知っているわけではないが、警備や衛兵に増員に留まらず、騎士を派遣している可能性だって高い。

 それはつまり、あの金髪美男子やそれに匹敵するのがいるかもしれないってこと。流石にあれクラスと相対するのは勘弁したい。強いってのが分かるだけでどのくらいってのは曖昧だしさ。

 

 ……あれ、つまり困難極まりないのって俺のせい? 早速やっちまったかな?

 うーん、まあでも仕方ないよね。誰がどこをどう見たって、悪いのは黄金像を壊そうとしているこっち側だし。


「そもそもさ、何が目的で壊そうとしてるんだ? あれやったら世界の敵一直線だぜ?」

「構うものか。欲しい物があると聞いたな? その通りだ。あの像の下に眠る秘宝を奪い、あの忌まわしき女への復讐の足掛かりとする。そのためなら、他の何もかもがどうでもいい」

「復讐、復讐ねえ。そいつは何とも穏やかじゃないことで」


 かんと、話を聞いた俺は白いカップのふちを人差し指の爪で小突き、つい音を鳴らしてしまう。


 復讐。それは最も甘美でありながら、けれども決して満たされることのない悲劇と飢餓と快楽の炎だけの道。

 そんな文脈を結構昔に大工房で読んだ気がするが、事実その通りだと思う。

 どこまでいこうと救いのない救いの道。やって後悔するかはともかく、やった後には燃え尽きた自分という灰だけが残るのみなのだから。


 ま、一番大事なのは己の気持ち。人の道に沿っているかはともかく、人生懸けるにはしっかりとした動機だと思うよ、うん。

 しかし秘宝、眠っているのは秘宝と来たか。

 そんなもんあるんだあの下に。地下の存在すらも初耳だし、もしかしたら王都の柔らかく大きな椅子でふんぞり返ってるお歴々も知らないんじゃないかな?

 

「貴様も復讐は無意味と宣う類か? 復讐は何も生まないとっ! 奪われたことのない、無知で恥知らずなゴミ共のようにッ!!」

「い、いいや? いいんじゃない、復讐。大事なのは自分の気持ちだと思うぜ。まじで」

「どうだか。どうせ腹ではせせら笑っているのだろう? この無様で、情けない、愚劣極まる私のことをっ!!」


 思いはともかく、どういう反応を返せばいいか困っていると、痺れを切らしたように机を叩き、フォークの穂先と共に勢いよく俺へと覗き込んでくる。

 近い近い。顔が近くてドキドキしちゃう。まあフォークの先端が皿に近いから、既に違う意味でドキドキしちゃってるけども。


「落ち着け。別に笑っちゃいない。ほんとだ。だからそれを収めて座ってくれ、な?」

「……すまない、取り乱した。やはり駄目だな、私は」


 なるべく冷静に、余計な怒りを買わないよう優しく告げると、憤怒の形相から一転。思いの外素直に、そして気落ちしながら退いてくれるシルフィナ。

 どうにかこの場は切り抜けたと、自省しながらコーヒーを飲む彼女に安堵しつつも、ちょっと注目を集めちゃっていたので周りへ謝罪の一礼をしてから俺もコーヒーを一口。……苦い。


「あー、それで何されたの? 復讐したいのってあの金髪エルフのお姉さんだろ? ……男取られたとか?」

「そうだとも。あいつは私から全てを奪った女だ。時間も、魔法も、名誉もっ! 初恋さえっ、何もかもだっ! 許せるものかッ!! 絶対にッ!!」

「おおっと。だから落ち着けってシルフィナさん。どうどう」


 シルフィナは再びテーブルを直接攻撃。さっきよりもいい音を立てて、今度は店員さんにすらちょっと怪訝な目を向けられてしまう。

 だが俺も学習しないわけじゃない。今度は二度目だったので動揺することなく事前にカップを手に持って回避。やるもんだね、俺も。

 しかし全部、全部と来たか。それは随分と根深そうなことで怖いことで。

 

 ……うん、まあでもしょうがないか。

 人間なんて何を溜め込んでるかなんて分からない生き物だ。

 どうせ詳しく尋ねても話してはくれないだろうし、ここは恨みってのは怖いねで片付けてしまおう。それが世を円滑に渡るコツってもんさ。

 

「それでどうする? 私に乗るか? それとも呪いに侵され死を選ぶか?」

「……あー、一応聞くけどさ。俺が君の提案を受けて目的を達成して、それで俺の呪いが解かれる確率ってどのくらい?」

「知らんよ。垂らされた糸に縋るか、地に落ちる粒を探すか。お前の末路など、その程度の違いかもな」


 なるほど、つまりはどっちも絶望的。素性の知れぬ怪しげな悪魔の手を取るか、それとも荒野を孤独に当ても歩くかってわけだ。

 なら話は簡単だ。というよりも、この提案を持ちかけられた時点で決まっていたのだから、いちいち真剣に悩む必要などないだろう。



「うん、まあいっか。いいよ。壊しちゃおうか、あの黄金像」


 

 というわけで即答。それも世紀の大悪党になるにしては軽いなと、自分でも苦笑いしてしまう程度にはあっさりな返答。

 恐らく俺が考え込むと思っていたであろうシルフィナは、目の前の男の決断の早さと軽さに面食らってしまったのか、ずっと余裕ぶっていたその顔から表情を落としてしまう。


「……正気か? 安請け合いなど愚の骨頂でしかないだろう」

「正気正気。元々よっぽどでなければ頷くって決めてたし。じゃなかったら、こんな呑気にパフェなんて食ってられないって」


 俺のあまりの即答っぷりを前に訝しげに、それはもう疑いの目を向けてくるシルフィナ。

 まあ当然だ。こんな一生を左右する決断など、それこそ一晩は考えてから決めるべきことだと思う。

 けれどそんな時間は無駄。俺としては悩んでも変わらない答えなんて、それこそ悩むだけ無意味で疲れるだけだ。


「俺の目的は呪いを解くこと。失われた賢者の都なんて荒唐無稽を当てもなく探すよりは、目の前の美女が伸ばしてくれた希望の手ってやつを掴む方がずっと後悔しなさそうでいい」

「騙されてるとは思わないのか? ここまでを踏まえたら、私を信じる要素など皆無に等しいはずだ」

「それならそれで構わない。信じた俺の目が節穴だったと、騙された後にでも後悔しながらやけ酒に耽ればいい。それに正直なんだろう? シルフィナさんは。ああそれとも、さっきのも俺を陥れるための話術だった?」

「……違う」

「ならいいじゃん。貴女は言った、俺は信じた。それでお互い得してる、最高っ」


 下心だって当然ある。都合のいい甘言など大概は禄でもない嘘っぱちだってのも理解してるつもりではある。

 だがそれ以上に果たすべき目的がある。

 ないのは一番欲しい猶予だけ。いつ俺が消えてしまうのかもさっぱりな現状、降って湧いた好機を見逃していいはずもない。

 だから俺はシルフィナの手を取ることにした。俺の言葉は軽くとも、その決断に嘘はないつもりだ。


 まあでも、性根的には周りに迷惑かけちゃうことへの罪悪感は普通にある。

 一番は妹、次点で友人。他人にはほんのちょっとだけ。

 まあ仕方ないよね。誰とも血が繋がっているわけでもなし、最悪二度と会わず名を変えて独り身だって吹聴すればそれで済む話だ。きっと魔法使いとして大成してるはずの妹が元気にやってる姿を、一目くらいは見たいけどね。

 

「それにさ。ここだけの話、惚れちゃったんだ、君に」

「……はっ?」

「一目見たときビビーンと来てね。だから惚れた女に協力してあげたいってのが、心の奥で隠しておきたい何よりの動機なのさ」


 クソみたいな動機ながら、それでも色々考えた末での決断ではあるけれど。

 真面目に捉えられないように出来るだけ軽く、シルフィナの琥珀色の瞳を見つめながら、まさに適当といった調子で告白紛いに本音を告げてみる。


 そんな俺に対しシルフィナは、案の定信じられないと、数瞬ほど口をあんぐりと開けてしまう。

 うん、そういう顔もいいね。実に可愛らしい。

 まだ会ったばかりだからか、それとも恋してしまったからか、いずれにせよこの一日で色んな顔に心臓が弾んじゃって仕方ない。やっぱり恋ってのはいいものだ。


「……おかしいんじゃないか、頭」

「おかしいんだろうね、実際。長いこと引きこもっていたからか、人の百倍は適当なんだ。まあちょっとの長寿自慢なんて、悠久を生きるエルフ相手じゃ滑稽極まりないか。鼻で笑ってくれて構わないよ」


 我ながら上手いこと言えたんじゃないかと感心しながら、カップに残っていた最後の一口の苦さを堪能していく。


 これはどこまでいっても自分の我儘なんだが。

 俺にとっては本気の恋だが、シルフィナには本気で捉えて欲しくはない。要は重く考えてもらいたくはないのだ。

 確かに恋は人生で一二を争う大事だが、それでも今は呪いを解いて自由を得るのが最優先。残念ながらそこだけは曲げられない。

 嗚呼、運命とは実に残酷なものだ。どちらも取れるのなら、それ以上の勝ちはないんだけどね?


「……信じるに値しないな。だがそのくだらない妄言が偽りでないのなら、今宵あの広場に再び来い」

「え、いいけど。集合場所そこで平気? 具体的には何時くらい?」

「……さあな。その意志と戯れ言が真のものであるのなら、貴様は私を見つけられるはずだ」 


 最早言うことはないと立ち上がり、席から離れようとしたシルフィナ。

 そんな彼女にもう行っちゃうのかと少し残念がりながら、そういえばと一つ言いたいことを思い出す。


「ああそうだ。最後に助言というか提案なんだけど、その外套は変えた方がいいよ。流石に同じ恰好で同じ犯行現場に戻るのはおすすめできないからさ。あとちょっと臭う」

「……ちっ」


 俺の忠告に何か答えることもなく、シルフィナは深く外套を被り直し、置き土産とばかりに大きな舌打ちを残して店内から出ていってしまう。


 あらら、行っちゃった。支払いが当然のように俺持ちなのは別にいいんだけど、せめて助言だけは素直に聞いて欲しいものだ。

 まあ変えられちゃったらどうやって見つければいいか分かんないんだけど! その時はその時だよな、なーはっはっはー!

 

「……やれやれ、とんだじゃじゃ馬だ。……へいそこの店員さん! この黒コーヒーとやらをもう一杯追加で! あとおすすめの、出来るだけ小さな甘味を一つよろ!」

「かしこまりやしたー」

 

 話も終わったことだし、このまま俺も店を出たって良かったのだが。

 まあせっかくこんな馴染みのない場所に来たのだし、もう少しくらいは楽しんでいこうと近くの店員さんに注文する。

 さて、次は何が出てくるのだろうか。あれほどの品を出せるのであれば、きっと次も俺を愉しませてくれるだろう。


 そんなこんなで新たに運ばれたケーキとコーヒーを楽しみ、甘味という未踏の喜びを与えてくれた喫茶店カフェに満足だと頷きつつ。


「お会計八千三百マニーでっす」

「うい」


 それでも会計時に伝えられた、木こり時代の五日分程度にもなる食事代に流石は王都だと嘆きながら、友から貰った財布を取り出してお金を払う。

 なるほど、実に結構なお値段で。

 昨日今日を満喫しすぎて割と心配になってきたな。我が友から頂いた、なくなればその辺の草を食べて生きるしかなくなる唯一の生命線も。


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