さあ大変、抱いてしまったこの想い

 俺は遊んだ。他人から貰った大切な路銀だということも忘れ、それはもう遊びまくった。

 食べ歩き。屋台の出し物に遊技場での合法賭博ギャンブル。それこそ目に付き興味を惹かれた色んな事。

 それこそ時間も忘れ、空の色すらお構いなしに散策しまくりの楽しみまくり。まさに気分は天国よ。

 

 ……まあそんなことをやっていたら、当然しっぺ返しは来るわけで。

 浮かれ気分で紹介された兎の尻尾亭なる店に行ってみれば、朝には全部屋が埋まっちまっていたらしいと断られてしまった。


 煮込みハンバーグも食べられず。ベッドやシャワーも使用出来ず。その上で今日の宿までないと来た。

 まあないものは仕方がないと、その後にしばらくは他の宿も探してみたが結果は徒労。祭り当日に取れる宿など、それこそ格安の屋根が付いているからお金取りますよと言わんばかりのボロ宿だけ。

 正直、なんであんな店が王都で生き残れるんだか。

 寂れた我が家よりましな程度でしかない古い宿から去りながらそう思ったが、こういう浮かれて困ってる阿呆がいるから成り立っている商売なんだろうなと納得してしまう。


 というわけで今日は野宿だ。

 遙々王都まで来て、まさか路地裏でごろ寝することになろうとは。

 まあ人生なんてそんなもんでしょう。贅沢三昧から路上生活へと急転落、逆もまた然りってね。

 

 そんなわけで。

 今日買った葡萄酒のボトルを片手に、どこで寝るかを悩みながら深夜の街を歩いていく。

 あんなにも騒いでいた祭りの活気もどこへやら。

 真夜中が街を静寂に変えるのは、この王都クラシモトであっても例外ではないらしい。


 しかし警戒は必要だ。大小なんて関係なく、結局路地裏なんてものは訳あり人が蠢く暗い場所だ。

 一夜のために踏み込んでしまえば、たちまち人の悪意と欲望に絡み取られてしまう。ちょっと剣が使えようが、少し人より動けようがどうにもならないこともあるのだ。


 そうだ。せっかくだし、どうせ寝るならそんな辛気くさい場所じゃなくて中央広場にしよう。

 あそこであれば怪しいやつも寄りつかないだろうし、夜であっても少しは心地良いはず。

 なあに慈悲深き賢者様であれば、一晩くらいなら迷える子羊の滞在は許してくれるだろうさ。


 心の中でそんな言い訳をしつつ、酔いも回って気分良く、ボトルに口を付けて歩きながら再び中央広場へ。

 黄金の像は変わらずそこにあるが、昼と夜では雰囲気というのも様変わりして実に静かであった。


 うーん予想通りのいい静寂。ここならさぞや快眠出来るだろう。


 そう喜びながら寝床を探そうとしたのだが。

 中央広場へと足を踏み入れた瞬間、何故か空気が変わったのを知覚してしまう。

 何というかこう、踏み入れてはいけない気配っていうか違和感というか。

 

 何にせよ、少しおかしいと踏んだ俺はキョロキョロと見回してみる。


 すると視線の先。

 聳え立つ黄金像の下で倒れていたのは、警備兵らしき二人の男。そしてそれをやった本人であろう、くすんだ灰色の外套を纏ってその場に立つ謎の人物。


 ……いや、謎ってわけもない。見覚えがある。

 あれは昼間のえらく棘のある気配を漂わせていた、祭りに合わない辛気臭かったやつだ。

 

「……わお。事件だね、こりゃ」

「……っ!」

「なあそこの人。この惨状は一体──おっと」


 何やら面倒事の気配を感じつつ。

 けれども出くわしてしまったし、一応誤解があるかもと、とりあえず声を掛けようとしたその瞬間だった。

 俺の言葉なんて待つ間もなく迫る外套の人。

 謎の人物は暗闇を駆け、俺の心臓目掛けて短剣を突き刺してきたので、咄嗟に持っていたボトルで切っ先を受け止める。

 

「危ない危ないってああ、俺の酒が……。ちくしょう、これなら剣で受ければよかったぜ」


 受け止められたことに驚いたのか、俺が軽くボトルを振るとすぐに一歩飛び退いた外套の人物。

 だが悲しみたいのは俺の方。何せ手元にあるのはひび割れ砕けたマイボトル、そして垂れ落ちる中の葡萄酒ちゃん。

 中で俺に飲まれるのを待っていた大切なお酒ちゃんが地面の染みになってしまい、その悲しみを零しながらもボトルを剣代わりに肩へ置きながら、相手から目を離さぬように歩きながら尋ねてみる。


「あんた、昼間もここにいたろ? 見覚えあるぜ、さては巨大な黄金目当てか?」

「…………」

「だんまりか。まあいいさ。話したくないのならそれも自由。意思だけ示してくれればそれだけで十分だ」


 反応から言葉自体は通じているのであろうと結論づけ、ちょっとだけ安心しながらも思考を回していく。


 良かった。獣が苦労して二足で立っているんじゃなかった。それならまあ平気だろ、うん。

 そしてどうやら、相手は相当に恥ずかしがり屋なようだ。

 これは花を愛でるよう、丁重にもてなしてやらないとな。襲われたのももてなされたいのも俺の方だけどさ。


 さて、本格的に戦うのはちっとばっかし遠慮したい。

 なんせ今の俺は酔っているしもう眠い。

 経験で分かる。ここでバトったら今日の眠気は引っ込んで、明日が真に辛い感じになってしまう。夜更かしして読書したときや思いついたからってベッドを抜け出して必殺技の練習とかし出したあの日々に嫌というほど味わったあの感覚だ。

 

 それに倒れている二人は死んじゃいないっぽいし、黄金像は未だ一切の傷もなく健在。ならばここは逃がしちゃっても問題ないだろう。


 なあにただの黄金泥棒だったらまたのこのこやってきて捕まるか、それとも更正するかの二択だろう。

 相手がどんな若人か老人かは知らないが、この撤退をきっかけに人生を見つめ直すこともあるだろう。そこは俺のあずかり知らぬ、どこまでいっても他人ひとの歩みってやつさ。


「どうだい? 君が割ったこのお酒に免じて、今回はここらで手打ちにしないか? あんたは強いんだろうが俺も弱くはない。ここで数分もやり合っていたら、代わりの警備や衛兵、或いは騎士なんかも飛んで来るだろう。俺としてはここらで幕引いて、今日は楽しい一日でしたねで締めたいんだけどさ?」

「…………ちっ」

「うんおっけい。もちろん背中は狙わないさ。次がないことを祈ってるよ」


 俺の名案に乗ってくれたのか、外套の人物は戦意を解いて短剣を下げてくれる。


 そう、それでいい。

 俺も死なないしそちらも死なない。何なら無様に転がっている警備の方々も死なない。誰も死なずにことが終わるのであれば、それはもう何もなかった同然のこと。

 いいね、実に平和で結構。なのでどうぞお引き取りを。後から来た人には、俺がしっかりと逃げていったと証言してや──。


「うっそ、普通そこで仕掛けてくる? 完全にお開きな流れだったじゃん」

「……飲んだくれのくせに*********

「そんな飲んでない。今日はまだこの一本だけ……ん?」


 これで一段落と思っていた矢先、先ほどよりも明らかに速い、殺す気の刺突で繰り出された奇襲。

 

 だが今度はさして戸惑わず。

 割れたボトルの入り口部分に刃をはめ込んで受け止め、少しだけ何かに引っかかりながら、次はどうするべきか考えようとしたのだが。

 けどやばい。お、思ったより、というか大分力が強い。

 あやべっ、ちょっと避けようとしたらふらつ──。


「あっ」

「……っ!!」


 二人揃って倒れ込んでしまうも、どうにか相手を傷つけぬようにボトルから手を放し、そのまま地面へと手を付ける。


 だが咄嗟且つ不慮であった転倒に、俺の手は思うよう動いてくれず。

 右の手は少し下の、酷く柔らかい位置。そしてもう一方は狙い通り、外套の人物の顔の真横に。

 

 その最中、偶然にも外套の頭巾は落ちてしまう。

 月夜の光に、そして偉大なる賢者様の黄金の光に晒され、くすんだ灰色の外套の中にあったその素顔が露わになってしまう。

 

 その人物は美しかった。

 どこまでもどこまでも美しい、一本の銀色の華であった。

 

 白みがかった小麦色肌と、夜空に煌めく星の光を宿したような銀の髪。

 瞳は左右同じく琥珀。ただし彼女にいつぞやのエルフのような眼帯はなく、両の目がはっきりとこちらを見つめてくる。

 瑞々しく艶やかな、けれど下品に思えないほど自然な薄桃色の唇。右の耳に月の形をした金のピアスの付けた、人間や他人とは違う横長の三角耳。

 そして鼻を擽るのは汗と土の臭いと木と女の匂い。


 そのどれもが鮮烈に、脳が痛むほどの衝撃を奔らせてくる。

 その瞬間に思い出して重なったのは、かつて偶然にも巡り会い、俺へ四度目の恋とりんごと呪いを与えてきたあの金髪のエルフ。


 重なる。重なってしまう。

 当然だ。だって目の前の彼女は、髪と瞳の色さえ異なれど、その造形は瓜二つなのだから。


 嗚呼、美しい。

 今宵の酔いは呆気なく醒めてしまうその衝撃は、まさに遠き昔を最後にすっかりと忘れていた一つの感情の目醒めだ。

 

「き、綺麗だ……」

け、獣っ***!!」

「あ、あーその。うん、ごめ……いなくなっちった」


 つい呟いてしまったその一言に、彼女は顔を赤くし怒りに染めながら手足の両方で俺を押し飛ばし、そのまま距離を取る。

 そして一瞬だけ鋭く睨みつけてきた後、そのまま跳び去っていき、瞬く間にその姿は街の奥へと消えていってしまう。


 けどそんなことはどうでもいい。

 が一つだけあったけど、そんな些事はまったくもって重要なことじゃない。


 ああまずい。変なこと言っちゃったし、酔っ払った姿見せた上に、偶然だけどおっぱいまで揉んでしまった。

 大変良きかんしょ……ああげふん。そうじゃない。彼女は一体、何者だったのだろうか。

 

「君、ここで何があった!? 鼻血が出ているぞ!?」

「……あーうん。一言で言えば、俺もよく分からないかな」


 情報量が多すぎてぽけーっとしていると、慌てて広場へと駆け寄ってくる警備の方々が。


 強く肩を揺すられながら説明を求められ、これは一日の終わりが遠くなるなと心の中でため息を吐いてしまう。

 だからこの後のために精を付けようと酒を逃し込んでやろうとするが、肝心のボトルが割られて駄目になったことを思い出し、今度は心の底からため息を吐いてしまった。






 勤勉な警備の方々に連れられて、事情聴取のために一夜を彼らと共に過ごした。

 まああの後すぐ、倒れていた警備の連中が起きてくれたおかげで俺の無実は早々に証明されたのだが、それでも途中までの恐ろしい恫喝は当面夢に出てきそうだ。

 

 最初こそ嫌で仕方なかったが、今は別に不満はない。それどころか、この事情聴取に感謝すらしている。

 何故なら疑った詫びと協力してくれた礼を兼ねてと仮眠室とシャワーを貸してもらえたし、せっかくだからと食堂で朝食まで奢ってもらえたからだ。

 嗚呼、何と優しい人達なのか。

 疑った詫びだと彼らは言っていたが、それでもこんな酔っ払いにそこまで恵んでくれるとは。

 やっぱり駄目元で頼んでみるもの。それとも恐喝紛いの尋問に罪悪感でもあったのか。

 

 まあいいさ。彼らの腹にどんな本音であろうとも、この街の住人でもない俺にとってはどうでもいいことでしかない。

 そんな感じで爽やかな一日の始まりを迎えた俺は、晴れ晴れとした空の下、祭りが終わりながらも活気に溢れた王都を観光気分で散策していき。

 そうして街の中でも一番可能性のありそうな、警備の方から聞いた大図書館なる場所にでも行って情報収集でもしようと思ったのだが──。


「やあやあ。まさかこんなにも早く再会出来るとは嬉しいね。それも随分と熱のあるアピールだ」

「……ちっ」


 ちょっと気配を感じたので裏道に入ってみれば見事的中。

 不意打ち。それも屋根から飛び降りての、昨夜と変わらぬ殺意全開な強襲が俺を襲ってきたではないか。


 やっぱり近道しようとするもんじゃねえな。

 今度は剣で、まあ抜剣してないから正しくは鞘で受け止めたから問題ないけどさ。


「なあお嬢さん……ご婦人? お姉さん? あー、何てお呼びすれば?」

「好きにしろ。どうせこの場限り、数分後には貴様なぞ物言わぬ骸と化すのだから」

「なるほど、口封じ。ふふっ、なにをとは聞かないさ。今日はまだ素面シラフ、そこまで野暮でも鈍感でもないつもり」


 昨晩と同じく、くすんだ灰色の外套を纏い全身を隠したその女性。

 だが俺は知っている。その見窄らしい皮の中には俺の貧弱な語彙では言葉では表現出来そうにない、俺の五度目の恋を奪っていった美しき女性がいることを。

 

 しかし怖い。

 ほら見て、鞘がへこんでちょっと罅が入っちゃってる。昨日の威力を考慮してちゃんと魔力込めたんだけどな。恐ろしいね。


「人間風情が、それもこんな酒臭い輩が私の刃を二度も受け止めるとは。……ちっ、やはり相当に鈍っているな」

「そこは俺を褒めて欲しい所だね。敵ながらあっぱれと、それはもう讃えるような賛美をさ」

「くだらん。いい気になるなよ、飲んだくれ風情が」


 何て辛辣な物言いなんだ。俺とて所詮は人、傷つく程度の繊細さは持っているつもりなんだけどな。

 それに今は酒を飲んでいないしシャワーだって浴びた。そこまで臭くないはず……臭くないよね?

 ちなみにだけど、臭いで言ったらお姉さんも中々だよ? お金ないのか知らないけど、ちょっと酸っぱい──。


「余計なことを考えるな。次の一文字を吐く前にその喉笛を掻っ切ってやろうか?」

「おお怖い。まあいいや。それにしてもエルフ、銀の髪の女エルフ。お伽噺に出てくるような、遠い歴史からの来訪者。そんな貴女が、何故にあの黄金像へ手を出そうとしたのか。如何に美と智と力を兼ね揃えた長命種といえど、大体のものは手に入れられる金の魔力には抗えない。そういうわけだったり?」

「くだらん、金になぞ興味はない。私の狙いはその下、だっ!」

「おおっと」


 会話なんてする気はないと、結局息つく間もなく短剣で突き続けてくる女エルフ。

 紙一重で受け続け、流石にこれ以上は鞘が持たないと判断した俺は、回避して女エルフの腕を掴んで流れのままに地面へと組み伏せる。

 うーん捕縛成功。大工房で体術も学んでよかった。

 けどごめん、暴れないで欲しいかな。そうも力任せにじたばた暴れられると、思わず折っちまいそうで逆にやばいから。お願い。


「なあ言ったろ? 俺は別に弱くはないって。だから平和的にいかないか? 俺だって事情聴取をもう一回なんて嫌なんだ。どうかその短剣と殺意を収めて、是非とも言葉を交えようじゃないか? 美しいエルフの方?」

「お断りだ。貴様のせいで絶好の機会を失い、素性すら暴かれてしまったのだ。命をもって償おうがまだ足りん」

「素性? ああ、それは心配いらない。警備の連中には君の顔なんて見ていないと話した。昨日の襲撃者は依然、その灰色の外套を身に纏った素性の知れぬ謎の人物。嘘みたいな話だろうけど是非とも信じてほしいかな」

 

 説明しながら宥めていくと、やがて徐々にだが女エルフの力が緩み、怪訝そうにこちらを睨んでくるだけになる。

 その様子に軽く安堵し一息つこうとした瞬間、こちらの緩みを見計らったように振り払おうとしてきたので傷つけないように捕まえ続ける。


 そうして数秒経つと、今度こそ諦めたのか大人しくなってくれた女エルフ。

 まあ油断は出来ないね。麻酔や睡眠魔法を用いず獣の捕獲するときは、膂力もそうだがいつ暴れるか分からないのが恐ろしい所。

 しかしいいね、女だったらじゃじゃ馬ってのも嫌いじゃない。

 流石に命のやり取りでぶつかりたくもない相手にそうされると面倒極まりないが、恋した相手にそうされるってならまあ悪くない気分ではある。そんな俺はどうなんだろうね?


「……どういうつもりだ。私に情けをかけたと?」

「いいや? 彼らと話した感じ、貴女の首には金も掛かってなかったようだしね。そこまで話す必要性を感じなかったまでさ」


 本音は一目惚れしちゃったから話したくなかったとか、そんな下心は言えるわけもなく。

 まあ実際、黄金像に危害を加えようとしたのがエルフだなんて素直に話していたら最後、拘束される時間が数倍に延びていたかもしれない。

 流石にあれ以上の足止めは勘弁だったし、別に王都に税を払う市民というわけでもない俺が付き合ってやる義理はそこまでない。ここは最低限の義理は果たしたということで、どうか手打ちにしてほしい。

 

「しかし一生にこんなに美しいエルフと出会えるとは、それも二度。どうやら俺の女運はいいらしい、結ばれる運命さだめかは別として」

「……エルフに会っただと? 待て貴様、あいつと同じ臭いを……なるほど。ふっ、さては貴様、あの女に呪いでも掛けられたな?」


 女エルフは数度鼻を鳴らした後、急に余裕ぶった嘲笑を浮かべながらこちらの呪いについて言い当ててくる。

 そのせいで思わず力が緩んでしまい、その一瞬の隙に女エルフは俺から抜け出し間合いから外れてしまう。

 

 だが、またもやり直しかと悔やんだ俺へ短剣が迫ることはなく。

 女エルフは気が変わった言わんばかりに態度を変え、戦意はないと短剣を仕舞ってしまうではないか。


 だが俺は逆に剣へ手を掛けざるを得ない。

 惚れた女に刃なんざ向けたくないが、俺にとって彼女が匂わした情報の切れ端は天から垂らされた一本の糸のよう。

 何か知っているのならここで逃がすわけにはいかない。傷つけたくなんてないし彼女手を抜けないほど強そうではあるが、返答によっては一度本気で戦う覚悟を決めなければ。


「何か知ってるのか? そもそもの話、何故呪いにかかっているなんて分かる?」

「なんだ、目の色が変わったな。いいな、実にい。その方が幾分かましな面だぞ。私好みというやつだ」


 そう言いながら女エルフは被っていた頭巾を脱ぎ、昨夜のようにその端正な顔を露わにする。

 銀の髪に琥珀の瞳。だがその耳は三角にあらず、普遍的な人の耳。……見間違い、だったのか?

 いいや、彼女は自分がエルフだという言葉を否定しなかった。

 聞くに堪えない妄言だと捉えられていないのなら、やはり彼女はエルフのはずなのだが──。


「気が変わった。付き合え人間。あの女に絡め取られた者同士、精々傷を舐め合おうじゃないか」

「舐め……あーうん。そうだね、平和にいけるならそれが一番。あっちでお茶しよう」


 おっと危ない。反復しかけた何でもない一言に、ちょっとよろしくない想像をしちゃったこのおめでたい恋愛脳を自省しなければ。

 しかしよかった、ともかくもう戦う意思はないらしい。これにて一件落着ってわけだ。


 話で終われるのなら気は楽だと、剣を抜くことなく手を放し、踵を返し表通りへ進むエルフだったはずの美人の隣へと小走りで隣へと並ぶ。

 狭い路地ながら二人で歩き、そして汚物を見るような冷たい視線に気さくに手を振って返しながら、この細い路地裏から抜けていった。


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