そうだ、王都へ行こう。着いた。

 友人との酒盛りを終え、一つ地元の町への心残しをなくした俺は、気分晴れやかに王都クラシモトへ向かっての旅を開始した。


 のんびりとまでは行かないが、初めての歩き旅をちょっとした冒険気分に浸りながら、そこまで景色の変わらない平原を歩くだけ。

 幸いにして、王都までの道のりはある程度整えられており、道のりから外れなければ大した苦労はなかった。

 

 そうして歩いたり走ったり酒飲んだり歌を歌ったり、若干飽きながらも何だかんだ楽しく進んでいくこと数日。

 そして気の良い商人に腰の剣を見られ、護衛として荷台に乗せてもらってまた一日経てば、ついに王都クラシモトはその壮大なお姿を現わしてくれた。


「おおーいトゥール! 見えたぞ街がー!」

「うえーい。うっぷ、どれどれ……おおっ!」

 

 ガタガタと揺れる荷台の上で、酒のせいではない酔いに苦しんでいた俺を呼んだ商人の声。

 その野太い声にどっこいせと体を起こした俺は、どうにか荷台から顔を覗かせてみる。

 するとこの目に映ったのは、どこまでも大きな城壁に包まれた街であった。


 柄にもなく、感動の声を声を上げてしまう。

 あれが王都クラシモト。小さな町やら村に住んでいれば、一度は憧れる王の城のあるこの国ダイトウの中枢。

 なんぞというものあれだが、規模からしてハジマータの町なんぞとは大違い。まあ俺はあの馴染みの故郷だって負けてないとは思うがね。

 

 さて。

 まあそんなすごい街まで着いたわけだが、今回は門前払いの心配はない。

 こちらには友から貰った金があるのだから、門で止められるなんて出鼻を挫かれる事はない。仮に駄目だったとしても、隣には仲良くなった商人のおっちゃんがいる。最悪頭を下げて身元を保証してもらえば入ることが出来るだろう。

 

「それじゃあなトゥール! 護衛助かったぜ! 縁があればご贔屓にだ!」

「こっちこそ、ここまで送ってくれて助かった! 機会があったら遠慮なしに割り引いてくれよ!」


 まあそんな事件はなく、無事門を通ることが出来た俺は送ってくれた猪豚人オークのおっちゃんや馬達と別れ、ぶらりぶらりと街を散策を始める。

 右も左も人や店だらけ。色んな種族が行き交い、ただただ祭りを楽しんでいる。

 さっき門番から聞いて初めて知ったのだが、偶然にも今日は年に一度の賢者祭で、ただでさえ溢れる活気も倍増ってわけらしい。こりゃ良い時期に来れたってもんだ。


「毎度あり! お兄さん旅人かい?」

「ああ。偉大なる賢者の都を探してる、そんな健気な夢追い人さ。夢があっていいだろう?」

「ははっ、確かに! もう一つ買っていったら都も近づいてくれるんじゃないかい?」

「口が上手いね店員さん。ならもう一個追加で、今度はそこの魚ミンチのやつで」

「毎度あり! お兄さんの旅に幸あれ!」


 別嬪な猫人店員の口に乗せられて、二つも買ってしまった屋台のコロッケを頬張りながら街を進む。

 さっくさくで肉汁豊富。丁度良い量掛けられたソースが何ともまあマッチしてたまらない、酒場でつまむのコロッケとはまた違う方向性の美味。

 流石は王都。味噌汁など、伝説の孤高の賢者が遺した美味が集う場所。

 ただの露店でもこれほどのものが出せるとは。大っぴらに鞄を開いて酒を出せないのが残念で仕方ないくらいだ。


 しかし俺とて良識の一つや二つはある。酒はあくまでよその方の迷惑にならないようにだ。

 もちろん良識ばかりでもなく、この鞄の偉大さに気付かれたくないとか色々考えていたりもするのだが。

 まあ何よりの理由は、初めての街は素面シラフで巡りたいなんてありきたりなもの。せっかくの祭りであれば尚のこと、酒は一日の終わりにたっぷりと飲むとするさ。


 ……えっ、情報収集? 

 何言ってるんだ心に燻る理性君よ。何事もまずは楽しんでこそ。そうしていれば必ず道は拓けるというものだよ。はっはっはっ。


「へいそこの酒好きそうなお兄さん。相当の酒好きと見込んで勧めたいんだが、良ければ買っていかないかい? すずろい葡萄から作った十年物の一本さ」

「すずろい葡萄だって? それはすばらしい! 一本なんて言わずにちょうだいな!」


 ……まあその、買うだけならセーフ。往来で飲まなきゃセーフ。そういうことよ。

 なあにこんな人だらけの場所だ。一旦人混みから外れてから仕舞えやバレたりなんかしないはずさ。


 葡萄酒もいい。俺は基本的にシュワシュワと弾ける酒が好みだが、よっぽどでなければ何でもいけるし楽しめる。

 ましてやすずろい葡萄。地元じゃまずお目にかかれないちょっと高めの葡萄酒だし、買わないわけにはいかないだろうさ。


 とりあえず、今日の所は食べて遊んでってことで。

 余計なことは考えず、ぶらりぶらりと楽しまなきゃそんそん。難しいことはその後にしてしまおう。

 

 そんなこんなで買い食いを進め、適当な露店を見て回り。

 途中金のりんご飴なんていう、ちょっとどころか結構心臓がびくつくようなものとも巡り会いつつ楽しんでいると、随分とまあ開けた場所へと辿り着く。

 

 巨大な噴水。

 イベント用の大舞台。

 そして出店の数もさるものがながら、一番に目を惹くのはやはり中央に聳える巨大な黄金の像。


 中央広場らしいここに祀られているのは長杖を突き、立派な顎髭を蓄えた、我が友ミニDディーとよく似たご老人。

 黄金は陽の光に照らされ一層輝きを増し、けれど直視しようが不思議と目が眩むことのないそれは、まさしく奇跡の産物と言い表しても過言ではなさそうなご威光を溢れ出させている。

 

 なるほどね、あれが噂に聞いた王都の黄金像。

 この国で暮らしていれば、例えどんな辺境の村でさえ聞いた事はあるであろう国宝にして最重要遺産。

 伝説の孤高の賢者様ことスゲーナ・ウソダケドを祀ったという、永遠に奪われぬ栄光ってやつか。


「ああ! 愛しの君よ! 僕を照らす太陽、アイサよ! どうかこの愛の証を受け取って欲しい!」

「ええ、ええ! 貴方と共に永遠を! 死が二人を分かつまで!」


 より近くで見てみたいと、同様の目的であろう人の流れに従いながら近づいていたときだった。

 前方、ちょうど黄金像の真下辺りで声を張り上げながら、女性に向かって膝をつく男が高らかに歯の浮くような台詞セリフを叫び始める。

 そして周囲が少し静かになったと思えば次の瞬間、その女性は男の手を取り口づけを交わすではないか。


 実に熱烈な、つい息を呑んでしまうほどのキス。

 直後に湧き立つ歓声。祝福が、嫉妬が、興奮が急激に膨れあがる人々の声に、俺は思わず注視しながらも耳を塞いでしまう。


 嗚呼、あれはもしや公開プロポーズ。そんな面白イベントがあれば人々が騒ぐのも当然か。

 だが少し妙だ。

 確かにめでたくて結構だが、にしても周りの連中の理解がありすぎるような気がする。何ていうかこう、そういうことへの反応に慣れてるような感覚だ。


「なああんた。そう、そこの事情通そうに頷いていたおじさんや。あれは王都の流行りの劇とかそういうのかい?」

「ん? もしかしてあんた、旅のもんかい? はっはっ、なら知らないのも無理はない! であれば親切に教えてあげることこそが我が務め! あれこそが賢者祭における王都の名物! その通称、永遠の誓いってやつさ!」


 気になったので近場にいた後方理解者面に尋ねてみれば、髪の薄いおじさんはやたら饒舌に語り出してくれる。

 

「最初にそれを始めたのは誰なのか。賢者祭の日、あの黄金像の前で愛を通じ合わせたカップルは死ぬまで仲睦まじく過ごせるって伝説の孤高の賢者様から授かるって話さ!」

「はーなるほど。そりゃあんなにもきんきらきんな像なんだ。一つくらいはあやかれるかもってなるわなぁ」

「ちなみにその加護は折り紙付き! かくいう俺も若い頃、ああやって声震わしながらプロポーズしてな? 今じゃこんな薄い頭になっちまったってのに、受け入れてくれた嫁さんに今日まで幸せに尻に敷かれてるってわけよ!」

「折り紙付きね。ああうん、幸せそうで結構だ! ありがとう物知りなおじさん! どうかお幸せに!」


 長々と話してくれた割に、最後には結局惚気なのかと辟易しつつ。

 まあ教えてくれたことには感謝しているので、溌剌と礼を言いながら別れ、俺は若干流されながらも像へと進んでいく。

 そしてもう一回公開プロポーズを目にし、今度は振られた哀れな青年に生暖かい目を向けながら、ようやく目当ての黄金像の前へと到着する。

 

 しかしでかい。まるでずっと昔にいたという巨人タイタンってやつみたいだ。

 そら遠くからでも大きかったが、間近で見ると本当にでかい像なのだと痛感させられる。

 

 おまけに金だ。めっちゃ金。

 足下から見える範囲の上部まで、一部の隙間ないほどきんきらきんな像。まさに黄金像とはこういう物を指すための言葉だろう。

 ……ちょっとだけでも斬って売ったらそれはもう楽しく暮らせるだろうな。まあ警備の方の目が怖いし、まだそこまで困窮してないからしないけど。

 

 しかしやっぱり気になる。

 一度過ってしまえばもうそうとしか思えず、尚のこと気になってしまう。

 何かこう、やっぱり見覚えがあるような。

 青く半透明にしてしまえば、それはもう馴染みのある友と重なって仕方なさそうな──。


「どうしましたか、そこの御仁。偉大なる賢者様の前にしては、随分と珍しい面持ちのようですが」

「ああ。どうにも見慣れた爺さんだなーって。そんな目立っちゃうほどに変な顔だった?」

「いえ、たまたま目に入っただけです。綺麗に言い表すのなら、運命とでも言うべきでしょうか」


 腕を組み、首を傾けながら像を眺めていると、不意に声を掛けられつい体を弾ませてしまう。

 慌てて振り向けば、そこにいたのは苦笑いをした金髪の美男子、或いは美女。

 背丈は俺よりも、そして周りよりも頭一つ高く。女性のようにすらりとしながらも決して貧相ではなくむしろ屈強。声は中性的でちょっと性別の判別は難しく、あー、不躾な視線で悪いがおっぱいでも分からない。

 だが私服姿で立っているだけでも感じ取れる底知れ無さは、つい警戒から腰の剣へと手を掛けてしまいそうになるほど。正直、休日には話しかけてきて欲しくないくらいだ。

 

 ……強いな。それも少しではない、とんでもないほどの腕前ってやつだ。

 めんどくさっ。おまけに顔もいいときた。俺の持っていないものを全て持っていそうなやつだ。帰れ帰れっ。


「ははっ、賢者様を見慣れたとは面白い。どうやら相当似通った御仁とお知り合いのようですね」

「ああ。実に偏屈な、けれど付き合いがいのある友人がいてね。……しかし不敬だと怒らないのかい? 偉大なる賢者様の御前で、愚劣などこぞの馬の骨とも分からぬ爺さんと同じ程度と宣うなんて不敬をさ」

「なに、そのような暴挙は賢者様も望むまいさ。それに大賢者スゲーナ・ウソダケド様の素は温厚なものであったとも伝えられている。案外そういう素朴な見立ての方が、熱心な信徒の過激な解釈よりも正しいかもしれないからね」


 少し警戒が乗ってしまった俺の言葉に、はははと、隣で気安くはにかんでくる謎の人。

 何て爽やかなやつ。まるで戦意のない態度に、構えたこっちが阿呆だと毒気抜かれてしまう。


 ま、こんな祭りの日に往来で暴れる馬鹿はどこにもいないか。

 宿より先にと観光していたからと、怪しいのは街中で帯剣している俺の方だ。ここは全面的に非を認めるべきだ。


 しかしこんな賢者様のお膝元でそう言っちゃうとは。さては結構な変わり者か? この御仁は。


「あんた強いな? それも相当。ふへっ、そんなにも俺が怪しかったか?」

「まさか! しかしこれは失礼した。今日は久しぶりの非番でね? せっかくの祭りをと歩いていたら、他の方々とは違う、少しばかり強そうな人間を見かけてね。そんな男が不思議な表情で像を眺めていたから、ついつい興味が湧いてしまったんだ」

「……非番ねえ。そりゃ安心だ。憧れだった王都に来て僅か一日。伝説の孤高の賢者様への不敬罪、なんて罪でしょっぴかれたくはないしな」


 黄金像の下を去りながら、ちょっとした興味本位で尋ねてみると、謎の人もとい騎士様は躊躇うことなく答えてくれる。

 これは偏見だが、冒険者や傭兵の類は自らの休日を非番だなんて言いやしない。

 それでいてこのただならぬ気配。となれば恐らく相当な騎士か衛兵、誰かの護衛の類なのだろう。

 あーやだやだ、強そうなのに目を付けられたかと思った。酒飲んでなくて良かったよ。


「そうだ騎士様。俺は今日この街に到着したばかりの旅人でね? これも何かの縁。おすすめの宿なんかがあれば是非とも紹介してもらいたいのだが」

「そうだったのか。ならばこの中央広場から北東の道を行った先にある、兎の尻尾亭という場所がおすすめかな。昼は料理屋も開いていてね? 熱々のソースに満たされた極上の肉の塊。私が誇ることでもないが、あそこの煮込みハンバーグは街一番だと吹聴したいくらいさ」

「あー。兎の尻尾亭、煮込みハンバーグ。なるほど、あんがと。今日の夕食はそこで決まりだ」


 騎士様のそれはそれはそそる説明に、俺はその味を想像して思わず唾を飲み込んでしまう。

 いいねぇハンバーグ。お肉の塊にソースをかけた料理。

 ミニDディーがよく作ってくれたが、あれもまた実に酒に合う。付け合わせのポテトも最高だ。

 王都のとあればさぞ美味だろう。

 そういえば地元のは微妙だったってナレットのやつが言っていた気がするな。割と値が張ってたし俺は店で食べた事なんてないけどさ。


「ははっ、役に立ててなにより。では、良き一日を。君とはまたどこかで会う気がするよ」

「そう? 不思議だけど、俺もそんな気がするよ。そちらさんも良き休日を」


 様になった礼をして、するりと人混みへと紛れていく騎士様。

 うーんいいね。ちょっと緊張したが、終わってみれば良き出会いをしたものだ。

 旅ってのはこういう何気ない巡りがもたらす積み重ねってのが彩りを添えていくんもんだって、いつかの夜に読んだ本に書いてあった気がする。


 だがしまったな。

 夕食が決まったのは僥倖だが、せっかくならばおすすめの観光場所も聞いておけばよかった。贅沢な悩みだが、全部を回るには王都はあまりに広すぎるんだよね。


「……?」


 次はどこに行こうかと、そんな贅沢な悩みについて頭を回そうとしていたときだった。

 つい目に入ってしまったのはこの祭りの中で明らかに、それこそ俺なんぞよりも浮いた灰色の外套に身を包んだ人の姿。

 こんなにも祭りだったのに、微塵も楽しんでいるような気配はなく。

 むしろその逆。世の全てを恨んでますってくらいの殺気を発している……気がする。勘だけど。


 ははーん。

 もしやあれかな? 去年ここでフラれたからカップル成立の度に虫酸が走るってやつだ。百マニー賭けたっていいね。誰にかは知らないけど。


 一瞬だけ、何となくだが声を掛けようとも考えてしまうがすぐに首を振って考え直す。

 生憎だが、今日はそういう気分じゃないんだ。

 それはそれは鋭そうな棘のような雰囲気な方。生憎だが、自ら刺されに行きたいほど馬鹿じゃないはずだし被虐的でもない。

 それに今日はせっかくお祭りなんだ。下手に触ったらとても面倒臭そうだし、わざわざ他人に親身になってやれるほど聖人でもないんでね。


 俺は何も見なかったと、すぐにその人物を視界から外して歩き出す。

 そんなことより、この中央広場の出店にも惹かれる匂いがたくさんあったんだから回らないと損。せっかくの祭りが台無しってものさ。

 はてさて何から手を付けようか。王都の冒険はまだ始まったばかり。今日はまだこれからだぜ。


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