やはり格別だ、友から奢られる酒の味は
不意の再会を果たした我が友人こと、だいぶおっさんになったナレットに真っ昼間から一番馴染みであった酒場へと連れられて。
何年経ってるのかは知らないが、それでもほとんど何も変わりのない内装に、まるで最後に訪れたのがつい昨日のようだと口笛を吹きつつ、俺達は互いにジョッキをぶつけて乾杯した。
「ぷっはぁ! やっぱり店で飲む
喉を刺激しながら通り抜ける液体の、得も言えぬ爽快感。
そして周りの喧騒と店の匂い。出された
そもそも俺は酒に大したこだわりなんて持ってない。
上等な酒を味わうときは静かな場所で。
友と飲み合いたいときはジョッキをぶつけあってから喉を鳴らし、感激と共にジョッキをテーブルに叩き付けて。
安酒には安酒の、美酒には美酒の良さがあるのだから比べるべくもない。全てはその場の気分次第なのだ。
しかしこうして友と酒を酌み交わしていると、改めて外に帰ってきたのだとのだと実感出来る。それも変わり果てた我が家へのショックとは違い、良い方向にだ。
「変わらねえなぁその飲みっぷり! おまけに最後に会ったガキのまま! さっぱり訳が分からねえ!」
「はははっ、そらそうさ! 何たって俺も不思議で仕方ねえんだからさ!」
周りの目など気にせず、むしろ周りに負けないように、俺達二人は目を合わせて豪快に笑い合う。
この店の衣揚げはやはり香ばしく、さくさくと抜群の噛み具合で俺の酒を進めてくれる。
嗚呼、しかし懐かしい。
こうして飲んでいると昔を思い出す。久しぶりすぎるかつての日常に、思わず瞳が潤んじまいそうだ。
「しかし十年……十年かぁ。そりゃあお前も髭の似合う男になっちまうよな。その割にゃ
「そうか? 俺からすれば変化だらけ、ここだって店主も代替わりして改装までしてるんだぜ? お前が興味ないだけだろうよ」
相変わらずだとばかりに首を横へと振り、それから再度酒を呷るナレット。
しかしなるほど。変わらねえと思っていたが、それは雰囲気だけで中身は結構変わってるわけか。
例えば通りで話題だった肉屋は閉店したとか、定食屋の看板娘だったシェリーちゃんは禁忌の銃の密売がバレて処刑されちまったとか、世界に七本しかない古代樹の一本が枯れちまったとか。
……結構な大事件が起こってるな。ちょっとびっくりするやつ。
しかしそれなら納得だ! 何せこの店、結構通っちゃいたが店主の顔なんざまったく覚えてなかったからよ! そもそも縁あった店以外はそこまで記憶にねえんだわ!
「なるほどな。つまりその不思議な部屋で長い年月を過ごしたってわけか。……酔ってんのか?」
「酔ってるなぁ。その証拠にほら、この何の変哲もない鞄からこのようにお酒が出てきちゃうではありませんか! ちらっ?」
「うおっ、まじか! それ
ナレットは案の定、俺に疑いの目を向けてくる。
そんな友の疑念に答えてやるように、俺は五本の指で撫でるように鞄を触りながら、駄目押しとばかりにちらりと一本のボトルをちらつかせてみると、ナレットが期待通りの驚き顔を見せてくれたのでつい楽しくなってしまう。
うへへへっ、これが人に財を見せつけている感覚かぁ。……俺きっと、必要以上に金とか持っちゃいけない人種だわ。酔ったついでに見せつけて破産するのが容易に想像つくわ。
「どう? これで信じた?」
「ああ。お前、それを見せびらかすのやめとけよ。絶対目ぇ付けられるからよ」
「ういうい。もちろん分かってるよ、友よ」
言われずともこれだけは死守するつもりさ。
何せこの中には金や剣や命よりも大切な、愛しい愛しい愛しい彼女達がたくさん詰まってるんだ。
例え王様に寄越せと言われてもあげないね。それで国に追われる立場になろうと辞さない覚悟さ。
「まあそんな物証なんてなくとも信じるさ。何さ以前のお前とは肉体がまるで違う。嫉妬しちまうほどに引き締まってやがる」
「そう? 俺的にはちょっと肉付いて腹の肉が六つに割れただけで、気分的には大して変わってないけど」
「間違いなく別物だよ。率直な感想だが、今のお前と喧嘩したらどう転んでも勝てそうにない。まあお前には迫力ってものがねえし、多くの人間には笑ってそれを否定するだろうがな」
ナレットは衣揚げを口に放り込みつつ、真っ直ぐに俺を見据えながら断言してくる。
ふむふむ、そんなに褒めるなよ、照れちゃうだろ?
まあ確かに? 今や時と場合と偶然が重なれば竜だって狩れるかもしれないこの俺だ。昔はどんなに逆立ちしたって勝ち目のなかったナレットにだって負けるつもりはないさ。
けどそうかー、そこまで褒められちゃうかー。照れちゃうなー。称賛って酒が進むなー。ごくごくっ。
「へいそこの可愛い店員さん! 麦酒を二杯追加で!」
「かしこまりー☆」
ひらひらと手を振り、一番近い店員さんに声を掛けると実に快活な声で返事をしてくれる。
愛想良くて金髪でおっぱいがでかくて可愛い店員さん。
……まずい。随分と長く爺と二人きりだったせいか、気を抜くと惚れちゃいそうってくらい女性への耐性がなくなってる気がする。
危ない危ない。今の俺の恋人は鞄の中なんだから、生半可な浮気はしないのさ。
「……ったく、遠慮がないのも相変わらずかよ。それでこそって気分だがよ」
「生憎と相手選びは慎重さ。他ならぬお前が奢ると言うからこそ、今日は気兼ねなくご馳走してもらうのさ」
「そうかい、そりゃ結構。……それでお前は探すのか? 誰もその場所を知らない、ずっと昔に失われた賢者の都ってやつを」
「ああ。何もせずに消えちまうなんて真っ平御免だからな。自由のために、精々足掻いてみるつもりさ」
ナレットの問いに、俺は若干のやけを込めながら肯定を返す。
かつてスゲーナ・ウソダケドが治めたとされる失われた賢者の都、ラクエデン。
そんな伝説の都市を探せとは言われたが、果たしてどこにそんなものがあるというのか。
別にミニ
長い歴史の中で、多くの専門家や冒険者が生涯をかけて探しても見つからなかった幻の場所。
そんなのを素人である俺がどう探せばいいものか、人に聞いて辿ってを繰り返せば到着できるのかね。
どちらにせよ猶予はそこまで長くないらしい。じっくりのんびりとやっていたら、その前に俺が俺でなくなっちまいそうだ。
「だったらお前、まずは王都へ向かうんだな。それが一番確実だろうよ」
「王都?」
「おう。下手に動くよりはそこで情報を集めた方がいい。この(国名)で最も大きく、最も栄えたあの街こそが一番何かに辿り着く可能性が高いはずだぜ」
王都。なるほど、王都か。
確かにそれが一番理にかなっている。可能性を追うのであれば、下手に尖った場所よりもまずは大きく浅いきっかけを探せる大都市に、だ。
よし、良い機会だ。是非行ってみるとしよう。
生まれてこのかた……何年だろう?
……げふんげふん! とにかくこの町とあの大工房以外に碌な縁のなかった俺だ。一回行ってみたいとは思っていたし、これを機と思って観光でもしていこうじゃないか。
王都と言えば華やかな街。
聳えるであろう大きな王城。
後はまあ……何か色々な観光名所。興味ないから知らないけど。
そして何より味噌汁。味噌汁だ。
大工房にて俺の好物と化した、あのご飯のお供に最高な汁物。それが王都には飲めるのだ。
あの工房で味は覚えたし、味噌は作って鞄にぶち込んだので供給には困っていないのだが、やはり本場の味噌汁を一度くらいは味わってみたいというのが当然の心理だろう?
既に気分はこの国一番の街の中。
まだ見ぬ王都へ思いを馳せていると、先ほど頼んだ
溢れそうになる白泡に目を輝かせ、躊躇いなく口を付けようとした俺の前に、ナレットがどしんと何を叩き付けるように置いてきた。
「……これは?」
「いいから。開けてみろ」
何かを思っていると覗いてみろとの視線をいただいたので、それに従って袋の口を開けてみる。
するとそこには
「おいおい、そこまで恵んでもらうのは流石に悪いぜ?」
「心配いらねえよ。お前と違ってこの十年かかさず労働に精を出し、家族二人を養えるくらいには稼いでるんだ。果てしない冒険へ挑まんと奮起するダチへの餞別くらい弾ませてくれや」
受け取れないと突き返そうとしたが、嫌だと逆に突き返されてしまう。
確かに俺は一文無し。路銀ってのは現状、喉から手が出て求めてしまうくらいには貧乏人だ。
だがこの、まともな勤労者の月給の半分くらいはありそうな額をどうもありがとうの一言で貰うのは、流石の俺でも気が引けるというもの。
金ってのはきちんとしておかなきゃならねえもんだからな。友達だからこそなおのことってもんだ。
「……それによ、ずっと後悔してたんだ。あの日お前を置いていっちまったから、俺は友の愚行を止めてやれなかったってな」
「……そいつは悪かった。だがよ、そうならむしろ俺が払うべきじゃねえか? いらねえ誤解させちまったクソ野郎だぜ? 俺はよ」
「馬鹿言え。お前だって、昨日酒を奢った友人が次の日ぱったりと消えちまったら目覚めが悪いだろ? この袋の中身はそのずっと続いた後味の悪さを拭ってくれるのさ。だからむしろ俺の方が得ってわけだ」
そう言った後に恥ずかしくなったのか、ナレットはすぐにジョッキを手に取りそれはもう一気に酒を流し込んでいく。
……参ったなぁ。
そんな顔されながらそうまで言われちまうと、こちらとしても受け取らない方が悪になっちまうだろうが。
相変わらず俺の扱いが上手いやつだよ。何年経とうが変わりゃしねえ。
まあ困っているのも事実だし、ここはありがたく貰っておくとしますかね。正直めっちゃ助かるわ。
「……ならありがたくいただくさ。何せ俺は、こんなちんけな地元の町にも入れない程度には寂しい懐の身なんでね」
「おうおう、つべこべ言わずにそうしてくれや。後でアンジェ……あー、嫁さんにはしこたまドヤされるだろうけどな」
「なら良かった。それ聞いたら遠慮なく貰えるよ。盛大に惚気やがって、この幸せもんが」
にやりと笑い合い、再び乾杯を鳴らし。
それからはもう難しい話やしんみりした空気なんておさらばで、ひたすら飲んでや話せの繰り返し。
夕暮れなんて通り越し、途中で店を変えて夜が更けるまで飽きるまで。
いつまでも続けばと思ったりもするのだが、そんな時間だからこそ別れというものはやってくる。
どれほど酒が美味かろうが、どれほど話が弾もうが、所詮は互いに行くべき場所がある身な故に。
「おう酔っ払い! お前今日泊まる場所あんのか?」
「ねえよ酔っ払い! 今から探すんだわ」
「だったらよ。これから我が家に来ないか? 家内と娘に紹介したいんだ、久しぶりに再会した親友のことを」
おう、それは実に都合のいいお誘いだこと。
友の家で飲み直し……は流石に無理だろうが、こいつが大事にしてる家族の顔を拝んでみたい気持ちは当然ある。
「あー、遠慮するよ。娘さんの初恋を奪っちまうのも忍びないしな」
「……そうかい、まあそれなら安心だ! うちのセシリーがお前みたいな酔っ払いに惚れちまったら、俺はお前を殴らなきゃならねえとこだったぜ」
だけど、だからこそだ。
三件目の店を出て、少し静かになった町の中で俺はナレットの提案をいつもの軽口で断ってやる。
少しは行きたい気持ちもあるが俺とて人よ。金まで貰っちまったのに、その上家族の団らんまで邪魔しちまうのは流石に気が引けるってもんさ。
まあ俺の魅力で娘さんは愚か、十年ぶりのアンジェリーナちゃんをこの若さで堕としちまうのは嫌だからと、ここはそういうことにしておいてくれや。
「じゃあまた会おうぜ。今度は俺が奢ってやるよ、お前が酔いつぶれちまうほどにさ」
「ああ、期待せずに待ってるよ。今度は言葉なしでのさよならは勘弁だぜ?」
「俺もさ。落ち着いたらまた飲もうぜ、友よ」
最後に握手をし、ふらりふらりと去っていく友の背を見送ってから逆の道へ歩き出す。
さあてその辺で軽く寝て、それから朝に軽く支度してこの町も見納め。シャワーなんてなく、星々を屋根に、風を毛布に寝るのは久しぶりだ。
……嗚呼、だが今日は気持ちよく眠れそうだぜ。不思議なことにな。
「あっ、そういや妹ちゃんのことなんだがー! ……って行っちまった。ま、明日にでも伝えればいいか。流石にすぐ旅に出たりはしないだろうしな」
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