いい夢を、青く半透明な我が友よ

 最後の夜は盛大に、そして贅沢に。

 これこそが真の黄金の甘さなのだと、体は染み渡る美酒の幸福を噛み締めながら夜は終わり、そして朝へ。

 昨夜の残りとすっかり好物になった味噌汁で腹を満たし、ちゃっちゃと荷造りを終えた俺は、随分と久方ぶりに真っ黒な玄関の前へと立っていた。


『本当にそれでいいのか? もっと持っていく物があると思うんじゃが』

「もちろん。あんたがくれたこの魔法鞄マジックバッグ。これは素晴らしいものだよ、こんなにも貴重な酒が入っちまう。これならどんな気分のときでも、最悪死ぬ前にも最高の一杯を味わえちまうってわけだ」

『そうかい、そりゃ良かった。主も誇らしげに言っていた。魔法鞄マジックバッグは便利の代名詞だとな。この酒中毒めが』


 馬鹿を見るような冷たい視線を浴びながらも、どうにもにやにやが収まってくれない。

 ミニDディーが餞別にとくれた品の一つであるこの魔法鞄マジックバッグ。これのおかげで残っていた酒のほとんどを回収することが出来たってわけだ。


 いやー便利。何でもこの鞄は特別製らしく頑丈で、更には登録した所有者──つまり俺だけしか開けられなかったり、仮に盗まれても所有者は何となく場所を察知出来る代物らしい。

 まったく素晴らしいね。これなら外に出ても楽しくやっていける。長い人生、絶対一度は盗まれるだろうから対策が万全助かるよ。


 更にはいつも振っていた剣もくれたし、最悪賊に堕ちても陽気にやっていけるだろう。妹に怒られちゃうし堕ちる気なんてさらさらないけど。

 まあ欲を言えばここの本もしこたま詰めたかったが、流石に鞄が限界だったのでお気に入りだけを詰め込んでおいた。

 

 え、酒を置いていくのが合理的? 

 そうだね、けどそれは無理。愛しい恋人を置いていくって身を引き裂かれるほどに残酷な決意だぜ?


『……名残惜しいなぁ。ここにいると、柄にもなく初めて会った頃を思い出してしまう』

「帰れないって言われて始まった関係だったよな。思えばよくもまあここまで仲良くなれたもんだよ」

『違いない。思えば最初の君は騒ぐか疲労で沈んでいるかばかりだった。……そう考えれば本当に、見違えるほど立派になったものだ』

「よせやい。外見なんて若返りも老いもせず、ちょっと肉が付いたくらいさ。それに褒めるなら一番辛い時期に投げ出さなかった、あの頃の俺に称賛を送ってやってくれ。旅立ち前に面と向かってだとむず痒くなっちまう」


 ミニDディーには珍しい真っ直ぐな褒め言葉は、素面シラフの俺ではちょっと受け止めるのが難しく。

 ちょっと熱くなった頬を掻きながら、ついつい緩んでしまいそうな顔を背けてしまう。


「なあミニ|Dディー。あんたはこれからどうするんだ?」

『どうもせぬよ。役割を終えたのだからこの工房共に消える。それが正しき在り方、摂理というものじゃ』


 ふと気になったのでミニDディーに尋ねてみれば、この半透明爺さんはそうは思えないほど重い事実をあっさりと、当たり前のように告げてくる。


「……それはつまり死ぬってことか?」

『そうだ。おっと、同情なんてするなよ? 俺は自律思考端末、人とは違う理と責務を担い生まれたもの。役割を果たすことこそ本懐であり、同時に何よりの名誉なのだからな』

「……ならしないさ。ただまあ、友が消えちまうってのはちょっと残念だなってさ」


 ずるいよな。本人にそんなやりきったような顔で誇られちまえばもう何も言えやしないだろう。

 それでも友人の死というものは、どんな時代どんな状況においても、そして相手が誰であっても心が痛くなるものだ。それこそ俺が振られるだけで終わる失恋以上にな。

 しかしなんだその、そんなことを言われるとは何か思ってもみなかったってきょとん顔は。そんなの初めて見たよ。


「……何だよ?」

『友、友か。思えば男にそう呼ばれたのは初めてじゃ。そうか、俺は君の友であったか』

「ああ。ま、何だかんだ楽しかったよ。ここの酒を飲んでるとき、あんたと一緒に酔えればなと思ったくらいにはさ。……本当さ」


 長き日々を思い返せば、心残りはそこそこあったりする。


 自分は食事という機能がないからと、俺の手料理を食べてもらえなかったこととか。

 例え喉を通らずとも、乾杯して分かち合いたい一日の終わりがあったりしたこととか。


 まあ、ともかく色々だ。

 もちろん楽しい思い出だって同じくらいにはあったけどね。

 

「……最後だから聞くんだけどさ。なんでそんなのじゃ口調なの? 誰でもわかるくらい明らかなキャラ作りだし、ちょっと動揺すると素っぽい口調に戻るよね?」

『ついに聞いてきたかこの遠慮なしめ。そういうのはな、最後まで聞かぬのが優しさというものじゃよ』


 知ってる。だから訊いてみたんだ。

 若干付き合いの悪かった爺さんに、一つくらいの意趣返しと興味本位を込めてね?

 しかし案の定、ミニDディーは苦虫を噛み潰したような顔と声で実に良い反応をしてくれるではないか。


 はっはっは、まあ許せ。

 付き合いの悪い友との最後なんだ。これくらいの意地悪は許されるだろう、なあ友よ?


『……はあっ。まあ、そういう誓約でな? 俺という特殊な自律思考端末をここまで強固に存在を確立させるためにはそうする他なかったのというだけじゃ』

「ふーん。そんなもん?」

『そんなもんじゃよ。人の秘密なんぞ、一度皮を剥いてしまえばどれもこれもがつまらんものばかり。とはいえそんな一つを積み重ねるために、裏では様々な苦労が為されているのだがな?』


 わかるじゃろ? と言わんばかりにやれやれと首を振ってくるミニDディーについ笑ってしまう。

 ……この場所でするこんなやり取りだって、これでもう最後なのか。なんだろう、ちょっと泣いちまいそうだ。


『……ほれ、そろそろ時間じゃ。やることは覚えているな?』

「ああ。失われた賢者の都、ラクエデンに向かえって話だろ?」

『左様。再三じゃがそれでも最後に言うぞ? あの金髪のエルフは次元違いの化け物。見つけて呪いを解かせるなんて真似はまず不可能だろうし、見つからぬことを願いつつ、かの賢者が治めた国の都をを探した方が確実じゃ』


 ミニDディーは断言する。俺の四度目の恋心を奪ったあの超絶美人なエルフには、どんな手段を用いようと勝てないと。

 まあ、爺さんが言うならそうなんだろうが、正直ちょっと想像出来ないんだよね。

 確かにあの美しさは傾国と表しても差し支えないだろうが、強さという面はそこまで感じなかったし、そこまで大げさに言うのはどうなんだろうか。


「……昨日も言ってたけどさ。そんなに強いの? あの金髪のエルフの人って」

『もちろん。あれはかつてでさえ理の外にあった者、主たるスゲーナ・ウソダケドすら畏れ敬った女なのだ。それが暦すら異なる遙か彼方の先まで生きておるのだから、どんな手を尽くそうと勝ち目はないじゃろう』


 何か恐ろしいものを思い出すように、その青い顔の色を一層青くしていそうなほど深刻な口調で言ってくる。

 はえーあの伝説の孤高の賢者様がねぇ。そりゃとんでもないのに目を付けられちまったよ、とほほっ。


「ラクエデンね、了解。じゃあ、まあ世話になった。次会うときまでに外でいい酒見つけとくから、その時こそ一緒に乾杯しようぜ」

『俺としては再会がないことを祈っているよ。再会があるとしたら、恐らく君が消えるときだけだ』

「なんだそれ。……そっか、そら残念だなぁ」


 相変わらず嘘のつけないやつめと小さく笑いながら手を伸ばすと、彼は困惑しながらもすぐに意を察してくれたのか、優しい微笑みを零した後に俺の手へと重ねてくる。

 感触はない。体温もない。言うなれば空を掴んだだけのこと。

 きっとこの握手はしたこと以外の全てをすぐに忘れてしまうだろう。

 けれどこれでいい。むしろこれがいいのさ。

 大事にすべきは感触よりも感覚と納得。大事なのは俺が一人の友人と手を結びたかったこと、それだけなんだ。


「んじゃな。だけどやっぱりさよならは言わないぜ、友よ。今度会ったらまた飲もうや」

『……ああ。またいつかな、友よ』


 そうしてミニDディーに背を向け、じっと入り口の黒を見つめる。

 

 思えば最後に出ようと試したのはいつだったか。

 どうでもいいか。少なくとも、もう随分と昔の話だ。

 

 これで弾かれたら今までの別れが台無しだと思いながら、けれどやっぱり通れるか不安は過るのでまずはゆっくりと、人差し指を伸ばしてつんつんと触れてみる。

 すると黒は記憶のとおりに俺を弾き返すことはなく、まるで水面のように揺れながら、するりとそのまま奥へと進んで行くではないか。

 どうやら本当に弾かれないっぽい。本当に行けちゃうねこれ。


 ……いやでもごめん。

 こんな怪しいのくぐるのにやっぱりちょっとだけ緊張してるからさ、もう一時間くらいだけ待ってもらえない?


『馬鹿やってないでとっとと行け。ほれっ!』

「わーっとるわい! ちくしょう、これじゃ結局別れが台無しだよ。まったくもう……」


 最後まで、どこまでいこうがミニDディーはミニDディーで俺は俺なのだと。

 どうにも締まらぬ空気と、余韻というものを理解してくれない分からず屋にふて腐れながら黒をくぐっていく。


 ほんの一瞬、世界から明かりが消えて真っ暗闇に。

 そして次の一歩が地に着いた時には、眩い陽の光が燦々と降り注ぎ、俺の目を潰しにかかってくる。


 嗚呼、肌に沁みこむ懐かしき天の光!

 あの大工房とは違う、自然の混じった懐かしき空気の臭い! 

 そしてこの緑溢れる人工感皆無な景色!


 ここはまさしく外。第二の故郷である大工房、最低限度の備え場チュートリアルームのない世界。

 間違いない! 俺は今ようやく、元の世界に帰ってきたのだ!


「……何だか長い夢を見ていたようだ。案外、本当に夢だったりな」


 とても長い旅を一つ終えたような気分だと。

 目を閉じながらの感傷に浸り終え、ゆっくりと振り返ってみれば、そこには扉の付いた大岩なんてものは影も形もなく。

 まるで全ては一夜の夢。人恋しく酔っていた俺の頭でのみ起きていた、なんともまあ都合のいい幻だったとすら思えてしまうほどには、あの工房の痕跡や名残は何処にもない。

 

 ああ、けれど俺が持つ鞄と剣が、何より鍛えた体こそが教えてくれる。

 あの日々は偽りなどではなかったと。例え俺だけがそんな場所はないと笑おうが、付き合いの悪いあの青く半透明な友人は確かに実在したのだと。

 

「グッバイ友よ。今度会うときまでに、最新の美酒を用意しておくぜ」


 大岩があったはずの場所に、陽の光で一層輝く金のボトルを飲もうとしなかった友へ押しつけるように置いておき。

 そして軽く手を振りつつ、自分用にともう一本の黄金酒──昨日の残りを取り出して、かぽかぽと飲みながら背を向け去っていく。


 貰いもんだが敢えて言ってやろう。

 そいつは奢りだ。金は取らないから好きに飲みな友よ。

 なあに遠慮はなしだ。黄金の酒はここにもう一本あるからよ。友の旅を見守ってておくれよ。


 さて、とりあえず家に帰ってみるとしますかね。

 何でもミニDディーの話じゃ、あの大工房に入った日から何年経っているか分からないって話だ。

 失われた都なんてものがどこにあるとか皆目見当も付かないし、ここはまず現状の確認からってやつ始めていかないとな。


 酒も回りだし、まるで生まれ変わったような心の軽さでかつての記憶を頼りにしつつ、なくなってしまった道をふらりふらりと歩いていく。

 そして見慣れた道に合流し、改めて帰ってきたのだと感慨深くなりながら、そのまま自宅へと向かっていった。


「……わおっ、こりゃまたひどい」


 一つの冒険を終え、まさに意気揚々の凱旋と。

 そんな気分でやがて辿り着いた我が家だが、現状……いや惨状を目にしてしまった俺がまずしてしまったのは、口を開けて呆然と立ち尽くすこと。


 屋根のない、随分とまあ薄汚れた、最早幽霊でも拒みそうなオンボロ小屋。

 最早家と呼んだら失礼なくらいには穴と汚れだらけな、ここを自宅と認めたくない程度の廃墟。

 よくぞまあここまで変わり果てることが出来たものだと逆に褒めてあげたくなってしまうほどだ。

 

 ついさっきまで暮らしていたのが天国だったからか、その落差に心をグサっと刺されて仕方ない。

 手にしたのは偶然とその場の思いつきだが、酒を飲んでいて良かったと本当に思う。多少でも酔いが回っていなければ、この衝撃には耐えられまいよ。

 

 ……まあ家が家でなくなってしまったのなら仕方ない。どんくらいかは知らないが、長い間空けていたのは俺なんだし、ここは素直に諦めるのが得策か。


 残念ながら修繕している時間はない。

 どうせすぐに旅に出なきゃならないんだし、丁度良い機会だと思って巣立つべきだ。

 それにだ。この荒れ様なら妹が帰ってきたりもしていないのだろう。

 ならば困るのは俺だけ、何の問題もないわけだ。

 あいつなら大丈夫。何日何年経っているのかは知らないが、きっと上手くやってるだろう。何なら偉大な魔法使いとして豪邸で男でも侍らせてるかも、お兄ちゃんもあやかりたいぜ。

 

「となれば今日の宿か。……町行ってみるか」


 まだ日も高いわけだし、ひとまず町へ行ってみるとしよう。

 食量に情報。足りないものはいくらでもある。

 なあに金はないけど心配はいらない。最悪酒以外の何かを売るか野宿かで一晩なんて余裕さ。

 ああでも、流石に町までなくなってるなんてことないよね。……ないよね?


 とりあえずの方針を決めたので、頑張った自分へのご褒美と酒を一口呷り、その後家の側にあった両親の墓に軽く謝罪と挨拶をして。

 それから家であったものから離れ、何にも変わっていない町までの道をのんびりと、かつてを懐かしむように歩いていく。


 昔は毎日のように木を背負って苦労していたというのに、今じゃ酒を片手に酔い歩くようになるとは人生なんて何があるか分からんもんだ。


 鑑賞に浸りながら、別に酔いが覚めるような妨害もなく進んでいけば、やがて正面にはあの頃と同じように町の姿が。

 うーん何一つ変わりない。分厚い石の門。二人の門番。さては滅んでないな、よかった。


「おい止まれ。いい服を着ているな、旅人か?」

「旅人にはこれからなるさ。町外れで木を切っているトゥールって名前なんだが通してもらえる? 町に税は納めているし、間違いがなければ無料で通れるはずだぜ」

「?? とりあえず少し待て。今確認する」


 手に持つ槍で俺を制止し、警戒の目を向けながら尋ねてくる若い門番さん。

 そんな仕事熱心な彼との、あまりにも久しぶりすぎる他人との会話にちょっと内で盛り上がりながら、なるべく軽やかに自己紹介して尋ねてみる。


 一応、この町で住民登録はしているから通れるはず。

 ああでもちょい待ち? 

 何年経っているかは知らないが、何年も経ってたら俺はもう町民ではないのでは。

 そして俺は今酔っ払い。更には片手に酒で腰には剣。……やべえ、俺って結構な不審者か?

 

「……そんな名前は町民名簿にはない。そもそもだが、お前のような木こりなど見たことがないぞ」

「あーやっぱり? そんな気がしたよ。昔からそういうところはついてないんだ」

「……怪しいな。剣を持っているなら冒険者、或いは傭兵か? ギルドに所属しているなら身分証を出して欲しいのだが」

「あーごめん、そういうのじゃない。冒険者の方にはそのうち登録しようかなーって。……。そんな目で見ないで、怖いから」


 どうしよう、この人矢の先端みたいな目つきでじっと睨んでくる。

 もう一人の方も警戒し始めちゃったし、これはちょっとどころかかーなーりーまずいかもしれない。


「……では五千マニー。それで滞在中の身分は保証される。一マニーとてまけられないぞ」

「あーそれもごめん。今金欠でさ。……そこで相談なんだが、それくらいの価値がある物でどう?」

「残念だが、俺は欲しい物は自分で稼いだ金で買う主義なのでね。他の町を探すか、金か信頼を借りられる保証人を見つけることだ。木こりのトゥール殿?」


 俺の提案を即決で断り、ご丁寧に案まで出して来た道を戻るように告げてくる門番。

 お二人の槍が丁寧にバツ印を作ってくるし、こりゃ本当に退くしかないか。

 

……いやまだだ。まだやれることはある。

往生際が悪いのは自覚しているが、俺にも生活の質ってもんが懸かってるから一度くらいは許してくれ。

 

「あー、提案なんだけどこの酒と剣で一回分ってのはどう? 例えばの話だが、売ればこれが値千金に変わるほどの価値ある品々かもしれない。そうなったら真面目な門番のお兄さん、あんたの人生にちっとばかりの彩りってもんが添えれちゃうぜ?」

「間に合っている。お引き取りを」

 

 駄目でした。

 思い出すはかつて俺に金のりんごを売った店員さん。その話術を参考にして交渉してみるも、結果はあえなく一蹴の一言。

 むしろ警戒は更に強まるのみ。このままもう一押しすれば、街の中ではなく牢にでもぶち込まれそうなほどに俺への警戒は最高潮って感じだ。

 

 失敗したなぁ。これなら大人しく退けばよかったか。

 まあ幸先は悪いが仕方ない。ここは素直に諦めて野宿でもしようじゃないか。

 星の眺めながら一人酒を飲むというのも乙なものだ。そして起きて寝たら気を取り直して、どっかで上手いこと金を稼ぎながら都を探していこう。


「おうおう。ちょいと顔を出してみれば何の騒ぎだ?」

「お疲れ様です副長。問題ありません。今し方対応を終えたところです」


 どこかに手頃な獣でもいればなと考えながら、町へ背を向けようとしたその時だった。

 門から出てきたのは大きな男。

 相当に鍛えていそうなたくましさの男の到来に、門番の二人が大きな声で挨拶をする。

 

 恐らくこの人が上司なのだろう。

 ……しかし気のせいか? その顔、どこかで見たことある気がするのだが──。


「本日は非番ですよね? こちらに何か御用でも?」

「ああ別に。ちと通りかかったから覗きに来たんだが……こりゃ驚いた。お前トゥール、飲んだくれてた木こりのトゥールじゃないか!」


 そんな男はこちらをじっくりと見つめた後、大きく目を見開き、大声で俺の名を呼んでくる。

 まるで死んでいた友人が化けて出てきたかのような驚き具合。

 いくら俺が歓迎されてないからってそこまで言われる筋合いはないのだが。というか俺を知ってるのか、そりゃまた妙な偶然もあることで。

 

「……ああ? 俺はあんたみたいなおっさんに心当たりは……んん? あんたもしや、ナレットか?」

「そうだよナレットだよ! 久しぶりだなおい! 生きていたのか驚きだ! それに何だその顔! まったく老けてねえじゃねえか!」

「あー、まあ色々あってな?」

「そうかそうか! そりゃ何よりだ! はっはっはっ!」


 思い当たった名前を一つ唱えてみれば、豪快に笑いながら肩をバシバシと叩いてくる男。

 なるほど友よ。無精髭が似合うほど老けてはいるが、確かに友人であったナレットのようだ。

 まあこの町で俺を覚えているような物好きがお前だけだもんな。一度一致すりゃあそれ以外には見えないわ。


 しかしなんていうか、結構風貌が変わったなお前。 昔に比べたら随分と荒さが抜けた、穏やかそうな髭の生えた気のいいおっさんだ。無論まだまだ肉体は衰えてなさそうだけどな。


「えっと、副長?」

「心配いらねえ! こいつは俺が預かる! ほれ、これで仮登録しておいてくれ!」

「……はあっ、承知しました。その幸運に祝福を。ハジマールの町へようこそ、トゥール殿」


 ナレットが門番の男に金を握らせると、受け取った門番は一つため息を吐いて、それから槍を下ろして一礼してくるので軽く手を振りながら通り抜ける。


 お務めご苦労。これからもその生真面目さを曲げず、立派に職務に励んで欲しいね。

 ああ、でもおかげで一つ思い出したよ。

 ハジマール。確かそんな名前だったなこの町は。正直忘れていたぜ、確かにこれじゃ町民失格だ。


「わっはっは! 今日はき日だっ! おい友よ、何やってたか聞かせろよ!」

「ああ友よ。ただ生憎と持ち合わせがこれしかなくてね。良ければ再会を祝して、どうか一杯恵んでもらえると助かるんだが」

「相変わらずだなお前は! そういうとこ嫌いじゃないぜ!」


 楽しげに笑うナレットに、こちらもにやつきながら横を歩いていく。

 思いもよらぬ再会ってやつだ。こいつとの乾杯はきっと天の導き、俺に恵みをもたらしてくれるだろうさ。


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