どうやら俺、呪われたらしいです

 鼻を擽るのは芳しい、馴染みがありながらも特別であった小麦の匂い。

 その香りは俺の目を覚まし、腹の虫も鳴るほどに食欲をそそって仕方なかった。


 ああ懐かしい。

 久しぶりに嗅いだこの匂いは、出ていった妹が朝食に焼いてくれた麦パンの匂い。

 幼いながらにいつもより少し多く木を切って、少しだけでも多くお金を貰って、その次の日の朝に妹が絶妙な焼き具合で朝食に焼いてくれたっけ。

 

 二人で食べるには決して大きくはなかったし、塗るものなんてなくて小麦の味だったけれど。

 それでも二人で分け合ったそれは、どんなものよりも美味しくて。今は一人で食べても、どうにもあの香りも温かさも出せなくて。


 懐かしい。本当に懐かしい。

 もしかして、あいつが帰ってきたのか──。


『おお、ようやく目が覚めたか。もうじき朝食じゃ。ほれ、とっとと起きて顔を洗ってくるがいい』

「……そんなわけないか。妹はジジイなんかじゃない」


 けれど聞こえてきたのは、当たり前だが少し曖昧になってしまった妹の声ではなく。

 そして俺の家には絶対にいないであろう老人の呆れ声。


 ……そうだよな。あいつは学ぶために出ていったし、俺はそれを手を振って見送ったんだ。こんな何もないやつに、今更会いに戻ってくるわけがねえわな。

 

 さて。

 そんなくだらない感傷は捨てて、そろそろ今日という一日を始めるために切り替えなければ。


 しっかし一体誰なんだ声の主は。

 そもそもここ何処? 酷く頭も重いし、何より昨日の記憶がまったくないんだが?

 そしてどうでもいいけど、寝起きに聞く不審者の声ならせめて可愛い女の子がよかったな。

 出来れば俺を好きで好きでたまらないって、そんなどこににいるのかも定かではないまだ見ぬ女性。具体的には町一番って勝手に思ってるナイルちゃんみたいな娘。

 

「あー、頭痛い。仕事……は今日はいいや。めんどいし」

『ほうれ、はよせい! せっかくの朝食が冷めてしまうぞ!』

「んー、はいはい。今行きますー」


 ともあれ朝食と聞いて、まずは腹ごしらえが先だと体を伸ばし。

 白く汚れのない、自宅のぼろくペラい布きれとはまるで異なる柔らかなベッドから降りる。


 しかし良い部屋だ。こんな所に住むためにはどれほどの金を積まなくてはならないのか。

 昨日は飲み過ぎたもんで、変な道を通った辺りからどうにも曖昧だし、さてはどっかの高いホテルにでも迷い込んじまったか。

 ちらりと確認してみれば服も昨日とは違う。臭くなくて、ごわごわしなくて、着ていて一切苦にならない。……これ一着で、きっと俺の三食分より上だぜ。下民の命より人の尊厳ってな?


「とりま小便っと……うお、なんって綺麗な洗面台。おまけに鏡か、ぴっかぴかだ」


 まあ催してきたので多分出入り口ではない扉を開けてみれば、そこには驚くほど綺麗な洗面台が。

 傷一つない、買ったら俺の半生分すら軽く超えそうな鏡。染みの一つもない、真っ白ではないが白い壁。 そしてお隣の寝室と同じく、温かみはあるが火ではない橙の照明。

 あんな寝室は考えるまでもなく、この小さな整い場一つでさえ、俺の生涯分の収入より価値はあるだろうな。羨ましいよ、本当に。


 まあ驚きや劣等感なんて今はどうでもいい。

 溢れそうな尿意というものは何よりも優先される、そういうもの。

 そんなわけで疑問より便所だ。漏らした怒りで人生おしまいってのは勘弁だぜ?


『まったく何をやってるんじゃ? 鏡なんぞがそんなにも珍しいか?』

「えっ、うわあっ!?」

『そう驚くでない。というかさっきからずっといたじゃろう? まったく、昨日名乗ったであろうにどうも人間とは物覚えが悪いのう』


 そんな俺の耳元で囁かれた、先ほど聞こえたのと同じ老人の声。

 影も形も気配もなく、隣で足音一つすらないのに聞こえてきてしまったそれに思わず飛び退いてしまうも、その声は「やれやれ」と呆れを醸すのみ。

 びくつきながらもそちらを向いてみれば、そこに青い半透明な体の、拳一つ分ほどな大きさの小さな老人が空を浮いていた。


「だ、誰……?」

『……まさかとは思うが、本当に覚えておらんのか。おい君よ、夕べの記憶はあるか?』

「夕べ? 夕べは酒飲んで、変な道曲がって、それで……」


 老人の問いに昨日のことを思い出そうと、まだいまいちにぶにぶな頭を回して考える。

 言葉のとおり、めっちゃ酔ってー、道があってー、歌いながら歩いてー、それから……それから……あっ。

 

「……思い出した。確か変な岩に付いていた扉に入って、それで変な爺さんがいて、それで……?」

『それで君がばたりと倒れたので、俺がこうして寝室まで運んだというわけ。まあ大方酔いとか疲労で限界だったんじゃろうな』


 そうそうそんな感じ。

 確か魔法使いの隠れ家? 別荘? 

 あー、ともかくそんな感じの場所に迷い込んだかと思ったら、こんな感じの老人に声を掛けられて。

 

 ……あれ、つまりは今ってそういうこと? 

 酔いは覚めたけど絶賛危機続行中と、そういうわけね。冷や汗出てきちった。


『はあっ、まあそれも含めて食べながら話すとしよう。とりあえず君、そこで顔を洗ってから付いてこい』

「あ、はい。……ちなみになんすけど、トイレってどこだったり?」

『……案内する。だからはよ洗え』


 まあ今更焦っても仕方がないしと。

 とりあえずは目下最優先なこの限界が近い我が相棒の処理場所について尋ねてみる。

 すると青い老人は地に足をつけ、妖精サイズから普通の人間サイズへと早変わりし、そのまま部屋を出ていこうとしてしまう。

 置いていかれるのは勘弁だと、蛇口を捻って急いで顔を洗い、すぐさま老人の背を追ってこの洗面室を、そして先の寝室を出ていく。


 すると眼前、そこに広がるは大空間。

 半透明な青い老人。下にある無数の本棚。無数の扉。

 それらを見てようやく脳は覚醒し、昨晩の一幕について鮮明に思い出す。

 

 ああなるほど、そういうこと。

 確かに俺はここに来て、スゲーナ・ウソダケドがああだこうだというのを聞いた記憶がある。……流石にこの爺さんの名前とか、詳しいことは聴いてないかもだし覚えてないけど。


 隣の扉を指し示した老人の指示に従い、これまた綺麗な座れるトイレで用を足し。

 そうして今度は落ち着いて、けれどどこか興奮しながら広がる壮観な光景に目を奪われながら、再度歩みを始めた老人に付いていき、先ほどまでいた寝室を通り抜けてその隣の部屋の前で足を止める。


『入れ』


 扉は俺や老人がノブに手をかける前に不思議と開いていき、老人はと俺に指示してきたのでそこに入れば、そこにはまた一層、これまで見たことのない雰囲気の内装が広がっているではないか。


「なんか変な部屋。でもなんていうか、趣があるって感じの部屋。嫌いじゃないよ」

『ふふっ、そうだろうそうだろう? この和室の風情がわかってこその使用者というものよ! これこそ我が主、スゲーナ・ウソダケドとロレーヌが築いた大空間の真髄が一つ! 主の豊富且つ曖昧な記憶と知識から再現、そして創造されたものを自動的に補強するよう空間自体が役割づけられた万能工房! 理屈上の範囲であれば、ここはかつての全てを有している場なのじゃよ!』

「へー」


 とにかくすごいことしか分からない、途方もなくすごそうな話を頷きながらも聞き流し。

 そして緑の渇いた草で編まれたであろう床の先に、先ほど確かに嗅いだ、あの良き小麦の匂いが漂うテーブルがあったので近づいていく。

 

 そこに置かれていたのは湯気の立つ、緑と白の入った茶色の汁物。

 外はカリカリの焦げ茶、中はふわふわで真っ白なパン。

 小皿に添えられた、何かで漬けたようなきゅうり。

 そして透明なグラスに注がれた黄色い飲み物。


 パン以外……いや、何なら茶色のパンでさえも、俺の知っている朝食とはかけ離れた食べ物たち。

 そのどれもが俺の内で眠る食への欲を奮わし、今か今かと待ち侘びた証拠に口から唾液を零そうとしてきてしまう。


 かつてスゲーナ・ウソダケドは言った。

 食事とは食べられる芸術であり、一日で最も大切な行いだと。

 大したものを食べてこなかった俺にはその意味が微塵も理解出来ていなかったが、これを見れば確かにそれも頷けてしまう。


 ……しかし、しかしだ。


「えっと、低くない?」

『そのまませ。畳とちゃぶ台なのじゃから、そういうのがお約束じゃ。あ、靴は脱げよ』

「たた……あー、じゃあそうします」


 何がお約束なのかはさておき。

 まあこの椅子のない、胡座でもかいて座らないと食事の目線になれない低さのテーブルに疑問を抱いてしまうも。

 まあこのちゃぶ台……? とはそういうものらしいので、よその家ではよそのしきたりだとここは素直に従って腰を下ろす。


 ……うおっ、柔らかい。

 この赤い座布団はしっかり厚みがあって尻に優しいな。


「……えっと、後で食事代とか取らない? 代金はこの命でー、的な?」

『取らん取らん。君、俺を何だと思っているんじゃ?』

「え、魔法使いじゃないの? 人の臓物を触媒にしたり獣と交配させたりするってあれ」

『せんわ! どこのまじない師じゃまったく! というかそう思ってるにしては剛胆だなお主! それでこそではあるのだが!』


 老人は声を荒げ、実にいいツッコみを入れてくれる。

 ああいいね。ちょっと怖くなくなってきた……いやうそ、やっぱりまだ怖いわ。


『ほら、冷めるから食すがいい。金も命も取らんから気にせず存分に』

「そう? じゃあいただきます。……良いパンだ。それにこの茶色の汁がまた絶妙な塩加減。たまらん」

『であろう? 主もパンと味噌汁というのもまた一興だと……ん、味噌汁を知らない? 妙じゃな? 確かこれも主たちが一般家庭用にと普及したはずなのじゃが』

「あーこれが噂の味噌汁ってやつか。王都での高級品とは聞いていたが、なるほど、これは確かに美味い。寝起きの体に染み渡るって感じだ」


 お許しが出たので手を合わせ。

 まず最初に手を伸ばしたのは、湯気と共に嗅いだことのない匂いを漂わせる茶色の汁物であった。


 温かく、それでいて決して舌を驚かせない絶妙な温度。そして塩気を中心とした豊潤で奥深い味。

 一緒に入っているこの謎の白い塊と昆布が絶妙に合っている。特に白い塊は実に不思議な食感で噛むのが楽しくさえある。

 

 複雑でありながら単純。

 確かな味がありながらもするすると喉を通るこれは、毎日でも飲みたいと思えてしまう汁物。

 もしも酒を飲んだ次の日にこれが飲めれば、たちまち体は落ち着きを取り戻すだろう。

 これが王都では定番な味噌汁。なるほど、流石は高級料理なだけはあるな。


『味噌汁が高級……? ……君、今な──』

「君って呼ぶな。俺にはトゥールっていう、イカしてはいないが妹が褒めてくれた名前があるんでね」

『……それは失礼。あー、ではトゥール君。君に一つ尋ねるが、今は女神暦何年だ?』

「女神暦? 何それ? 今は賢者暦千と五百九年……だったっけ? うん、多分そう」


 結局君呼びは変わらないのかと。

 そうは思いながらもどうでもいいことだと割り切りつつ、これが人生最後の食事かもしれないのだからと、この生涯において五指に入ること間違いなしな朝食を全力で味わっていく。

 

 しかしうめうめ。何食ってもうめうめだらけ。

 こんな食事を妹にも食わせてやれれば……ああでも、あいつは魔法都市に行ったんだし美味いもんくらい食べてるか。俺の千倍は豪の者だから平気だとは思うが、あいつ元気でやってるかなぁ。


『……賢者暦、か。時の流れとはこうまで残酷なものか。しかしやはり、外部の一切をシャットアウトするのは悪手だったか。そういう役割故に仕方ないとはいえ、擦り合わせすら叶わんとは厄介極まりない』

「……??」

『ああ、気にせずたんと食え。語るべきことは食べてから、その方が頭に入るじゃろう』


 自分でも若干自信なく答えたそれに、老人は納得したように頷きながらぶつぶつと小声を漏らすばかり。

 

 なんか大変だね、よくわからんけどさ。

 ところで女神暦ってなんだろう、うめうめ。俺が馬鹿だからかもしれなけど、うめうめ。そんなの聞いたことが、うめうめ。ないんだけど、ごくりっ、うめうめ。


「ぷはぁー! あー食った食った! こんな美味い朝食、久しぶりだー!」

『それは何より。何気に生まれて初めての料理じゃったが、まあ喜んでもらえて何よりじゃよ』


 ごちそうさまと、心の底からお礼を言えば。

 それを聞いた老人はうんうんと頷き、それからどこからともなく体と同じ青くて半透明なコップを取り出して口を付ける。

 

 ……あれ何飲んでるんだろ。

 いやしかし、なんとその風貌とこの腕前で生まれて始めての料理とは驚きだ。

 さては相当に恵まれた貴族かそれに連なる何かか。 いずれにしても才能豊か。魔法使いより料理系を極める方が向いているんじゃないかな。


「で、俺はどうされるの? えっとー、あー、スゲーナ・ウソダケドの何か?」

『ミニDディーじゃよ、我があるじスゲーナ・ウソダケドが作り出した自律思考端末。簡単に言えば、君には己を鍛えてもらう。ここが再び開き、外と繋がるまでの間のずっと。後悔のないように』


 見事に空になった食べ物とは違い、まだ残っている黄色い液体……味的に多分オレンジジュースっぽい液体を飲みながら、老人ことミニDディーさんのお話に耳を傾けていた俺は、そのいきなりすぎる宣告につい顔をしかめてしまう。

 じりつ……あー、そんなさっぱりで難しい名称は置いておくとして。

 ともかく、急にそんなことを言われてたって困る。

 一ベッド一宿の恩はとても大きいと思っているけど、そこまで長期間と言われたら流石の俺にも生活があるわけですよ。

 

「……えっ、無理よそれは。俺くそほど貧乏だし、三日も稼がないと死んじまう! 何より家だってあるんだぜ!?」

『そう言われても無理。ここは入ったら最後、その刻が来るまでここは外へと繋がらない大工房。時間からでさえ隔離された一つの世界だと、そういう風に創られたんだからな』


 え、え、……え? 

 なんか今、とってもとっても聞き捨てならないことを言われたような気が。

 出られない? つまり、帰れない? 

 何を言ってんだこのジジイ。あれ、でも昨日ここから逃げようとして同じ事を言われた気が──。


『それに君、ここ最近で金髪の超絶美人なエルフから何か貰ったじゃろ? そうじゃな……例えばりんご、とか?』

「ぎ、ぎくぅ! な、何故知ってるぅ!?」

『やはりか。……しかしりんご、りんごか。よりにもよってその果実とは。きっと意図的、なんだろうなぁ』


 あまりにも唐突に、そして自分と友人しか知らない過去を言い当ててくるミニDディー

 言い当てられて動揺を隠せない俺の前で、ミニDディーは何とも言えない顔をしつつも自前の立派な顎髭をいじりながら、俺ではないどこか遠くへと目を向けてしまう。

 

 もしやあいつもうちくった……なわけないか、多分。

 じゃあこの爺さんが酒場にいたかもしれないけど、正直そういうのじゃない気がする。

 じゃあ簡単だ。魔法かなんかで心を読んだんだ。やっぱり魔法使いはやべー説が一番単純で濃厚だ。

 

『それで痣かなんか体に出てないか? なんかこう、絶妙に言葉にしにくい形。何かの描きかけみたいやつ』

「お、おう。……何で知ってんの? さては脱がせたときに見た?」

『見ねえよ! 野郎のきったない体なんか興味もないわ! 自立思考端末と言えど選ぶ権利というものがある!』

 

 否定のために怒鳴ってくるはものの、ずばりずばりと的中させてくるミニDディーに向けてしまうのは、恐怖と不審の視線ばかり。

 しっかしこの老人、所々でその胡散臭いのじゃ口調が外れるな。それ、実はキャラ作りだったりする?


『疑われて当然じゃが詳細は語れん。だから簡潔に言ってしまうがそれは呪いだ。そのまま放置すれば、君という人間はそう遠くないうちに消滅してしまう。綺麗さっぱり、跡形もなくな』

「……はっ?」

『具体的にはその痣が真の形を取り戻すまで。それが完成してしまえばトゥール、君は君でいられなくなってしまうのさ』


 そう言いながらミニDディーが杖を俺の胸──噂の痣が出た部分を差してくるので、俺は手に持っていたコップを落とし、咄嗟にその場所を手で押さえてしまう。

 

 テーブルには黄色い液体が流れ、俺の足にまで滴ってしまうがそんなことはどうでもいい。

 俺が消えてしまうとはどういうことだ。

 さっきからこの老人は何を言っている。さっぱり意味が分からないんだが。


『君が取るべき道は二つ。一つはここで鍛えたり知識を付けたりして準備を整え、外に出た後にこれが完成する前に消すための旅に出るという苦難の道。もう一つは生を諦めここで自由と平和を満喫し、出てからは大人しくそれの完成を待つという余生。どうじゃ? わかりやすいだろう?』

「…………」

『うむうむ。悩むということは伝わっていないわけでもないな。結構! 人の話を聞けるというのは時間では生み出せない、まごう事なき才能じゃ!』


 両手を挙げて大きな声で、実にわざとらしく喜んでくれるミニDディー

 しかし残念。妹ならばいざ知らず、賢くない俺の頭では未だ理解が追いついていない。相も変わらず何を言っているか、そしてどう受け止めていいかもさっぱりだ。


「……もしかして、無知な俺を騙して弄ぼうとしてる? 悪趣味だなぁ、流石は魔法使い」

『ないない。大体何の得と徳がある? 何も出来ず、酒に溺れるだけの小僧一人なんぞを手のひらで踊らせたところで価値も悦びもない。ああもちろん、君の睾丸が万病に効く薬になるとか実はお湯につければ美少女に早変わりだとかそういう手合いであれば少しはなるかもしれん。ま、この自律思考端末たる俺としてはどうでもいい情緒だがね』

「……そっかー。だよねそうだと思った、ありがとう」


 そうだよね。そんなことないよね。

 だって彼、嘘ついてるとは思えないもん。


 遠慮とか配慮なんてないこの物言い。

 そして俺の直感が告げているのだから間違いない。 このミニDディーなる青色爺さんは事実だけを告げている。俺という人間はそう遠くないうちに消えてしまう、ただそれだけのつまらない話を。


 ……何だろう。理解が追いついてきたら今度は絶望しかないんだけど。

 どうしてりんご食べただけでそんなことになっちゃうのかなー。俺は貴重な二千マニーを払った人間なのよ?


『まあ心が現実に追いついてきたら好きに喚け。そうして徐々に落ち着かせ、それから選べ。なあに時間だけはある。刻から切り離されたこの場で痣は進行しないし、どんなに激昂しようが日感情が扉が開くことはないからのう』

「……」

『ふむ、予想通り消沈じゃな。……ああちなみにじゃが、この空間と外の時間の流れは違う。具体的な算出をする余裕はなかったし、何よりここがいつあれに観測されるか不明なので具体的な断言は出来ないが、それでも次に出る時はここで暮らした年数分とはならんはずだ。まあ、微塵の慰めにはならんだろうけどな』


 相変わらず何を言ってるのかさっぱりだが、どうやら励まそうとはしてくれているらしい。

 今はその心遣いがちょっと嬉しい。俺を閉じ込めた張本人なのに……あ、一か八かこいつを殺せば開かないかな。


『そんな目をして、俺を殺せたとしてま開かんぞ。というか俺はあくまで自律思考端末。物理的な干渉は愚か、魔力的干渉も特別なものでない限りは不可能よ』

「……そうかい。そりゃ残念」

『とりあえず、部屋に戻って少し考えてこい。そして次に呼ぶときまでに答えを決めておけ』

「……そうさせてもらう」

『うむ。……ああそれと、シャワーはしっかり浴びておけよ。俺は自立思考端末だからいいけど、女の子部屋に呼べないくらいには臭うぞ』


 最後に酷く傷つくことを言い残し、ミニDディーは浮かび上がったちゃぶ台と共に部屋から去っていく。

 きっと魔法か何かなのだろう。いつもなら驚くところだが、今はそんな気持ちにはなれやしなかった。


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