第3話

 思わず泣きそうになっていた(恐らくそうであるように、僕には見えた)川谷さんは、綺麗だった。もともと顔立ちの整った容姿をしている人だけど、感覚的に、本能的に、そんな感情が湧いてきた。何の妨げもなく、不意に、一直線に、それは、僕の心の中に落ちていった。奥底に到達しても、少しの痛みも苦しみも生まれてこないし、むしろ心の中に溶け込んでくるような感覚で—————

 もしや、これが「恋」か?

 僕は、川谷さんに惚れたのか?

 一瞬にして、『思考回路はショート寸前』になった。いやいやいやいやいやいやいや、僕は何を言ってるんだ? こんな簡単に人は人を好きになるのか? あっさりし過ぎてないか? 少しもロマンチックじゃない……。いや、そもそも、僕が、恋愛というものに、夢や希望を抱き過ぎたのか? ていうか、川谷さんは、今は、恋人なんて欲しくないって、言ってるじゃないか。それなのに、僕は、自分勝手に、川谷さんのことを好きになってるんだぞ。それは、川谷さんに対して、余りにも失礼じゃないか……? どれほど僕と川谷さんの仲が良くたって、僕は患者で、川谷さんは看護師さん。僕に対して優しく接してくれるのは当然であって、それを僕は勘違いして、場違いな感情を抱いているだけだ。そうだ、そうだ、そうに違いない。恋の炎なんか、早く消してしまおう。川谷さんをそんな目で見るのは、誰にも許されないはずなんだ、きっと……。

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 恋なんか、するんじゃなかった。きっと、これは、私の本音だったと思う。啓一君の前で放った、その言葉は、自分が幼いと分かったあの頃から、ずっと思い続けてきたことなのに、いざ口から吐き出してみると、それは、何だか私らしくなかった。でも、実際、自分の恋バナなんて、ろくなものじゃないし、愛の告白なんか、トキメキなんか、ありもしない未来の想像なんかしなけりゃ、あんなにも恥ずかしくて苦しい想いはしなかったはず。きっと、私には、恋など必要なかったんだ。お勉強と自分の趣味だけしてれば、もう少し平凡に生きていられたんだ……。けど、そんなことばっか思い続けてる自分に、呆れたりもする。

 ていうか、なんで、そんなことを、啓一君に言ったんだろう。自分のことなのに、少しも分からない。私の言葉といい、その言葉の理由わけといい、最近分からないものが色々増えてきた。分からないってことは、私にとって、一番嫌なことだから、自分に対して、私は、今、すごくイライラしてる。でも、それと同時に、私の中には、分からないことを、分かろうと努力する部分が出来た気がする。きっと、これは、啓一君のおかげだろう。大人の女性だなんて……、私は全然そんなんじゃないよ。むしろ、君の方が……、いや、これを言ったら、啓一君が調子に乗っちゃうから、この発言はやめとこう。

 私は君に何一つ与えていない。君が私に無邪気な心を、ちょっと分け与えてくれただけなんだよ……。

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