#030 まだだ、まだ終わらんよ

「まずは…………おぉ、曲がった」


 エルダートレントに石を投げてみたところ、途中で軌道が変わってしまった。


『あっ! それ以上近づくと!!』

「なるほど、風か……」


 エルダーの周囲には、絶えずわずかな風が渦巻いている。ゲーム脳的解釈でいえば、矢避けの加護。遠距離攻撃の軌道をオートで散らす能力だ。


「Uuuuuuuuu」

「おっと、よっ、と!」


 続いて唸り声をあげながら棘付きの種のようなものを3つ飛ばしてきた。射出というより、風に飛ばされてきた程度の速度なので距離を取っていれば回避は余裕だが、接近した状態で頭上や背後から飛ばされるとキツそうだ。


『気をつけてください! その種は…………わわぁ!!? 爆発します』

「そのようですね」


 爆発と言うよりは破裂くらい。破裂後は棘も含めて霧散してしまう。


「Uuu Goooooo!!!!」

「おぉ!!」


 あるていど近づいたところで強い風が吹き荒れ、飛ばされそうになる。ノーマルトレントは近づいてきたエモノに対し枝で攻撃するが、エルダーにその素振りは無い。単純に身長が高いのもあるが、そもそもノーマル以上に動くのが苦手なのだろう。


「Uuuuuuuuu」

「その攻撃は、もう見た…………と! これで、どうだ!!」

「…………」


 種の攻撃を回避して肉薄し、本体に<火>の魔法を刻む。しかしながらリアクションは無し。本気ではなかったが、それはさておき痛覚などは無く、やはり枝や根で攻撃してくる素振りは無い。攻撃はライフで受け、自然回復(自動回復)で帳消しにするスタイルのようだ。


『いけそうですか?』

「どうでしょうね」


 いったん距離をとって仕切り直す。戦った印象は『小さな要塞』。矢などの投擲を無効にするが、そもそも(剣も含めて)軽めの攻撃は分厚い外皮に阻まれてダメージが通らない。


『エルダーは、本来、軍隊に頼んで、攻城兵器で戦う相手なんです』

「あぁ、なるほど。いろいろと納得しました」


 並みの冒険者では太刀打ちできず、放置されている理由がよく分かった。遠距離攻撃無効なのに、近づいたら吹き飛ばし。超高耐久で、魔法防御力もそうとう高いのだろう。


 対処するなら更なる物量で押し切るのが簡単だが、それでは冒険者的に割に合わない。触らぬ神に祟りなし理論で放置されるのも納得だ。


『やっぱり、無理ですよね?』

「まぁ、相性はいいので、やれるだけやってみます」





『……やれるだけやってみます』


 そういって仮面のようなもので口元を隠すと、ローブが絞まり、機動力重視の軽量アーマーに変化する。


「ぁいええ!? それは!!??」

『あぁ、燃料ですね』


 違う! いや、そっちも気になるけど!!


 取り出したのは幾つかの包み。燃料と言うからには、先ほどの火属性魔法を強化する触媒なのだろう。


 魔法使いは大きく2種類に分けられる。軍隊などに所属して、仲間に守ってもらいながら最大火力を叩き出す事に専念する純魔法使いと、攻撃に専念せず守りや補助魔法で連携する(冒険者に多い)汎用型魔法使い。彼は普段の風貌もあって前者に近い印象を受けるが、実際のところは単独での戦闘もこなす後者寄り、あるいはそれを通り越して前衛型なのだろう。この国では、まず見ないスタイルの魔法使い、いや、魔法も使える何かだ。


「Uuuuuuuuu!!!!」


 軽々と攻撃を避けながら、つぎつぎと火属性魔法を撃ち込んでいく。長々と詠唱はしない。たしか錬金術師だったか? 詠唱の代わりに触媒を用いて火力を底上げするスタイルの魔法使いがいると聞いた事があるが、それらしく見えるものの、何か根本的に違うようにも見える。


「Uuu Goooooo!!!!」

『当たらなければ、どうと言う事はない。あとは、魔力こん比べだ』


 腕から白い帯のようなものを伸ばし、攻撃を回避しながら頭上の枝枝も燃やしていく。多彩な火属性魔法のみならず、移動スキルや近接攻撃も繰り出していく。その動きは今まで見てきたどんな冒険者よりも素早く、それでいて力強い。


「Uuuuuuuuu!!!!」

『まだだ、まだ終わらんよ』


 種の爆風を受けてしまったが、まだ余力はある。あの防具、見た目に反してかなりの耐久力があるようだ。下手をしたら、貴重な人工遺物アーティファクトなのかも。


「uuuuuuu……」

「利いています! これなら!!」


 魔力がつきかけているのか、エルダーの枝葉が落ちて枯れ木のようになっていく。エルダーは高い魔力量を誇っており、本来、数人の魔法使いが束になっても押し負けることはないと聞く。そこに押し勝つということは、それだけの、相性問題こそあるにせよエルダーに勝る魔力量って事になる。それはもう、常識的な魔法使いの域を超越している。


『そろそろか……』

「????」


 充分に弱ったエルダーに、手を当て、今まで見せなかった魔法らしきものをかける。いったいどんな効果があるのかは分からないが、それでもエルダーの体は朽ち、絶命した。




 こうしてレイという異国の魔法使いは、本当に一人でエルダートレントを倒してしまった。これは…………小さくない事件だ。

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