#005 可愛いは正義

『このほうが、便利』

「便利で小さくなれたら…………ん? 檻から逃げられたんじゃないか!???」


 小さめのキツネくらいのサイズ感だったニノが、気づけばフワフワのオコジョか、それこそ着物に合わせる温かそうな襟巻くらいのサイズ感になっていた。


『無理』

「そうっすか」


 檻に魔法的な細工がされていたのか、それとも変身に条件があるのか。とにかくニノは魔物であり、動物の常識に当てはめて考えるべきではないのだろう。


『ん~~』


 首筋に擦り寄ってくるニノ。可愛い。人類が誇る英知の結晶に『可愛いは正義』という格言が記述されていたが、本当にその通り。危険もあったが、虎穴に飛び込んで正解だった。


「とりあえず道なりにいってみれば、何かあるだろう」


 いい加減、喉もカラカラだ。最悪、草の茎から水分を摂取するつもりだったが、道があるなら希望は持てる。





「そうそう、こういうのだよ」


 少し歩くと、ちょっとした休憩所と水場があった。たぶん馬車の利用者のために、こういった休憩施設が各地にあるのだろう。残念ながら時代劇とかで見る茶屋的なものは無かったが、最低限の手入れはされているので、近くに集落があっても不思議は無い。


「そういえばニノ。臭いで人や魔物を探せたりしないのか?」

『ん~、わかんない』

「わかんないか。よしよし」

『ん~~~~』


 こういった動物は鼻がきくイメージがあるが、たとえば霊長類の中で一番嗅覚が鋭いのは(野生動物ではなく)人間であり『一概に野生動物が敏感』というわけでも無い。


「水、飲むか?」

『ん』


 チロチロと水を舐めるニノ。可愛い。しかし体が小さいからか、あるいは魔法生物だからか、すぐに飲み飽きてしまった。本来、こういった生物はこまめに栄養や水分を補給しなければいけないはずなので、やはり生態からして違うのだろう。


「おっ! これってもしかして!!」


 水を飲みながら周囲を確認すると、岩に何やら矢印と文字が刻まれていた。文字は全く読めないが、これは"標識"と見て間違いないだろう。


『ん?』

「ニア、これ、なんて書いてあるか、読めないか??」

『わかんない』

「あぁ、うん。ですよね」


 テレパシーでやり取りできるのは、あくまでイメージだけ。じっさいのところ言語は理解していない。とはいえ、耳や発声器官はあるっぽいし、契約してからテレパシーも感じ取りやすくなった気がする。これなら意思疎通の問題は、徐々に解決していくだろう。


「そういえば、ニノ。おまえ、俺に付いてきてよかったのか?」

『??』

「いや、俺は人に会ってみるつもりだ。安全かどうか、分からないけど」


 そもそもこの世界の"人"が、人と認識できる形状かも分からない状態。最悪、いきなり襲われる可能性もある。お互いに。


『大丈夫、たぶん』

「そうか。まぁ、そういうのなら」


 よく分からんが、大丈夫らしい。まぁどうせ、俺には当たって砕ける以外の選択肢はない。いちおうウルフには勝てたが、あれは相手が引いてくれたから。あのままあの場所にとどまり、野宿でもしようものなら…………寝込みを襲われ死んでおわっていただろう。




 こうして俺たちは道すがら標識の示す場所に向かい、ほどなくして人里にたどり着いた。

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