たべちゃうぞ

「……っ!」

声にならない声を上げて、あたしは布団から飛び起きた。


「…まったく、なんて夢を…」

そう、あまりに嫌で変な夢を見てしまったせいで、思わず飛び起きてしまったのだ。

とはいっても、目覚めた瞬間にどんな夢だったかを忘れてしまった。

だけど、「嫌で変な夢」だったことはハッキリ覚えていた。


時計を見るとまだ丑三つ時。

寝直す時間も十分にある。

でも、また嫌で変な夢は見たくないので、

「バクさんバクさん、あたしの夢をあなたにあげます」

気休めかもしれないけれど、昔おばあちゃんに教わったおまじないを唱えてみる。

すると、

「いらないよ、そんなまずい夢なんて」

と声が聞こえて、目の前で「ポン」と音を立てて煙が立ち上がった。

煙が消えると、そこにはピンクのぬいぐるみのような物が浮かんでいた。

「…誰?」

思わず聞くと、

「ボクは、バクだよ」

ぬいぐるみがそう答えた。

「バク?」

「そう」

バクとは言っているものの、どう見ても象がモデルのハンバーガーチェーンのマスコットにしか見えない。

「で、そのバクがあたしの夢を食べに来てくれたってこと?」

「間違いじゃないけど、悪い夢は食べたくない」

あっさり拒否された。

「人間だって、おいしい食べ物やお酒を口にする方がいいでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど…」

「ボクも同じなの。だからおねーさんには少しでもいい夢を見てもらわないと、ボクもおいしい食事ができないの」

「ふーん、そうなんだ」

「でも、どうせなら夢よりも夢を見る人間の方が…」

「何か言った?」

「何でもないよ。だから、さぁおねーさん、早くいい夢見てよ。じゃないと…」

そう言いながら、バクが無表情であたしの方にじわじわと寄ってくる。

「じゃないと?」

「かわりにおねーさんを…」

無表情な分、かえって気味悪い感じでバクが目の前まで迫ってくると、

「たべちゃうぞーぅ!」

そう言うや否や、今までないと思っていた口が突然大きく開いて、あたしの頭にかじりついてきた。


「……っ!」

そこで目が覚めた。

「…夢?」

思わず周りを見回してみたけれど、バクは見当たらなかった。

どうやら夢から覚めた夢を見ていたようだ。

なんてややこしい…


時計を見ると、日付が変わった頃合いだった。

まだまだ眠る時間はたっぷりある。

今度こそおばあちゃんに教わったおまじないを唱えて、いい夢を見ることにしよう。

「バクさんバクさん、あたしの夢をあなたにあげます」





「それじゃあ遠慮なく。たべちゃうぞーぅ…」

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