第18話 初戦敗退系主人公

よくある物語の主人公なら、無自覚でいつの間にかすごい料理を毎日作っていて、それがたまたま大会で評価されたことでいきなり優勝するなんて話になるだろう。

だが僕は一般的な男性の一人暮らししか経験していない。

いくら2週間の英才教育を受けたといっても、何年も料理を続けている人にはかなわないのだ。


「ユリアちゃん負けちゃったか・・・」


「すみません、初戦敗退してしまって・・・」


僕は自宅のマンションに戻り、美春さんに今回の結果を報告している。

本選は残念ながら1回戦で、ぼろ負けしてしまった。

本選からはプロの料理人が審査をするようになり、かなり審査が厳しくなる。

この大会に出場した結論として、僕の料理スキルは「少し料理が得意な人」という評価に落ち着いた。


「仕方ないよ、あの大会本選からは魔境って言われているくらいだから・・・」


「そうなんですか?」


「うん、あの学校いいところのお嬢様が多く集まるから、中には愛理みたいに実家が一流の飲食店を経営している人が多いの」


「運よく予選を突破しても、予選のシード枠の人と当たって初戦敗退するなんてザラだからね」


「それにしても愛理さんすごいですね、全大会も優勝したんですよね?」


今回の大会で優勝したのは愛理さんだった。

愛理さんの実家は創業110年と歴史のある老舗の料亭で、代々大物の政治家や役人などが利用してきたそうだ。

何より愛理さんの本人の努力が凄まじく、その料理の腕を見込んで世界中のレストランからスカウトを受けているくらいだ。


「愛理さんと結婚する人は一体どんな人なんでしょうね・・・」


「それは本人に聞いてみないと分からないかな」



波乱の料理コンテストも終わり、渋谷ダンジョンに向かった。

するとダンジョンの入り口に何故か由香里がいる。


「あれ?由香里さんですよね、大会の審査は大丈夫なんですか?」


「私は特別ゲスト枠だったから、本選の審査はしないよ」


「それより今日は話があってきたんだ」


由香里はまるですべてを見透かしたような目を向けてきた。


「久しぶりだね、晴彦?」


僕は由香里の発言によって一瞬だけその場から動けなくなってしまった。



その後ダンジョン内に仮設で作った休憩場に由香里と共に入った。

まずは僕が晴彦であると気付いたことを問いただす必要がある。


「由香里、いつから気づいて・・・」


「それより、あの約束覚えてる?」


「約束ってもしかして、由香里が迎えに来るやつか?」


「うん、もうとっくに2年は過ぎちゃったからね」


「そしてもう一つあったよね」


「あれか・・・」


確かなんでも一つ言うことを聞いてもらうだったか・・・

だがもう生前の晴彦はいない、由香里との約束は二度と果たせないだろう。


「けど僕はもう晴彦じゃないんだ・・・」


「そっか、今はユリアって名乗ってるんだっけ?」


「うん、こんな体になったのはダンジョンの呪いのせいなんだ」


だが由香里には僕の嘘は通じなかった


「嘘だよね?本当は一度死んだんでしょ?」


「私、常に晴彦の行方は知ってたんだよ?、パーティは解散していなかったから、端末を通してだけどね」


探索者のパーティにはメンバーが行方不明になっても、探し出せるように専用の端末が支給される。この端末は探索者の心音を検知して作動しており、探索者が無くなると端末の反応が消えてしまうのだ。


「2か月前、突然探索者協会の殉職者の中に晴彦の名前が載ったの」


「端末も動かなくなって、本当に晴彦が死んじゃったと思った」


「でもしばらくして再び端末が動き続きだした」


「それで端末を頼りにこの辺一帯を探していたら、突然ダンジョン内であなたが配信を始めた」


「最初は晴彦の端末を盗んだ不届きものかと思ったけど、やさしい雰囲気と気配でなんとなく晴彦だって分かった」


「ねぇ本当のことを話してよ晴彦!」


いつの間にか由香里の目には涙が浮かんでいる。

きっとこれまで不安でいっぱいだったのだろう。

僕は僕に起こったことをすべて由香里に話すことにした。


「ダンジョンマスター?」


「うん、配信ではスキルってことにしてるけど、ダンジョンを運営するにはダンジョンマスターになるしかないんだ」


僕はシルバーフォックスをこの場に召喚し、膝の上に乗せた。


「それってシルバーフォックスだよね」


「そうだね、ダンジョンマスターなら今みたいに自由に魔物を召喚することが出来るんだ」


「なるほどね、ダンジョンマスターについてはだいたい分かった」


「でも納得いかないことが一つだけあるの」


「美春って誰!?」


「今お世話になっている人だよ?戸籍を取る時も協力してくれたんだ」


「ふぅ~ん、その美春さんって人に会わせてくれる?」


「いや・・・分かりました」


僕が否定の言葉を発したとたん、由香里の表情が修羅のような顔になった。

ここまで怒っている由香里を見るのは初めてかもしれない。

その後由香里と一緒に、自室のマンションに戻った。


初戦敗退して落ち込むユリアをなでる美春さん

https://kakuyomu.jp/users/rikuriku1225/news/16818093084867749056




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