第12話 親に捨てられた少年と盲目の少女

「ごめんなさい、ごめんなさい」


誰の声だろうか、その声を聴いたのはまだ歯も生えていない小さな赤子の時だ。

僕は地方にある小さな養護施設で育った。

施設にはダンジョンで親を亡くした子供や、虐待で逃げてきた子供たちが普通の生活を送るために暮らしている。

僕は物心がつく前から施設で暮らしている施設でも少数派の人間だった。

元々の性格から人と馴染めず、部屋の隅でよく一人遊びをしていた。


そんな僕に転機が訪れたのは10歳の時だ。

その年、施設に新しい少女がやってきた。

少女の名は園部由香里、都市は僕よりも2つ年上で他の子供たちと同様に親に捨てられた子供だった。

少女は生まれつき魔力が高く、スキルにも恵まれていた。

まるで探索者として成功を約束された完璧な人間。

だがそんな彼女には致命的な欠点があった。

生まれつき視力が弱くなっていく病気を患っていて、施設に来る頃には光を感じること以外できなくなっていた。

由香里と僕が出会ったのは似た者同士だったからなのかもしれない。


「隣に座ってもいい?」


いつも通り部屋の隅で遊んでいると、由香里が話しかけてきた。

由香里の手には音楽プレーヤーが握られていて、片耳にだけイヤホンが挿入されている。


「ずっと音楽を聴いているだけだと退屈だったから、一緒に遊ばない?」


「・・・分かった」


当時の僕は由香里について、施設の先生から目が見えないことだけ聞かされていた。

実際に話したこともなく関わったことのない人物だったため、どう接すればいいか困惑していたと思う。


「私由香里って言うの、君の名前は?」


「晴彦・・・」


「晴彦、良い名前ね」


「由香里はどうやって僕のことに気が付いたの?」


目が見えないはずの彼女にふと沸いた疑問を投げかけた。

僕はただでさえ影が薄い人間で、誰からも声をかけられない。

そんな人間に気付いた由香里に興味が湧いたからだ。


「なんとなくかな?私、目はほとんど見えないけど人の影は分かるんだ」


「影の動きでその人がどんな人物なのか、少しだけ知ることも出来るよ」


「そうなんだ、由香里からしたら僕はどんな人物に見えたの?」


由香里は少しだけ天井を見上げると、小さく微笑んで答えた。


「とてもやさしくて孤独な人、それに臆病な性格なのかな?」


由香里に言われて共感した自分がいる。

こうして誰かと話すのはいつぶりだろうか。

いつからこんな性格になったのかも分からない。


「私もね、みんなの前では明るく振舞っているけど、一応気付いているんだ」


「みんな私に気を使って、本心では私と関わり合いたくないことを」


「その点君はやさしい人だから、対等に接してくれるでしょ?」


「そう、なのかな」


その日以来、由香里とよく遊ぶようになった。

お互いに初めてできた友達で、孤独という点においては似た者同士。

気付けば探索者として登録できる、15歳という年齢になっていた。


「ねぇ、一緒にパーティを組もうよ」


「僕でいいの?」


「晴彦だからいいんだよ」


「分かった」


この日、スキルなしの無能と、盲目の天才少女による凸凹パーティが誕生した。


「そっちに行ったよ」


「うん!」


由香里がサーチの魔法を唱えゴブリンの数を把握し、僕に指示を出した。

探索者になって数か月、僕たちはゴブリンを倒していた。

いつもは1匹や2匹という少数を相手に戦っていたが、この日は異常な数のゴブリンが襲い掛かってきている。


「がは!」


僕は一匹もゴブリンを倒せず、その場に倒れこんでしまった。


「晴彦!?、く!ゴブリンごときが!」


由香里はスキルを発動させ、あたり一帯のゴブリンを一撃で殲滅して見せた。

彼女が持つ増強というスキルはあらゆる魔法の威力と身体能力を限界以上に引き上げる最強のスキルだった。

感覚を強化すれば目が見えない彼女でも魔物をとらえることが出来る。

当時は体の負担が大きいため、一日10分が限度だったが、それでも増強のスキルを発動させた由香里を止められる魔物はこの場に存在しなかった。


「はぁ・・・はぁ・・・」


10分が経過し、由香里がスキルを解いた。


「大丈夫?晴彦・・・」


「ねぇ由香里、前から君に伝えたいことがあるんだ」


「も、もしかしてこくは・・・」


「僕たちパーティを解散しないか?」


「え?」


「今日も由香里がすべてのゴブリンを倒しただろ?、僕は何もできず地面に倒れていただけだ」


「由香里は才能もあるし強力なスキルも持っている、本来は僕みたいな無能と組むべきじゃないんだ」


「いやだ・・・」


「え?」


「晴彦は私にとって大切な友達だから別れたくない・・・!」


由香里は目に涙を浮かべている。

僕は彼女になんて酷いことを言ってしまったのだろう。

彼女は一度だって僕を役立たずだと蔑んだことはない、勝手に自分自身をさげんで彼女の気持ちを傷つけてしまった。


「じゃあさ、こうしようよ」


「パーティはそのままにしてさ、お互いに探索者を続けてランクを競い合うんだ」


「僕はまだまだ実力不足だから、これ以上由香里に助けてもらうだけではいかないだろ?だから自分のペースで鍛えたいんだ」


「そしてもう一度一緒に戦ったら最強のパーティになると思わない?」


由香里は納得したように頷いてくれた。


「もう別れるなんて言わない?」


「あぁ約束するよ」


そして由香里とパーティを組んだまま一つの約束をした。

お互いに探索者を続けて鍛えて、ランクを上げる。

そしてお互いに強くなったら、もう一度共に戦おうと。


「それなら期限を設けるからね」


「どれくらいかな?あんまり短いと鍛えきれないよ」


「2年!それ以上は待たないから!」


「もし期限が過ぎたら、迎えに行くからね」


「そしたらペナルティとしてなんでも一つ言うことを聞いてもらうから!」


「分かったよ・・・」


それから由香里は破竹の勢いでランクを上げていった。

たった一年でAランクに上り詰め、その数か月後にはSランクの称号を手に入れていた。

誰とも共闘せずたった一人でダンジョンに挑む彼女に人々は、盲目の剣聖という二つ名を与えた。


あれからもうすぐ2年が経過する。

由香里は19歳になり、もう立派な大人になっているはずだ。

一度死んでしまったせいで彼女との約束を破ってしまったのは申し訳ないと思っている。

もし願いが叶うなら、もう一度由香里と会いたいものだ。


ある夜の都内大型ホテルの一室


「やっと見つけた!」


一人の女性が小さな幼女が写りこんだ配信を見て微笑んでいる。


「手術である程度なら目も見えるようになったけど、気配で人を判別する能力は健在かな」


「こんな姿になっているけど、一目で晴彦だって気付いたよ」


「そろそろ約束の期限も過ぎるし、迎えに行かないとね・・・ふふ」


彼女の正体はSランク冒険者となった園部由香里。

この日ユリア(晴彦)の元に一人の不穏な影がやってくるのだった。




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