脳波治療プラグ

@D_O_M_I_O

自我

脳波治療プラグ


脳幹プラグという俗称で呼ばれる医療器具がおおよそ眼鏡と同じくらい普及しまして、誰も彼も欲しがって今や6割ほどは普及も終わり、誰も彼も頭にぶすぶすと針を刺されるや、毒にも薬にもならない善良一市民に格が落とされまして。治療が始まる以前は反対のデモやら反対の意見を聞いてもいないのに声高に叫ぶ者も多くいましたが、始まってみればあれよあれよと猫も杓子も皆一様にプラグに刺される始末。かくいう私も癇癪持ちで、自分でもこれはよくない、止められるなら止めねばと怠惰と感情の反抗をなんとかなだめようと日々を過ごしていましたが、やはり家族に手を上げ子に孫に手を上げたる暴君然とした様はどうにもいたく疎ましく、また隣近所様からの目を気にする程度の世間体も少しはある物ですから、こうして今病院のベッドに寝かされているわけであります。皆がやるから右へならへで刺すという主体性の無い根拠に少しばかり思うこともありましたが、問診票に書いてある自覚している症状、というところに癇癪、暴力、怠惰、と書いて、少しばかり卑屈な気持ちにもなりました。いざ自らが治療する物と向き合うと、呼称が決まっていて普遍の世間連中と同じ格の呼称をされている。到底尊いものでもなければ他人様に自慢できるような物でもなければ、無ければ無いに越したことは無いんでございますが、それにしたってきちと線を引いたようにこの感情に名を付け分類されるのもどうにもまた癪に障り。少し頭に来はしましたが、いかんこれも癇癪のうち、碌でもない爺はもう死ぬんだ、という気持ちで平重十吉とサインを致した次第でございます。家族からもようやっと疎ましい爺がまともになる、聞こえなかった耳がノイズキャンセリング付きの義耳に変えられ、見えなかった目も眼球インプラントで見えるようになり、何を見ろというのか、60倍ズームまでついています。効かなかった足ももうちょん切ってスリムなアクロス社製の義足と取っ代えられている物で。耄碌した爺にいらないだろうと思っていたのですがサッカーボールのリフティング機能が付いております。2、3度孫に見せて以降「もういいよ」とそのお役も早々と済んでしまいましたが。悪い部分をどんどん直していくとなると、誰か他人の指や手や電気が流れ込んできて、皮膚で感じていた風や気温も、クロムメッキの表皮では感ずることもなく。節々にあった痛みが消え、人生で不要でできれば治したかった物たちが、あぁ自らの人生を記す五感の一つだったのだなと失ってから気づいた物です。とはいえ間違った感情を抱いて御することさえままならないとなるともう厳しく。二つ上の階に住む似た年の冨久三ももう両手足とっかえちまって、今や公道でたまにある車のレースに参加していたりします。サイバーテック的技術が人間を大きく進化させるとは言ったものの、効率や良し悪しの線引きに強制的に従わされているようでいて、どれらも人間だった生き血が通わない物に変わっていくような気もして。風情やら空気やら、何かわからないほわっとした認識をしていたものが、科学的に何にも裏付けられない物が今や、もうどこにもない。この頭に蹲る鬱屈した若い頃の逆恨みや、やっておけばよかったという後悔、あぁ羨ましいという妬みの感情さえ消えてしまうんだろうか。消してしまった方が良いと自分でも思うほどですから、持て余してしまっていたのは確かではありますが。


ざく、と脳の肉をかき分ける異物感があって。ピピ、と音を立てた後、同期完了しました、という声のした後に異物感も消えて。

処理中です…というアナウンスのあと、10分もしないうちに脳にずっとあった陰りも消えて。


日々の生活がもうあっという間に効率的になりました。

6:00起床。二度寝することもなければもう少し横になりたいという気持ちもない。

布団をさっさと畳んで起きる。ストレッチをして足の間にグリスを挿す。

何度か鳴く毛むくじゃらの生き物を跨いで、じゅうと音を立てて目玉焼きを作る。卵を割って、トーストを焼いて、載せて。椅子に座って黙って食べた。

「おはよう」

「おはよう。今日は寒いね」

「……そうだね、おじいちゃん」

跳ねっかえりの孫にも今、緑のプラグが刺さっていた。目立っても問題ないように可愛らしいデザインの物。

ほんの数日前には金を寄越せ、親孝行をしろと言い合いをしていた記憶もあるが、誰か違う他人の生活のことを覚えているような奇妙な感覚があった。

「今日は早いのかい」

「うん。一週間の経過観察があるから、すぐ帰ってくる。」

「そうかい」

「あのね、マキが…帰ってきてないんだ」

茶ぶちの反抗的な飼い猫。元野良で、くすんだ黄色い両目でじっとりとよく人を睨め付けていた。

「もともと野良だろうしね、誰にも会いたくない日もあるだろうさ。」

「うん…あ、おはよう。お母さん。」

「……おはよう。おじいちゃんと話してたのかい。」

「うん。マキのことと、プラグのこと。」

「…そう。十吉さん、朝ご飯は…」

「もう頂いてるよ。食ったら出てくる。」

「……わかった。」


街は相変わらず小綺麗で、皆一様に区画線を守ってきびきび歩いていた。

犯罪率や自殺率、事故率なんかは大幅に減って、最早交通事故も一か月に一件あるかないかくらいになった。

隣の家のおばあさんも出てきていて、その隣のおじいさんも、その隣のおばあさんも同時に出てきた。

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」

「やぁ。いい天気だね。気分はどうだい。」




「…不気味だよ、最早。年寄連中も、若いのも、皆同じ話題で…」

「まぁでも、癇癪起こされて怒鳴りあいになってたのよりかはまだマシなんじゃないか。…お前だってオヤジに落ち着いてほしいって言ってたじゃないか」

「そうだけど…」

新聞を見る。徴兵、戦争の休止、裁判の規模縮小。懲役刑及び死刑囚のプラグ付きでの経過観察、刑務所の規模縮小と人員削減。事故・事件数の低下により警察官の採用数低下、大多数のリストラ決行。軍隊の縮小。アイドルグループの解散、ホストクラブおよびキャバクラの一斉解散。1から100まですべてがスムーズに進むようになった。

定規で線を引くように、数字がきっちり嘘をつかないように。物事が全て理屈で動いて、感情で動くものはほとんど無くなった。

映画館も近いうち小さい物は閉鎖になるらしい。

「……あっという間に色んなものが死んでいくような気がするよ」

「気のせいさ。余計な争いばかりだったんだから。…コーヒーのおかわりは?」

「…いらない。」

「そう。…僕ももういらないや。仕事行ってくる。」

8:00。スーツに着替えて出社して行った。

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