第36話 誰がための猫耳/無貌の少女

「おふっ」

 スコップは乙女に相応しくない音をたてた。元々乙女ではないが。

「シズカちゃん……どうしてお姉ちゃんの翻訳機は、猫さんの耳なの……?」

 プルプル震えるのは赤毛の美人さんだ。シズカのビデオをみた後だと、なるほど姉妹だとよく分かる。

「あ、あり得ない可愛さだ……!」

「ミツルさん……いえ、ミツルちゃん!耳触って良いですか!」

 声も口調も再現したという、特注の宇宙翻訳機は脳波を瞬時に解析し、発声とのタイムラグはほぼゼロ。語学と姉の専門家が責任総監修したデータベースは「日本語なのにほぼミツル風」を再現した。

 ミツルの堅い口調を知っているスコップにはギャップ萌え(タイプA)も発生している。

「う、うん。でもカチューシャの付け耳だよ?」

「それでも!」

 ミツルは黙っていれば格好いい美人さんだ。今は妹が贈ってくれた猫耳カチューシャを恥ずかしがりながらも装着しているのを見た山田にはギャップ萌え(タイプ・ワイルド)が発生していた。

 スコップも山田も、「ギャップ萌え」には懐疑的な立場であった。萌えるならば普通に萌えれば良い。だが彼女たちは今日この日、世界の真実に気が付いた。萌えの真なる可能性。ギャップ萌えは宇宙。ギャップ萌えは無限。今年のノーベルモエモエ賞は、ギャップ萌えの第一人者であるミツルちゃんで決まりだ。

「あなた達!私のほうがお姉ちゃんなんだぞ!」

     

 娘達が萌えている頃、山田旅館のさち子は押しつけられた祭りの準備に大忙し……ではなかった。

 祭り自体は完璧にマニュアル化されており、小道具の係りも電気屋も、祭りの決行日を連絡すれば勝手にセッティングを始める。後は持ち回りで決められた商店街の店々を管理者権限ではめ込んでいくだけだ。

「マミの所は、奥に押し込んでやるわ」

 普段から仲の良くないマミの小料理屋台を人通りの少ない奥の区画に押し込む。

「私に恥をかかせた報いを……受けるといいわ!「ゆうき」、区割り表の下書きができたよ。パンフレット用に清書して」

『わかったよ、お母さん』

「金券のデザインは?」

『額面ごとに異なるモチーフ。額面ごとに色を変える……。有名絵師さんに描かせてきたよ。収集家用に額入りも準備している』

「流石は「ゆうき」だわ」

『お祭りのことは世界中に囁いておいたよ、お母さん。ちゃんとお手伝いするから。何でも言ってね、お母さん』

「ありがとう「ゆうき」……」

 さち子は、自分に背を向けて作業に没頭する「ゆうき」を愛おしそうに眺める。それは流れる綺麗な黒髪の女の子の背中だった。


「ミツルちゃん!おたくの妹さん、全然分かってない!」

「え?何!?」

 洞窟じたくで刑事ドラマを見てくつろいでいたら、山田が乱入してきた。山田はミツルから見ても凄く可愛い子猫で、可愛い過ぎてツラい。

「どうして変身なの!」

「ミャウドライバー……どうしてゆうきちゃんが持ってるの?」

「未来のシズカにもらったの」

「シズカちゃんはまた無茶をして。ゆうきちゃん、ミャウドライバーは変身アイテムだから変身は変身よ?」

「変身のかけ声が、変身じゃダメなんだよ~」

「お姉ちゃん、ゆうきちゃんが何言ってるのかちょっと分かんない!」

 翻訳機の故障?そうではない。山田はマイエボリューションしたいのだ。


 オマケのシズカ。

「佐久間の所にお寿司でも食べにいこうかな……」

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