第18話 不純同性交遊禁止条例

 私は今日死んでしまうんだ。

 馬鹿なシズカは真面目に思った。

 目の前に差し出されたスプーンには、先日食べたものと同じみかんのタルトの欠片が乗っている。

 でもこれは尊さが違うんだ。だって山田が先に味見をした、そのとき使ったスプーンの上に乗っかっているのだ。

 「あ~ん」をしてくる山田の恥ずかしそうな顔も、実に良い!

 そして、その次は私の選んだナッツのタルトだ。私がまず味見をして、山田にも食べさせてあげる……。

 ナッツ?

『検索……猫には食べさせるな、か』

「ねえ、シズカ。どうしたの?みかん、キライ?」

「そんなことない!」

 シズカは急いで山田の差し出すスプーンを咥える。

「うん、おいしいね!」

 別の甘い味も感じるのは、当然気のせいだ。

「あ、猫……。みかん、駄目だった、よね……」

「ううん、大丈夫。私、南ニャタリアの血が入っているから」

「ニャタ?」

「ええ、あの辺は何百年も前に地球の柑橘類を移植していて、そのおかげで摂取しても大丈夫な体になったってわけよ。ご先祖にいるの」

「……品種改良?」

「猫ではないのよ?」

 猫進化ではあるが、元が猫っぽい地球外生命体だ。

 体を構成している物質はほぼ同じ、みかんもナッツもチョコも食べられない。まさにインテリジェンス・デザイン。

「私たち、地球の人間と猫とどっちに近いかって言うと95パーセントで人間よ?子供は出来ない隔離度だけど」

「ふーん。そっか、子供出来ないんだ、残念」

「ニャニャ!?え?今のどういう……」

「ナッツとチョコは?どっちも猫には危険って言われてるんだけど」

「……どうだろ。さっきまで全く気にしてなかったよ」

 もう一つはチョコバナナタルト。

 入店してからずっとニヤニヤしてやがるミップルの悪意を感じる。とはいえミップルもシズカにピンポイントの嫌がらせを仕込むほど暇でもないだろうし、自分を殺すのにおそらく躊躇しない猫姉さんにイタズラするなんてリスクしかないようなことはすまい。

「だったら私が食べてあげよう」

 闖入者が現れた。

「スコップ!」

「先輩!?……シズカ?」

 シズカとスクロール屋の先輩は、出会っていないはずなのだ。なのにかなり仲良く話している。今もなんか揉めてるし。シズカの口調も凄いくだけてる。

「どうして割り込んでくるのよ、どう見てもデート中でしょ?ワンコはデリカシーって判んないの?」

「君ばっかり姫とイチャイチャはさせないよ。僕のほうが付き合いは長いんだから」

「……二人は知り合いなの?」

 別に知り合いだって構わない、でもこの二人は特殊だ。特殊同士出会うなんてなかなか無いはず。

「この間姫がスクロール作りに来たとき、姫を心配して洞窟まで来てくれたんだよ」

「そう。喧嘩なんかしてないわよ」

「シズカ、君ね……」

「スコップって?」

「僕の愛称ってトコかな。こっちは違う意味があるから他には呼ばせてないけど、シズカさんなら大丈夫だろう?」

 愛称呼び。自分はまだ「山田」だ。それにあれだけ隠していた、あの事も先輩は知ってる。

「……シズカの正体も知ってるんだ。ごめん、ちょっとお手洗い」

 山田は鼻をすすりながら席を立って行ってしまった。

「おい、どうしてくれるんだよ……」

「いや~初々しいね!ヤキモチ!嫉妬!姫はどんな感情も美味だ!」

「キサマ……」

 シズカは両手のシズカクローを最大限伸ばし、必殺の体勢で構える。

「良いじゃないか。それに誤解はすぐ解ける!」

 スコップも手の変身を解き、鋭い爪で応じるように構えた。

 いくら店の一番奥で人目に付きにくい席だとしても、騒ぎすぎると営業妨害だ。

 二人は後に証言する。油断は全くしていなかった。なのにいつの間にか首根っこを掴まれて、窓から放り出されたのだ、と。

「お二人とも~、しばらく入店拒否ですよ~。山田さんは私が慰めておきますから、犬さんと猫さんはそこで仲良く喧嘩しておいてくださいな」

 バタン!と窓が閉められた。

「お、おい!」

「……僕、もう帰るよ。じゃあねシズカさん。またね」「ああ……」

 小さく手を振るスコップと応えるシズカ。

 異星人は殺し合いもスキンシップ。

 ちらりと窓から店の中を覗くと、ビックリしつつも笑顔が戻った山田の姿が見えた。

「私も帰ろう……」

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