第15話 佐久間寿司

 何の話をしていたか。

 私はエンガワが好き、といったのは確か。

 そう言うとスシヤのオヤジはニヤリと笑って私の前にニギリズシを置いた。


 オヤジの説明を待つ間の沈黙は実際の時間ではほんの数秒だったろう。シズカはエンガワとニギリズシの関係性が判っていない。

 どうやら説明する気はない、というか一種の試しであるとシズカは気づいた。

「検索……」

 脳波コントロールで「星の○棚」にアクセスする。とはいえ、34世紀から旅立つときにコピーしてきた21世紀地球サブセットだが。100倍に加速されたシズカの思考領域に検索結果が展開される。

『①日本家屋の外周通路から張り出した構造物。主に庭に面した位置に設置される。(イメージとして某三世代家族の家屋イラスト)。ウッドデッキなど。②魚類の鰭部を動かすための筋肉部分。可食部としての通称。見た目が前述の縁側に似ていることから』

 成る程、これは地球式のユーモアだ。しかしどう返せばいいものか。形式美にまで高められた正しい返しがあるはずだ。

 でも、フツーよね。似てるから同じ名前が付くなんて、フツーだよね。

 シズカは悩んだ。

 カウンターの椅子二つ空けて座っているストーカーさくまを見ても、ゴメンナサイポーズをしているだけで役に立たない。

 仕方ないので無難に真面目に返しておく。

「おじさま、私が好きって言ったのはおうちの縁側ですよ。これってお魚のエンガワじゃないですか~」

 頑張ってニッコリもしておく。

「おっと、シズカちゃんはエンガワを知ってたか。ええい、そいつは俺のおごりだ!食ってくれ」

 何とか正解を拾うことができたようだ。

「まあ!良いの?ではお言葉に甘えて……」

 ほんのり温かい、甘めの酢がしみた白米の触感と味に驚く。エンガワの上品な脂が酢飯の効果で適度にさっぱりして、旨味が表に出てくる。やや歯応えのある身が楽しい。

「美味しいです!」

「そうかい!」

 寿司屋のオヤジ、佐久間父は上機嫌だ。

 猫姉さんの猫かぶりに佐久間ストーカーは苦い顔をする。先日本性?の戦闘モードを見たばかりだ、ギャップが凄い。シズカとしては別にキャラクターとして使い分けているわけではないのだが。浮いてくる泡のようなものブギーポップなのだ。

 シズカの思考領域に「星の本○」から通知ポップアップが入り、自動的に思考加速モードになる。

「追加情報?」

『西暦3401年の地球ケンタウリ間の自然資源枯渇に関する覚え書きにて、東アジア海域のカレイ類を保護すべき魚介類の対象に加える審査を十年以内に開始することが決定している』

「資源枯渇保護対象……」

 駄目なヤツである。シズカのいた34世紀では違反者には罰則がある。

 急に顔色が悪くなったシズカさん。

「姉さん大丈夫か?食べられないネタだった?」

 意外と佐久間が心配している。

「そんなことはないけど……ある意味食べられない……」

 禁断の味、なんて言っている場合ではない。

「おじさま!資源枯渇保護対象になっていないネタはありますか!」

「あんまり難しいことはわかんねぇケド……マグロ?」

「……ダメです!」

「ハマチ?」

「……ダメです!」

「サーモン?」

「……ダメですぅ!」

「資源枯渇何とかで縛っちゃうと、無理なんじゃないかな?姉さんは環境とか凄く気にする人?」

「私の国では、バレると最悪禁固十年……ん?」

 バレるはずないじゃない!悪のシズカがささやく。

「ねぇおじさま。もし、よ?」

 どうやら宗教かなんかの都合で食べられないものがあるらしい。オヤジはシズカに何を握ってやろうかと真剣に考えていた。

「もし、おじさまに凄く優秀な娘がいて、遠くで立派なお仕事をしていたとして」

 たとえ話の中の人としても、えらく盛るものだと佐久間ストーカーは感心する。

「その自慢の娘が、悪い事したとしても……分からないわよね……?」

「いや、シズカちゃん。あんた自分で思っているより、顔に出てるぜ?隠し事下手だろう?」

「ニャッ!?」

「姉さんは、食べられない訳じゃないんだろ?」

「……食べたいの。いっつも合成のお魚だったから、実は楽しみにしてたの!」

「今の……じゃなかった。日本では罪にはならないから良いんじゃないのか?」

犯罪者ストーカーは犯罪をそそのかす……」

「じゃあ、犯罪者親子って事で!」

 オヤジが綺麗に飾り付けた握りの盛り合わせをシズカに出してくる。

「今の時期が一番旨いネタを握ったぜ。まあ、飾りで偽装してるから、ご禁制のものだとは素人には判るまいがな」

「おじさま~」

 これが下町の人情……。元は単なる漁村だが。

 佐久間は昼食がかっぱ巻き一本になってしまったが、良いものを見れた駄賃だと自分を納得させるのだった。

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