第10話 ひとりで序破急

 寝台の上で穏やかに眠る山田。「生徒」は山田を眠らせ、何をするでもなく、ただパックに血液がたまるのを眺めていた。

「やっぱり来てよかった。ねえ、あなた何をしているの?……違うな、その子に何をした」

「会えて嬉しいよ、シズカさん」

 音もなく突然真後ろに現れたシズカに首を掴まれても、生徒に焦りは全くない。

「噂では穏やかな女性だと聞いていたけど?」

「お前は答えればいい」

「ふむ、まあ良いや。眠ってもらっているだけ。変な薬は使っていないから安心して」

「目的は何だ?」

「あなたとお話を。いきなり首を絞められるとは思ってもいなかったけど。やり方を間違えちゃったね。ほら、山田ゆうきが目を覚まして、シズカさんがそんな怖い顔して人の首を絞めているのを見たらビックリするよ?僕だってこの子は気に入ってるんだ、悪いようには……イタタタタ」

 シズカの指に力が入り、猫爪が首に食い込む。

「ごめんって!良いお客さんって事!」

 とりあえず現時点で山田の安全は確保されたことを確認して、手を離す。 

「ホントひどい執着だな」

「お前は、局所星団の星の者だな。どうやってここに来た。技術的にはまだ不可能なはずだ。答えによってはお前を処分する。私にはその権限が与えられている」

 シズカは一方的に問い詰める。

「ホント、猫は千年経ってもバカなままなのか……。僕はそうだなあ……うん、スコップ。そう呼んでちょうだい。それで技術云々だけど、宇宙進出だけが文明の発展を計る尺度ではない。今言えるのはここまで」

「お前は……」

「ストップ。先に仕事を終わらせたい」

「仕事?」

「山田ゆうき」

 見えない早さで小さな曲刀ナイフがスコップの首に当てられる。

「さっきも言ったけど、執着し過ぎじゃない?それ。えっと、この子の血から力を取り出さないと。せっかくの上物が傷んじゃう。どいて」

 いただく血液の全量をアイテムに変える訳がない。大半は食事用だ。だからその味はとても大事だった。山田ゆうきの血液は言うとおり極上、これで普通に退魔のスクロールを作ると一つであの古い家に巣くう悪霊をすべて消滅できる質のものが出来てしまう。公表すると彼女の血液を奪い合うことになりかねない。

 だから彼女の血はだいぶ余るのだけど、誰も知らない役得だ。

 作業に取りかかったスコップを見て、シズカは戦闘態勢を解いた。第三理論の科学はシズカには理解できないので見ているしかない。シズカは山田に危害を加えられないのならどうでも良いのだ。

「これだからネコは……」

 威圧から解放され思わず愚痴が出る。

「逮捕、送還しても良いのだけれども……」

「それはそちらの理屈よ。僕たちも、百年地球人と仲良くやっていたの。今更乱したくないし、乱されても困る」

 工程は全く理解できないが、スコップの作業テーブルには紙の巻物が六本積まれていた。

「それでねシズカさん。貴女がここに来た理由は本当にわからないんだけど、貴女が時空監査官とかいうハズカシイ存在だって僕たちにリークした奴がいるのよ。噂をうまく使って」

「ハズカシイ!?名誉職で銀河議会に一票持ってるのよ!」

「……知らないわよ」

 二度と出番のない設定なので、説明はしない。無表情で自慢げなシズカさんを想像していただければ良いかと思います。

 自分が国の代表だと思い出したシズカは、営業フェイスでスコップに説明する。

「……君にも、君のボスにも理解しておいてほしい。敵対する気はない、私の目的のためには手数が必要だから、そのうち協力を要請するかも知れない。でも銀河系規模の国家が私に全権を与えて派遣している意味はわかっていてほしいの」

 スコップは積んであるスクロールのうち一つをシズカに手渡す。 

「界隈もきな臭くなってきているし、頼れる戦力としてあてにさせて貰うよ。それはお近づきの印って事で。怖いんでしょ、オバケ。貴女の家にいる奴らに使うと良いわ。ほら、姫が起きる。戻りなさい」

「あ、ああ」

 いちおう、言うべき事は言ったし、力も見せた。これで良いのだ、よね?シズカ自身わからないうちに話がまとまってしまった。確かに山田に見つかる前にここを去らねばならない。でもなんか気になること言ったぞコイツ。

「そういえば監査官殿。いつも山田ゆうきの血液は極上なのだけど、今日のは少し味が変わっていたの。いつもよりとても甘くて、素晴らしかった。あれはそう……」

 スコップは意趣返しだと、なるべく不敵な笑みを作り、もったいぶって間を置いた。シズカの縦長の瞳が心配そうに揺れる。 

「恋の味……」

「ニャッ?」

「山田ゆうきは最近誰かに恋心を抱いてしまったようね、

「ニャー!!!!」

 おやおや、何を想像したのやら。でもね、そう思うようには行きませんよ、シズカさん。

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