第8話 起眞市立海辺高等学校

「さちこさん、パジャマありがとうございました。洗ってお返しします」

 山田が出かけるならシズカもお暇の時間だ。一晩お世話になったお礼をしつつ、山田を待つ。

 

 朝風呂上がりの山田は部屋に戻って制服へと着替え中メタモルフォーゼ!。

 海高女子の制服はセーラー服。襟、袖、スカートがチャコールブラウン。リボンと紐タイが選べて学年色。山田は一年なので濃いブルーだ。

 山田的には今、謎の光に包まれて変身中。

 

「シズカちゃん、気に入ったのならあげるわよ」

「え、良いんですか!」

 

 山田の跳ねまくった髪は、簡単には整わない。数回のブラッシングで早々に諦める。

 歯磨き、リップクリーム、日焼け止め。スマホは腰のポーチにセットオン!

 脳内ではキラリン♪とかポン♥とかキュートでポップい効果音が鳴っている。

 そして口上!……は彼女の名誉のために非公開。


「行ってきまーす」

「ああ!山田それセーラー服!?」

「え?うん。うちの制服。地味だよね~。もっと別の色が良かった。紫とか」

「可愛い……」

「行くのかい?例の物は頼んだよキュ○ブレイブ」

「ギャー!」

「どうしたの?キュアブレ○ブって……あ!」

 そっち方面の知識も満遍なく勉強してきたシズカ。その方が絶対楽しいし。でも山田のどこにキュア要素があるんだろう?

 シズカはアニメに設定されている対象年齢は知らない。山田が毎朝、変身バンクをイメージしながら制服に着替えているのも知らない……。

 

「うう……、行って来ま~す」

「いってきます」

「シズカちゃんも行くの?」

「ん~、私の宿題代わり?生きたレポート?」

「バカね、ちょっと待ってなさい……」

 山田としては、いつもシズカの側にいることは出来ないため、シズカに友人を増やしたい。それは自分と同じくらいの熱量で……イヤ、少ないくらいが良いかな、でシズカを好きでいて、連絡を取りやすい山田の同年代が都合がよい。生きたレポートは半分冗談だ。

「はい、シズカちゃん。まず先生に挨拶に行ってこれを渡してね。夏の差し入れよ」

 山田ママも、シズカが困ったとき力になってくれる大人を増やしておきたい。


 真夏は通学路も、暑い。

 山田の家から海に出て海岸線を西にしばらく歩く。観光地のビーチからはかなり外れた市の西端に海辺高校はある。途中の小さな砂浜では地元の子供たちが遊んでいたり、岩場では地元の子供たちが釣りをしていたり。それらにいちいち手を振ったり。

「山田は、知り合いが多いのね」

「ん~この辺はね、みんな知り合いだよ。だから、家にこもって隠れて過ごすと逆に目立つ」

「なるほどね」


 起眞市立海辺高等学校。敷地はやたらと広く、西は山を背負い、南は海に洗われ、北と東が町とは数百メートル離れた開けた土地。

 半分は小中高と同じ顔ぶれの町の子供。学校のレベルも中の上で、プールが海水だったり、山に謎の洞窟を多数抱えていたり、特筆するべき点はあまりない。

 建物は四階建ての校舎が三棟と体育館、部室棟。部室棟の裏手は海岸をくり抜いたプールがある。


 朝も遅いので、通学門には他の生徒もおらず、浴衣インのシズカを咎める者はいない。

「じゃあ職員室行こっか」

「うん、すごく興味ある」

 上履きに履き替えていると、数人の生徒に出会う。

「山田~」

「ゆうきたん……」

 それぞれに手を振って挨拶を返す山田。

「あ、シズカさんだ!めっちゃキレイ!」

「山田ばっかりズルい!あとで紹介してね~」

「山田がニヤニヤしてる、可愛い~」

 おや?シズカ側の生徒も幾人かいるようだ。

 職員室には思った以上に教師が詰めていて、山田の担任も来ていた。まあ、最初は担任に言うのが一番ましだろう。

「シズカ、待ってて」

 山田はシズカを廊下で待たせて、担任のデスクに向かっていく。

「間宮先生、おはようございます」

「ん、ああ山田か、おはよう。どうした、部活か?」

「ちょっと巻物の件で……それと、噂のシズカさんを連れてきたので、宿題減免の相談と」

「お、でかした山田。外にいるのか?入ってもらって。俺は教頭呼んでくる」

 教頭?大事にならなければいいけど。まあ本気で心配はしない。

「シズカ~さん、入ってきて~」

 横着して廊下のシズカを大声で呼ぶ。

「もう、山田。他の先生にご迷惑じゃないの……」

 シズカが文句を言うのか聞こえたが、気にしない。山田は成績優秀かつ元気キャラだから。

 シズカは美しく一礼して職員室に入ってくる。教員は町外の人間なので、シズカとは初対面だ。噂では聞いていたが、実物の美しさ、気品の中にあふれる愛嬌に次々に当てられていく。山田は不満げ。

「山田~、こっちだ」

 間宮教諭も職員室なのに大声で叫ぶ。単に躾がなってないキャラだから。

 シズカも他の先生方も身内の不作法に恥じ入るばかり。


 そして、職員室の隅に作られた対談スペースに、教頭はいた。

「はじめまして……じゃないですね?」

「おお、覚えていてくださいましたか、シズカさん」

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