第5話 お泊まりイベント

 よい子は寝る時間だ。

 シズカはドキドキしていた。何かさっき山田に襲われそうになったのだ。マンガみたいに乙女同志がキャッキャするヤツ。山田みたいな可愛い子猫(シズカ視点)が相手なら、理性が飛んじゃうかもしれない。ちょっと路線変更が必要かも。具体的に言うとセルフレイティング変更とか。


「え?一緒に寝ないよ。シズカは客間を準備してるから。一番大人しい部屋だから、安心して」

「あれ、お泊まりイベントは?」

「……お泊まりイベント。そんなマンガみたいなことを……」

 先ほどシズカを襲いかけた山田は未だに顔が赤い。ゴクリとつばを飲み込む音が聞こえる。それこそマンガ表現だ。

「部屋はいっぱいあるんだから、私の狭い部屋にお客さんを泊めるわけないよ」

 そこまで狭い部屋ではないが、山田の部屋にもう一組布団を敷くためには実際の問題としていろいろ物を動かす必要がある。

 それに今必要以上に密着すると、シズカをもっとワシャワシャしたくて大変なことになるだろう。いくら撫でさせてくれる猫でも、やり過ぎたら嫌われる。セルフレイティングの変更も必要かも。

「おやすみなさい。お布団は慣れないだろうけど」

「大丈夫」

「トイレは廊下の突き当たりね。明かりは一晩中付けておくから。何かあったら連絡して。……部屋に来ても良いけどたぶん寝てるし」

「それって」

 山田は床の間の電話をずるずると客間の真ん中に敷いた布団のすぐ横に持ってくる。

「受話器をあげて、内線3で私の部屋に掛かるから」

「いや、こんな近付けなくても」

 ほとんど枕元だ。これは、それとも何か?みんなが寝静まったら電話をかけてこいと言うサインか?

「……おやすみ。今日は楽しかった」

 山田は階下の自分の部屋に去っていった。 


 この部屋には何かいる。

 シズカは寝苦しくて目を覚ました。寝具が変わったくらいで眠れなくなるほど繊細ではない。

 何かに押さえつけられているような、妙な感覚で目が覚めてしまった。何とはなしに目を開ける。窓から差し込む月明かりがやたらと眩しい。だから視界の隅で何か動いたように見えたのも錯覚だと思った。眠り直そうと目を閉じ、顔の向きを変える。

 何とはなしに閉じていた目を開けると、そこに知らない何かの顔があった。

 こちらを見ている目は暗い穴の眼窩だけ。じっとこちらを見ている。いや、少しずつ近づいてきてないか?

「ニャ、ニャー!!」

 山田に連絡したくても動くに動けない。これから目を離したらどうなるか……!

「山田~!山田~!」

「シズカ!」

 悲鳴を聞いて山田はシズカの部屋に飛び込んできた。

「山田~」

 山田はシズカを捕まえようとしていた「何か」の両の眼窩に指を突っ込んでシズカから引き離す。

「あんたは、シズカに何しようとしてたの!?今日という今日は、絶対許さない!」

 痛みがあるのだろうか。「何か」は震え、もがいている。「何か」を掴んでいるのと反対の山田の右手が輝き出す。

「光になれえぇぇぇ!」

 山田が輝く右の拳に持った「何か」を「何か」に叩き込む。

「何か」は光の粒になって消えてしまう。


「山田、さっきの何ですか?」

「えーっと、シズカの所に、故郷にいたかは分からないけど、悪霊?みたいな?」

「オバケって事ぉ!?」

「お、いるんだ」

「ニャー!」

「アイツはねえ、一番大人しかったし、ご飯後に散々言い聞かせたんだけどねえ。美人にイタズラするの好きだったからなぁ。もうちょっと我慢してりゃ自然消滅だったのに、バカなヤツだ」

 この際全員消すか……。

「何で山田の手が光ってたの?何でオバケがいるの?え、何で?」

「もう遅いから簡単に言うとね、オバケは全部の客室にいるし、光ったのは秘密。じゃあ、もう大丈夫だから、おやすみ!」

「待てぃ!安心できるかぁ!」

 シズカの設定見直すか。

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