第10話 私のこと、どう思ってるの?

 朝起きて、一人で朝食を食べ終え、支度を整えた川本瑛大かわもと/えいたは自宅を後にしていた。

 瑛大が自宅を出る時までノノは部屋から出てこなかったのだ。


 昨日の件もあってか、彼女的に恥ずかしい気持ちの方が勝っているのかもしれない。


 いつもの彼女だったら、もう少し積極的。

 恥ずかしい感情を顔に出さないほどなのだ。


 なんせ、昨日はノノとキスしかけていたのである。

 瑛大も今思い出しても、胸元が熱くなってくるほどだった。


 通学路を歩いて学校に到着した瑛大は席に座り、朝のHRが始まるまで一人で過ごすのが、瑛大にとってはスタンダード的な朝の切り出し。


 女性の担任教師がやってくる頃には、五十嵐いがらしノノも登校してきたのだった。




「ねえ、瑛大。一緒に食事しない?」


 昼休み。

 普段よりも明るめなテンションで机のところまでやって来た水谷桜みずたに/さくらが、瑛大の前で言う。


 瑛大の隣にはノノがいるのだ。

 彼女から横目で見られていた。


 あまり教室内で大事にしたくない瑛大は、桜に対して廊下の方で話そうかと自然な流れで問いかけ、ノノから距離を取る事にした。


 桜との会話をノノには聞かれたくないのだ。


「……今日はさ、屋上とかで食べようか。俺、今から購買部にいってパンとか買ってくるからさ」

「いいよ。私、お弁当を作って来たの。一緒に食べようと思って」

「そ、そうか」


 ノノが隣にいる場所で会話していたら、色々と面倒になっていた事だろう。

 それにしても、桜がお弁当を作って来たのは今回が初めてかもしれない。

 彼女の、そんな行為に対し、嬉しさが込みあがってきていた。


 二人は教室前の廊下から離れ、屋上へと向かって行くのだった。






「またね」


 午後の授業も終え、瑛大は通学路の十字路のところで桜とは別れた。


 今日は今までで一番理想的な学校生活だったかもしれない。

 それほどに、桜と一緒に過ごして楽しいと感じられていた。


 今日の昼休みは桜が作って来たお弁当を食べ。

 午後の授業は美術で、一緒に互いの自画像を描き合ったりと、理想的な二人きりの時間を過ごせていたのだ。


「ただいま」


 瑛大が玄関扉を開け、自宅に帰って来た頃には、すでに玄関先に靴があった。

 ノノが普段から履いている靴であり、彼女はもう帰宅しているのだと察する事が出来たのである。


「……お帰り」


 リビングから出てきたノノが、玄関先にいる瑛大の事をジッと見つめていた。


「……瑛大さ、今日私のこと避けていなかった?」

「そんな事は」

「でも、瑛大って、私と視線が合うと逸らすでしょ」

「そ、そうかな」

「そうだよ。やっぱり、水谷さんの事が好きなの?」


 ノノはその場に佇んだまま、不安そうな顔つきで瑛大の顔をまじまじと見つめてくるのだ。


「そ、そうかもな……」

「私のことは?」

「それはまだ出会って殆ど関わりがないし。それに、昔出会っていたとしてもさ。俺、やっぱり、まだ思い出せないんだよ。何年も前のことだし……ノノと関わっていたのは、昔の数日だけなんだろ」

「……」


 話せば話すほどに、場の空気感が暗くなってくる。


 ノノがなぜ、俺に対してそんなに執着するのかはわからない。

 過去が分からないこそ、余計に謎なのである。


 刹那、冷めた空気を一蹴するかのように、背後の玄関扉が開いた。


 ハッとし、瑛大が振り返ると母親が帰って来た事に気づいたのである。


「ただいま。二人とももう帰って来てたのね。結構仕事が長引いちゃって、ごめんね。でも、この頃、仕事が結構軌道に乗ってきてるの。今、頑張りどころっていうかね。お父さんの方は、まだ仕事がかかるらしいから。夜には帰ってくると思うわ」


 そう言いながら、大きな荷物を抱えながら家に上がっていたのだ。




「母さん。ちょっと聞きたい事があるんだけど」


 瑛大はリビングのソファに座っている母親に問いかけた。


「何かしら?」

「何って、なんで急に許嫁と同居する事にしたんだよ」

「いいじゃない。将来の事を考えたら、今の内から一緒に過ごしておいた方がいいでしょ」

「でも、俺、急にそんな状況になっても……」


 瑛大の声は小さくなっていた。


「ノノさんは、瑛大と付き合う予定なのよね」

「はい……でも、瑛大があまり前向きじゃないみたいで」


 瑛大の隣に佇んでいるノノが、少しテンション低めな表情で受け答えしていた。


「えー、そうなの? 私は大賛成なんだけどね」

「父さんは? 父さんも賛成ってこと?」

「そうよ」


 母親は難なく答えていた。


 そ、そんなあ、どうして?


「そもそも、どういう経緯でノノが俺の許嫁に?」

「それはね、昔のことを覚えてる?」

「昔って、小学生の時のこと?」

「そうよ。あら? 知ってる感じ?」

「それはノノからアルバムを見せられて。それである程度知った感じなんだけど。許嫁に関してはわからないんだけど」


 瑛大は母親に語気を強めて言う。

 まだ、納得がいないところが結構あるからだ。


「私はね、お父さんもそうなんだけどね。ノノさんの家には一年ほど前から助けてもらっていたの」

「え?」

「瑛大には全然伝えていなかったんだけど。今の会社の業績が好調になったのも、ノノさんの家族の恩恵があるからなの」

「そ、そうなの?」

「まあ、私が何も言っていなかったことが悪いんだけど。深くはお父さんが帰ってきたら、ちゃんと話す事にするから」


 母親はそう言って、ソファから立ち上がると、荷物を持って二階へと向かって行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る