第9話 今日は…一緒にしない?
その頃には夕日も落ち、辺りも暗くなっていたのだ。
自宅リビングの窓から見える景色は若干暗く、電灯の明かりで多少は照らされている感じであった。
「瑛大、一緒に夕食たべよ!」
キッチンの方から駆け足でやって来た
「ねえ、お腹減ってるでしょ」
「まあ、そうだけど」
「今日ね。帰りのスーパーでコロッケを買ってきたの。一緒に食べたいなって思って」
ファミレスで桜が注文したパフェを少しだけ食べた事もあり、夕食はいらないかなと思っていたのだが、コロッケなら程よくお腹を満たしてくれると思い、食べる事にした。
「じゃ、私、準備してくるね!」
ノノはソファから立ち上がると、近くにあったエプロンを体に纏い、颯爽とキッチンへと戻って行く。
そういや、母さんは今日も帰ってこないのか。
瑛大は何となくスマホ画面を確認すると、今日は遅くなるけど帰るかもと、メールで連絡があった事に気づいた。
本当かなと思いながらも、ソファから立ち上がる。
「ねえ……の、ノノ」
リビングいる瑛大は、キッチンの方に向かって問いかける。
「なにー」
「今日は両親が帰ってくるんだって」
「じゃあ、多めに買ってきてよかったかも」
「わかってたの?」
「んん、全然。何となく」
ノノはキッチンの方から返答していた。
「はい、コロッケ定食的な感じになったけど、どう?」
リビングの食事用長テーブルには、牛肉と野菜のコロッケがそれぞれ一つ。他にキャベツのみじん切り。それに加え、ご飯と味噌汁まで置かれてある。
夕食としても申し分ないメニュー。
「ノノもコロッケが好きなの?」
瑛大は話しながら席に座る。
「うん、そうだよ。私がこの前まで住んでいたところではね、コロッケが人気だったんだよ。だから私個人的には好きかな。瑛大は? コロッケ好き?」
「俺はまあ、好きな方ではあるけどね」
「じゃあ、一緒だね」
ノノは笑顔で受け答えをし、瑛大の右隣の席に座っていた。
「もしかして、俺の好みを知ってたとか?」
「んー、瑛大のお母さんから聞いてたの。コロッケが好きって」
「そ、そうか」
本当に川本家と昔出会っていたのなら、母親とノノが関わり、会話していてもおかしくはない。
この前の電話でも普通に会話していたのだ。
それなりの関係ではあるのだろう。
「「ご馳走様でした」」
三〇分ほどかけて二人は夕食を終えた。
「私が後片付けしておくね!」
ノノが席から立ち上がると、隣の瑛大の食器まで集めていた。
「いいよ。俺がやるから」
「私にやらせて。私があなたと結婚した時の事を考えて私がやりたいの!」
結婚か……。
やっぱ、ノノとは結婚する運命にあるのか。
そんな悩みが一瞬、胸に押し当り、心苦しくなる。
今日のファミレスで、桜と今後付き合って行こうという話になっていた。
桜には、ノノと同居している事なんて知らせていない。
だからこそ余計に疚しい感情が勝ってきているのだ。
彼女の前では、ノノと関わることをやめると言ったものの、それを実行できるかといったら難しいかもしれない。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「……?」
ノノは首を傾げていた。
「まあ、とにかくさ。今日は俺がやるから。夕食の準備までして貰ったのに皿洗いくらいは俺がやるよ」
瑛大は率先して、後片付けをする。
その後で、両親の夕食分であるコロッケも皿に分け、ラップして冷蔵庫の中にしまうのだった。
後片付けをすべて終えた瑛大は、両親が帰ってくるまでの間、ノノと共に起きている事にした。
予定では九時半頃には帰ってくるとは言っていたのだが、本当だろうか。
今、二人は瑛大の自室にいて、部活動の一環として本を読んでいた。
瑛大はベッドの端に座り、いつも通りのラノベを見開いて黙読している。
右隣にいるノノは学校の部室から借りてきた本を読んでいた。
「そう言えば、ノノは何を読んでるんだ?」
「私ね、これを読んでるの」
彼女が手にしている本の表紙を見てみると、それは旅行プランの本だった。
「なんでそれを?」
「だって、新婚旅行で行き先に困らないようによ」
「そ、それは早すぎる気が……」
ノノは許嫁かもしれないが、それは互いの両親同士が勝手に決めた事であって、瑛大が結婚するとは決めたわけではないのだ。
今日、両親が帰ってきたら絶対に結婚しないという意思表示をしようと思う。
絶対にだ。
何が何でも断ろうと思う。
ノノに話しても、元となっている互いの両親に意思を表明しない限り、何も解決しないだろうから――
「ねえ……瑛大は私のことをどう思ってるの?」
「どうって」
瑛大は隣を見やる。
すると、隣にいるノノが急に大人しくなりだしたのだ。
意味深な問いかけをされた事で、瑛大は変に彼女の事を意識してしまっていた。
「私ね、冗談で言ってるわけじゃないよ。私は本気で瑛大と付き合いたいから……結婚もしたいから言ってるの。なんか、瑛大は私のことから避けているところがあるみたいだけど」
「いや、別に……」
「今だって、瑛大は私から目を逸らしたじゃない」
「……」
「ねえ、こっちを見てくれない?」
ノノから言われ、彼女の瞳をまじまじと見つめる事にした。
彼女の瞳は綺麗に輝いている。
真剣な眼差しであった。
「ねえ、やらない?」
「な、何を……?」
瑛大は動揺しながら声が裏返る。
「何って、決まってるじゃん」
ノノは瞼を閉じた。
これって、そういう事なのか?
まさかの、キスを求められているのだろうか。
唇を重ねる事に抵抗がないという事は、本気で意識されているのかもしれない。
でも、俺には水谷さんがいるから……。
桜の事が脳裏をよぎり、何が何でもキスをしないと言い聞かせていた。
だがしかし、瞼を閉じているノノの顔は可愛らしい。
普段、会話しているところしか見た事がないが、やはり、彼女は大人しいままだと、そこら辺の子よりも相当な美少女に見えるのだ。
心を抑制しようと思っても、その本能には抗えなくなりそうで、瑛大は葛藤していた。
やっぱり――
刹那、静かになった部屋を一蹴するかのように、瑛大のスマホが鳴り響く。
それは母親からであった。
仕事の都合で帰れないから、また今週中のいずれかという事になったのである。
な、なんだよ……。
「お母さんからだったの?」
「そうだよ」
「えっとさ、さ、さっきのは無しね、やっぱり」
「え?」
なぜか、急にノノの声の抑揚が低くなる。
さっきまで強引な誘い方をしていたのにだ。
「そ、そういう雰囲気でもないし。というか、明日までに本を読んで考察していかないといけないんでしょ」
「そ、そうだけど」
「じゃあ、私……じ、自分の部屋で本を読むね。お、お休みね」
ノノは焦った様子で立ち上がると、部屋から立ち去って行ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます