第8話 二人だけの時間

 今日は部活無しか。


 授業終わりの放課後。教室にいる川本瑛大かわもと/えいたのスマホに神谷実里かみや/みのり先輩からの伝言があった。


 本来は部活がある予定ではあったが、急遽なくなるのも珍しい。


 多分、今日の昼休みに行っていた本の整理を一人でやるつもりなのだろう。

 いきなり休みにするという事は、先輩なりの考えがあったと思われる。


 そういう事なら帰るか。


 瑛大は通学用のリュックを手にして席から立ち上がった頃合い、教室内には半分くらいの人しか残っていなかった。


 隣の席の五十嵐いがらしノノの姿もない。

 再度スマホを確認すると、友人らと急遽遊ぶことになったからというメッセージだけが送られてあった。


 桜の姿も見当たらず、今日は一人で帰路に付く事になるらしい。

 本当は桜に対して、自分の想いを伝える予定だったが、全然時間が合わず、まともに関わる機会も取れなかったのだ。


 瑛大は諦め、教室を後に廊下を歩いていると、友人らと楽し気に会話している人らを見かけるが、瑛大は一人で校舎の昇降口まで向かい、外履きに履き替えて外へ出る。


「ちょっと待って!」


 学校を後に、通学路を歩いていると聞きなれた声が背後から聞こえてきた。

 振り返ると、そこには駆け足で歩み寄ってくる水谷桜みずたに/さくらの姿があったのだ。


「瑛大、なんで先に行ってしまうのよ」

「え? でも、さっき教室にいなかったら、てっきり帰ったものかと」

「そんなわけないじゃない。私、さっきまで部室に行ってたのよ」

「え? 今日は部活休みだって」

「そうだったみたいね。私、確認せずに行ってしまったの」


 桜は早とちりをしてしまっていたようだ。


「まあ、なんていうか……瑛大って今日は一人なんでしょ?」

「そうだけど」

「じゃあ……一緒に帰らない?」


 頬を紅潮させる桜から誘われた。

 断る理由もないため、瑛大は彼女の誘いを受ける事にしたのである。


「じゃ、行こっか!」


 桜は軽く嬉しそうな笑みを見せている。

 瑛大も彼女のテンションに合わせるように、一緒に通学路を歩き出す。


「そうだ、ちょっと街中に寄って行かない? 私、行きたいところがあって」


 彼女と共に街中へ繋がっている道を歩き始めたのだ。




 街中は平日という事もあって、そこまで混んでいる様子はなかった。

 同世代くらいの人をチラホラと見かけるが、知っている人はいない感じがする。


「あ!」

「え、ど、どうしたの急に」


 突然、街中で声を出してしまった事で、隣にいる桜が瑛大の方を振り向いて驚いていた。


「い、いや、なんでもないよ」


 瑛大はノノが街中にいるかもしれない。

 そんな考えに陥ってしまい、少々足の歩幅が狭くなっていたのだ。


 でも、カラオケに行くとメールに書かれてたし、多分、出会う事なんてないよな。


 自分の中で心を納得させるようにして先へと進む。




 桜が行きたいと言っていた店屋というのは、ファミレスだった。


 二人が店内に入ると、店の奥から女性店員がやってきて、窓際の席へと案内してくれたのだ。

 席に座るなり、店員がメニュー表を二人がいるテーブル上に置いて、簡単な会釈をして立ち去って行ったのである。


「ねえ、何がいいかな?」

「んー、そうだね」


 二人はメニュー表を見て考え込んでいた。


 今思えば確か、去年の文化祭の終わりに一度、その当時のクラスメイトらと、このファミレスに訪れたはずだ。

 懐かしさを感じながらも、店内のBGMを耳にして彼女とゆったりとした会話をする。


 夕方の時間帯であり、瑛大は夕食の事を考えながら注文する内容を選ぶようにしていた。


 注文を決め終わったところで、瑛大が呼び出しボタンを押す。

 数秒ほどで先ほどの女性店員がやってくる。


「私は、このイチゴチョコパフェとブルーベリーケーキ。後は、ミルクココアで」

「俺は、このショコラケーキ一つで」


 店員は注文内容を復唱すると、背を向けて立ち去って行ったのである。


「というか、注文しすぎじゃ。夕食もあるんでしょ?」

「そうなんだけど、おやつ系は別だからね」


 桜は問題ないよ的な発言をしている。

 見た目によらず、結構食べる子なのだ。


「逆に、瑛大の方こそ大丈夫なの?」

「何が?」

「少なかったでしょ、ショコラケーキだけだったし」

「そんな事はないよ。今はそこまでお腹が減っていなかったから。それで、注文しなかっただけ。それに夕食もあるしさ」

「それでいいならいいんだけどね」


 桜は瑛大の方を見つめていた。


 え?


 急に見つめられると変にドキッとする。


 そういや、桜には昨日の件について返答なんてしていなかったな。


 もしかすると、その返答を待っているのかもしれない。


 桜に想いを伝えるなら今しかないと思い立ち、瑛大も彼女の方を見つめた。


「お、俺さ」

「な、なにかな……?」


 瑛大が話を切り出すと、彼女もたどたどしい反応を見せ始める。


「昨日の件なんだけど。俺の方も水谷さんの事が、なんていうか興味があって」

「え?」


 桜は目の瞳孔を広げていた。


「だから、付き合ってほしいというか」

「いいの?」

「う、うん……やっぱり、俺も水谷さんとは同じ気持ちだから」

「そ、そうなんだ。嬉しいけど……ノノさんとはきっぱりと別れてくれる?」

「わ、別れるとか、全然付き合ってないから」

「付き合ってないんだよね……それ本当なんだよね……私、それが昨日から不安で……で、でも、付き合ってないのなら、これからよろしくね」

「う、うん」


 前からの友達としての付き合いはあったのだが、恋愛的な意味で付き合うのは今が初めてであり、互いに緊張しながら軽く見つめ合っていた。


「す、すいません……」


 気づけば、テーブル横には、二人が注文した品を持ってきている店員が佇んでいたのである。


「こちらこそすいません」


 二人は申し訳なさそうに言いながらも注文した品を受け取るなり、店員にさっきの姿を見られていたと思うと、さらに羞恥心が加速していくのだった。

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