第4話 私…瑛大には伝えたいことがあるの

 放課後。川本瑛大かわもと/えいたは、クラスメイトであり同じ部員である水谷桜みずたに/さくらと共に誰もいない空き教室で二人きりになっていた。

 この教室は部室棟の一室で、部屋の外からは部活をしている人らの声が僅かに聞こえてくる。


 桜は緊張し始めているようで、最初に誘った側なのにも関わらず、二人きりになった途端に口を開かなくなっていたのだ。




「……あ、あのね」


 瑛大の目の前に佇む彼女が自身のロングヘアを触り、緊張感を抑え込むようにして、ようやく口を開く。


 桜は頬を紅潮させていて、口元を震わせている。


「あ、あの……今、聞きたい事があって。今日の事についてなんだけどね……あの子とはどんな関係なのかなって」


 桜から放たれた一言目がそれだった。

 想定していた内容であるが、やはり、直接的にノノとの間柄について触れられると心に来るものがあった。


「瑛大は、ノノさんから好き発言をされていたけど……どう思ってるのかなって」


 桜は不安げな顔を浮かべていた。

 今まさに、瑛大の事を見つめているのだ。


「でも、俺はあの子のことは殆ど知らないし。ただ、あの子が勝手に言っているだけだから」

「本当なの? でも、ノノさんは本気で言っているような気がしたけど」

「そ、それは……」


 彼女から食い気味に問われ、瑛大は対応に困っていた。


 瑛大はゆっくりと距離を詰めてくる桜に対し、後ずさる。


「でも、俺さ……あの子の事はただの知人って言うか。なんて言えばいいのかな」


 そもそものところ、説明が難しい。

 五十嵐いがらしノノとは親戚とかでもなく、両親の知り合いの子なのかも不明なのである。


 ただ、彼女が所有していたアルバムには、しっかりと瑛大とノノの小学生時代の頃の写真が収められてあった。


 後で両親に詳しく聞いてみない事には何も始まらないと思う。


 昨日の夜中。仕事が忙しいという連絡が両親からあり、家には帰ってくる事なくノノに関する事を深く聞き出せていなかった。


 今日中か、暇がある時には聞いておいた方がいいと思いながら、再び彼女の姿を真正面から見て向き合う。


「あの子はさ、俺の遠い知り合い的な?」


 多分、そうなのかもしれないと、憶測を含めて桜の事を見ながら言った。


「知り合い? 深い繋がりがある子なの?」

「え……ま、まあ、そんな感じなのかな?」

「なんか隠してない?」

「い、いや、全然、というか、本音で言えばさ。俺も彼女の事については全然知らなくて深い繋がりはないけど、し、知り合い的な……?」


 変な言い方になってしまっていた。


「んー……」


 桜は頬を赤く染めたまま瑛大の顔を見つめて納得できない感じの表情で小さく唸っていた。


「でも、深い繋がりはないってことね」

「そ、そうだね」

「正式に付き合っているわけでもないってことよね」

「そ、そうだよ。むしろ、あっちが勝手に言ってるだけだから」


 瑛大からしても、首を傾げながらの返答になってしまっていた。


「話を聞く限りだと……よくわからない関係にしか思えないけど」

「お、俺もそう思ってるよ」


 桜には本当の気持ちを伝えたい。だからこそ、ノノとの関係性を早いうちに解消すべきだとは考えていた。

 現実的にそれが出来るかどうかは不明だが、何とかやっていくしかないだろう。


「なんていうか。あの子って不思議だよね」

「え、まあ、そうだよな」

「けど、別に嫌な子でもないから、私の口からはなんとも言えないけど……」


 彼女は苦しさが滲んでいる顔を見せていた。

 どういう反応を見せればいいのか、戸惑っているようにも見えたのだ。


「ノノさん。入部届を神谷先輩に渡してたよね。本当に入部するんだよね」

「多分ね」

「私、あの部活にずっといてもいいのかな」

「そんなの。水谷さんが迷う必要性はないから。俺も一緒に活動を続けたいし」

「そうなの?」


 少しだけ彼女の表情が明るくなった気がした。


「瑛大がそう言ってくれるなら嬉しいな♡」


 桜からは急に上目遣いで言われる。

 そんな彼女の姿に、瑛大はドキッとしていた。


 突然、女の子らしい瞬間を見せられると、胸元が瞬間的に熱くなっていく。

 彼女は普段から女の子らしさのある美少女なのだが、二人きりの今、彼女の事を意識しているからこそ気恥ずかしさに襲われるのだ。


「そ、そうだ! 今週中の休日の件だけど大丈夫かな?」

「今週の休みは大丈夫だけど」

「なら、良かった」


 桜はホッと胸を撫で下ろしていた。


 次第に彼女との距離が狭まっていく。


 なんか、妙に距離感が……。


 瑛大が動揺していると、彼女のピンク色に輝く口元が視界に入る。

 なおさら、彼女のことばかり見つめてしまう。


「あ、あのね」


 意味深なムードになっている今、桜が、そのピンク色に輝く唇を動かして吐息のような声を出す。


 彼女が今から何をしてくるのか、想像をするだけでも変に緊張し、興奮してくるのだ。


「わ、私ね……瑛大にはもう一つだけ伝えたいことがあるの……」


 桜がジッと、瑛大の目を意味深にも見つめてきていた。


「わ、私ね……瑛大には前々からね……」


 彼女が一言ずつ口にするたび、瑛大の心臓の鼓動も高鳴ってくる。


「興味があったというか……そういう言い方は変かな……へ、変だよね……」


 彼女は苦笑いを浮かべていた。


「私、瑛大の事が好きだったというか……」

「す、好きだった?」


 瑛大が目を見開くと、彼女は恥ずかしそうに戸惑い、慌てている。


「そ、そう言う事だから。で、でも、瑛大が嫌ならそれはそれで断ってもいいんだけどねッ!」


 桜は恥じらいには勝てず早口になっていた。


 こんな発言を彼女からされて拒否するわけがない。


 瑛大が彼女に対し、想いを返答しようとしていた時だった――


「ねえ、二人とも、なんでこんなところにいるの! 部活中でしょ!」


 なんの前触れもなく、突然空き教室に入ってきたのは職員室から戻ってきたであろう部長の神谷実里かみや/みのり先輩だった。


 緊張していた空間が崩れ、先輩の登場により、二人は恥じらいを持ったまま何も話す事が出来ず、先輩の意見に従うように部屋を後にするのだった。

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