第3話 気まずい室内の時間…

「これから、よろしくお願いします!」


 翌日の朝。

 学校内の教室。

 その壇上前に佇む制服姿のノノの自己紹介が終わった。


 彼女の本名な五十嵐いがらしノノらしい。

 名前の方は漢字ではなく、彼女の後ろにある黒板を見てもわかる通り、カタカナ表記であった。


 転校生としてノノが壇上前にいると、教室内が次第に騒がしくなってくる。


「では、あなたの席は……」


 女性の担任教師は辺りを見渡す。


「あの席でいいかしらね」


 先生は空いている席を右手で示していた。


 川本瑛大かわもと/えいたが今日学校に登校した時から感じていた事なのだが、やはり、転校生であるノノが空いている右隣の席に座るらしい。

 朝から不自然にも席順が変わっており、今後の事を思うと、ヒヤヒヤの連続になりそうで頭を抱えてしまっていた。


 壇上前にいたノノが目的の席まで歩んでくる。


「よろしくね!」


 ノノは瑛大に向けて笑顔を見せていた。

 彼女は自然体なままで通学用のリュックを机の端にかけ、席に座る。


 今のところは普通なのか。


 自宅にいるように、親し気に話しかけてくると思ったのだが、そうではなかった。




「――朝のHRはこれで終わり」


 担任教師がファイルを閉じて教室を後にしていく。


 瑛大が席に座ったまま窓から何となく外を見ていると、右隣にクラスメイトが集まって来ていた。


 ノノはクラスメイトの男女共々から質問攻めにあっているのだ。

 彼女は難なく受け答えをし、教室の空気感に馴染んでいた。


「それで、ノノさんは好きな人はいるの?」


 クラスメイトの一人が攻め込んだ質問をした時、ノノの表情が変わった。

 彼女は瑛大の方を見つめてくる。


 え、な、何?


 瑛大がノノの姿を見て動揺していると――


「私、瑛大の事が好きなの」


 ノノによる、その発言で、クラスメイトらの雰囲気が変わってしまったのはいうまでもないだろう。




 瑛大からして、今日の学校生活は長いものだった。

 今は放課後になり、部活の時間になっていたが、案の上ノノも部室までついて来ていたのだ。


 先ほどから椅子に座っている瑛大の左隣には、椅子に座ったノノがいる。

 彼女は瑛大が読んでいる本を覗き込んでいた。


「な、なに?」

「私も、それを読みたいんだけど」

「本なら、あっちの方に本棚があるし、そこから選んでくればいいよ」


 瑛大は素っ気なく答えた。


「私は瑛大と同じ本を読みたいだけなの」


 ノノは不満げな表を浮かべていた。


「ん? 入部希望者か?」


 二人きりの部室に丁度やって来たのは、部長の神谷実里かみや/みのり先輩だった。


「はいッ」

「元気がいいね。だったら、入部届がないとダメだな」

「入部届とは?」

「それは、こういうモノなんだけど」


 実里先輩が、ノノにA4サイズくらいの用紙を手渡していた。


「これが入部届なんですね」

「ここに名前を書くところがあるから。他にも注意事項もあるし、しっかりと読んでから書くようにな」


 簡単な説明事項を話した後、実里先輩は本棚の方へ向かい、その並べられた本をまじまじと見つめ考え込んでいるようだった。


「え……先輩、そんなに簡単に入部を認めていいんですか?」


 瑛大は本を閉じて立ち上がる。


「まあ、しょうがないだろ」


 実里先輩はチラッとだけ振り向いて返事をする。


「まだ、この部活って人数が少ないしさ。入部したい人がいるなら入部させた方がいいと思ってな」

「で、でも……」

「なんか、不満でもあるのか?」


 先輩からすれば、ノノに対する不安さなどない。

 彼女は来るもの拒まずという精神で生きているような人なのである。

 部長らしくもあるのだが、それが今仇になっているのだ。


 今日教室であった事を、この場で口にできず、ただ無言になる事しか出来ずに椅子に座り直すのだった。


「ん? そういや、桜は? まだ来てないのか? あの子にしては珍しいな」


 桜は、瑛大とノノ。二人と同じクラスメイトであり、朝のノノが発した大胆なセリフを意識して、部活に来づらくなっているのかもしれない。


 ノノと一緒に過ごすことになってから、すべてが上手くいかなくなっている気しかしなかった。


「す、すいません、遅れてしまって」


 部活が始まって三分が経過したところで、息を切らした水谷桜みずたに/さくらがやって来た。


 室内を見渡す桜はノノの後ろ姿を見て、ドキッとした顔をして少々俯きがちになっていた。

 彼女はそれ以上何も話す事なく、普段とは違う椅子に座っていたのだ。




「はい、書き終わりました。これでいいんですよね?」


 ノノが席から立ち上がり、先輩がいる本棚のところまで向かう。


「そうだな。じゃあ、今日から部員として活動をして貰おうか」


 実里先輩は受け取った入部届を手に全体的に目を通していた。


「それで何をすればいいんですか? 本を読むだけですか?」

「それだけじゃなくて。本を読んだ感想とか、小説を書いたりとか。後は、図書館の手伝いとかもあったりするんだけどね。まあ、最初は、ここの本棚にある本から選んで読んでみなよ。まずは色々な本に触れる事が大切だからね」


 入部届を受け取った先輩はノノの肩を軽く叩くと、部室内の業務机が置かれた場所まで移動し、そこの引き出しからハンコを取り出していた。


「私は、ちょっと職員室に行ってるから。他の人らは仲良く活動に勤しんでおくようにな」


 実里先輩は事の重大さを知らない。先輩は部室内での手続きを終えた入部届を手にしたまま立ち去って行くのだった。




 瑛大とノノ。それから桜を含めた三人がいる状況。

 奇妙なほどに静かな時間であり、気まずいオーラが漂い始めていたのだ。


 本を読む事を目的とした部活である事から静かにする事は大前提なのだが、やはり、教室内にいた時の桜のショックな顔がフラッシュバックする。

 なおさら、心が締め付けられるように苦しくなってきた。


「ね、ねえ、瑛大……ちょっと、いい?」


 静かな空間を打ち砕くかのように、桜は瑛大に呼びかけてきていた。

 彼女は椅子から立ち上がっており、瑛大もそれに応じるように本を閉じて彼女へと視線を合わせたのだ。


「今から瑛大には相談したい事があって……五十嵐さんには申し訳ないんだけど、私たち少しだけ部屋を後にするね」


 桜は本棚の前で本を選んでいるノノの後ろ姿をチラッと見、再び瑛大に視線を合わせてきたのだ。


 瑛大は瞳を潤ませる彼女からの無言の想いを何となく察し、一緒に部室を後にする事にした。

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