第3話

 それから、私が彼を気に入ったのか、彼が私を気に入ったのか、猫が私を気に入ったのかも分からないまま私達は何回も会うようになった。それはいつも日曜日。彼はビラを配っている。何度もこれを繰り返した。私は二十九歳で、彼は二二歳。私は中平で、彼は堀井。彼の名前はまだ知らない、彼も私の名前は知らない。名字だけが何度も何度も脳内を往復している。そんな私たちの曖昧な関係は一年も続いた。お互いに好きな本を交換した。お互いの好きな古着屋に行った。大学生の波に釣られて夜は居酒屋に行った。高校時代の恋愛話、上司のポンコツさ、これからの日本はだなんて壮大な話もした。アホらしい話を沢山した。そんな日曜日が、大好きだった。使いまわされていた無難な服は新調され、彼が本を借りに来た時はうんと部屋を掃除した。私はこの一年間恋をしていたのだと思う。でもそれは決して純情な恋愛では無かった。

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